第6話 嫌な息子

生後8か月が経過した頃、兄のジョンが家を出る事になった。


この世界では6歳で学校に通い始めるのが普通らしく、父の獣退治で生計を立てているケントの家でも、問題なく学費を払えるようであった。


「ジョン、学校ではどんな事を学ぶのですか?」


「俺にもよく分からないが、計算や文字の読み書きと魔法の基礎を学ぶという事だけは聞いている。」


ジョンはまだ自立歩行すらできないケントにもしっかりと受け答えをしてくれる。


冷静で子供扱いされないのはジョンも同様である為、変に偏見がなくケントにとっては話し易い。


「魔法の基礎ですか。ジョンはダディやマムのような魔法使いになるのですか?」


「それはまだ分からない。

 学園で学びながら適性を見極めるつもりだ。」


歳の割に大人びたジョンは、考え方もしっかりしている。


この答えにはケントも驚いた。


(ジョンは本当に思考が論理的ですね。確かに適性も分からない状況での職業選択は効率が悪い。

この兄は大人物になりそうな予感がしますね。)


「イヤアアアアア!!!」


そんな事を冷静な2人が話している横で、泣き喚いている人物がいた。


「お兄ちゃん、行かないでええぇ!

 イヤだアアアアア!!」


メグだ。ヤンチャ盛りのメグにとって、いつも話を聞いてくれ、側にいてくれた兄の出立は辛いのだろう。


「メグ、俺は行く。泣くな。」


「イヤアアアアア!!!!」


「メグ、僕がいますよ。」


「ケント…」


やむを得ず、ケントが助け舟を出した。


「ジョンは少しだけ家を出ますが、その分も僕がメグの側にいます。

代わりにはなりませんが、できる事は全てしますよ。」


(メグは恐らく、親しい人との別れ自体が初めての筈。ジョンとの別れも悲しいのでしょうが、この空気自体に呑まれている部分もあるでしょう。ですので気持ちの矛先を変える事ができれば…)


「できる事ってなに?」


(よし、食い付きましたね。)


「例えばメグを笑わせる事です。」


そう言って父と母のモノマネをし始めた。


『マリーナ、僕はつかれたよう。』

『はいはい、甘えん坊なんだから。』

『2人でいる時ぐらいはいいでしょー?マリーナー…』


「ななな…なんだ?何が起こっている?」


唐突に始まったケントの異常に再現度の高いモノマネにドリスが慌てふためき、メグの顔が若干緩んだ。


(もう一押しですね。)


『マリーナー、ケントばっかりじゃなくて僕にもおっぱ…』


「やめろおおおお!!!!」


普段温厚なドリスが顔を真っ赤にして手を振っているのを見て、遂にメグが吹き出した。


「…プッ。ブハッ。アハハハハ!

 パパお顔真っ赤っかだよ!

 アハハハハハハ!!!!!!」


先程まで泣き叫んでいたのが嘘のように大笑いを始めたメグ。


彼女が笑顔になると、場の雰囲気がパッと明るくなる。


新しい門出を祝うに相応しい雰囲気になった。


「ケント、ありがとう。

 これで俺も心残りなく出立できる。」


「いえ。お客様第一ですから。

 その為であればこれぐらいの犠牲は必要経費です。」


そう言うと、ジョンは薄く笑ってケントの頭を力強く撫でた。


「行って参ります。」


「「「「行ってらっしゃい」」」」


そう言い残すと、ジョンは振り返らずに一歩ずつ進んでいった。


そして後ろ姿も見えなくなる。


ケントは少し俯いた。


(さて、必要経費を精算する時間ですね。)


「ケント…ちょっとこちらに来なさい。」



そしてケントは、産まれて初めての説教をドリスから受けるのであった。

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