第6話 子宮の放流

それが決定的になったのは、夫の帰国から1ヶ月も経たない頃でした。

 いつものように昼間山下さんが来て、夜になるとやはり夫が求めてきました。

 ところが、その日夫はなぜかいつものタンスの3段目に収納してあるコンドームではなく、1段目を引き出して、山下さん用のコンドームを取り出したのです。

 その頃は私もさほど用心しなくなって、山下さんのも取り出しやすい場所に入れておいたのです。

「あれっ」

 夫は演技的に驚きました。

(しまった・・・)

 もちろん私は慌てました。とっさに、

「ま、間違えて買っちゃったやつ。捨てるのもなんだから」

 と言い訳しました。しかし、その海外製の巨大コンドームはふつうドラッグストアなんかに置いてあるような商品ではなく、なによりすでに開封されいくつかは使用されているのです。

 しかし、意外にも夫はそこには触れず、まじまじとパッケージを眺めています。

「for the larger fit ・・・だって」 

 もちろん、大きい人用、という意味です。夫のサイズに合うわけもありません。それを知ってかしらずか、首をかしげながらひとつ取り出して自分で付け始めました。

「うわー」

 夫がまたわざとらしい声を上げました。

「あ、あはははは」

 私はわざと笑いました。

「あなた、ブカブカじゃない」

 装着するというより被せられた巨大コンドームは太さも長さも完全に余って、私が先端を持ち上げるとするっと外れました。

「ちょ、ちょっと待って。せっかくだから」

 なんと、夫はもう一度被せて、そのまま私に挿入しました。

 夫が動いても、もちろん感覚はありません。ただ、巨大コンドームのサイズは山下さんに近いためか、私の膣が形を覚えているので、ほんの少しだけ山下さんが入っている感触もないともいえないといったところです。

 夫も半笑いで腰を振っています。

 ようやく終えた夫の身体が離れてみると、コンドームだけが私の中に残されていました。つまり、夫の中身だけが退出したのです。

 どうやらコンドームはそのままで、夫のだけが中で動いていたようでした。これには私も笑いを堪えるのに必死でした。私のほうのサイズは巨大コンドームと一致しているのに、肝心の夫のサイズだけが大きく下回っていることの証拠であり、実感しかありません。


それにしても、夫がなんらかの異変に気付いているのは間違いありません。

だって、普通に考えて、あきらかに以前と比べて妻の態度が変わっている。演技も面倒になった私は、ただ無表情な人形みたいに横たわっているだけで、ほぼ無反応なのです。身体の相性にしてもどうひいき目に見ても夫では話になりません。アソコの形も奥行きも寸法もすべてが山下さんになっていて、それを合わせようともごまかそうとも努力していないのですから、よほど鈍感でない限り気付くはずなのです。

しかも、どういうわけか夫はいつも、よりによって昼間山下さんが拡げたあとに限って求めてくるのですから、いっそう気付かれやすい状態なのです。

さらに、コンドーム事件です。反射的に言い訳しましたが、状況から見て他の男用に置いてあると、少なくとも疑いくらいは持つはずです。


私はこの不自然な夫を疑うようになりました。

夫は、私を疑っているはず。私の貞操を疑っている。

にもかかわらずあえて何も言わないとすれば、私を泳がせているだけで、決定的な証拠を入手しようとしているのではないか。

コンドームだけではなく、離婚になったときに決定的に有利になるような証拠を。

考えられるのは、山下さんとの現場を撮影されることでした。動かぬ証拠になります。

いえ、私はもうそれならそれで事実を公開してその結果離婚しようが子供を取られようがかまわないのです。すでに子宮に支配されつつある私は、このままこの家庭生活を続けても山下さんと会わないというのは考えられなくなっていたのです。

ただ、山下さんに迷惑をかけられないという思いだけでした。私は万が一にも山下さんを失うわけにはいかなかったのです。

ただ一方で、私の理性の面では、どうにかこれらを両立できる道を探っていました。理性的に考えれば、かわいい子供が2人いて、新築のマンションを買ったばかりで、なにより私は夫を結婚当初と変わらず愛してもいるのです。夜の生活以外に不満は何もないし、新婚とはいえないにしても恋愛感情はありますし、夫のルックスは好みですし、均整のとれた肉体には今もホレボレしています。そこだけで言えば、山下さんよりずっと高いスペックを維持しているのです。


私の心が求めるものと身体が求めるものが一致していませんでした。

いえ、正確に言うと山下さんを求める子宮に支配されているのでした。

こうして私は昼間激しく山下さん、夜に退屈な夫、というサイクルを繰り返すばかりでした。


私はそれで満足していましたが、子宮は次の段階を求め始めました。

それは、コンドームが邪魔だ、というものでした。

つまり、生で山下さんを受け入れろというステージです。

これにはさすがの私も抵抗しました。

とはいえ、私もまったく興味がないと言えば嘘になります。


「ねえ、ためしに一回だけ」

山下さんは巨大コンドームを外しました。

「だ大丈夫ですかね」

とまどいながら、山下さんは生挿入をはじめました。

「外で出すのよ。絶対」

そういいながらも、私は感触のスゴさに背骨が反り返りました。

半分も入ってないのに一回逝きました。

「あ・あああああああ」

私は口を押さえるのも忘れて声が出てしまいました。

「出して!! もうそのまま出しちゃってぇー」

そう言ってしまっていました。私が言ったのではなく、子宮が言ったのです。

でも、山下さんはギリギリで抜き、おなかの辺りへ、つまり子宮の上のお臍のところへ大量に出しました。


しばらく放心状態だった私ですが、気がつくと、出た言葉は、

「どうして抜いちゃったのよ」

でした。

信じられないといった顔で山下さんは私を見ましたが、信じられないのは私のほうでした。

私が言ったというより、子宮が言ったのです。

山下さんが帰って、時間が経って冷静になった私は、

「どうかしてた。やっぱり次からはちゃんと着けてね」

とラインで送りました。


さて、その時・・・は突然やってきました。

夏の盛りの昼下がりでした。

クーラーを利かせた寝室で、私と山下さんはいつものように交わりました。

子宮を殴られ、気が遠くなっていく中、ドアを開けて寝室に入ってきた夫に気付きはしたものの、それどころではなく、焦りも驚きもなく、ただ山下さんとの行為に没頭するばかりでした。

山下さんが夫の入室に一切動じることなく行為を続けていた不思議も、その時は思い至らなかったくらいでした。

山下さんが終わると、ふわふわする意識の中で、

「ご苦労さん。暑いね。冷蔵庫にアイスコーヒーがあるよ」

とか

「いただきます。あとシャワー入ったらそのまま帰りますね」

とかそんなふたりの会話をぼんやり記憶しています。

私はいつものように、カエルみたいに脚を開いたまま、意識が朦朧としています。

そして、驚いたことにそこへ服を脱いだ夫が覆いかぶさってきたのです。

腰を動かしているので、入れてるのでしょう。私には何の感覚もありませんが、息を荒くして必死に腰を振っているのです。

摩擦ゼロなのに、まもなく夫は事を終えました。

「・・・どういうことですかこれ」

意識を取り戻してきた私は、夫に問いました。

「このほうが、興奮するんだ。いや、これじゃないとダメなんだ」

? この人はいったい何を言ってるのだろうか。理解するのに時間がかかりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る