第5話 夫の帰宅
2ヶ月ぶりに会った夫は、はじめてのベッドルームで私を抱きました。夫にとってははじめてのベッドルームですが、私はこのベッドでもう何度も山下さんに抱かれ気絶しています。
いえ、この時は私も少しは期待していたのです。山下さんによって開発されたとはいえ、以前とは違う身体になった私が、夫とのセックスでもエクスタシーを得られるのではないか。子宮の命令に応えられるのではないか。だとすれば今度こそ山下さんに頼らず、夫で満足させられるなら、それに越したことはありません。しかし、現実はそんなにうまくいくはずもありませんでした。
「・・・?」
夫は久しぶりということもあってそれこそ獣のように私の身体を求め腰を振りますが、私にとってはなんの刺激もダメージもありませんでした。
(これで、入ってるの?)
腰を打ちつける感触だけで、入っていると認識するしかありません。強いて言うと、中で夫が泳いでいるような、いえ、溺れているといったほうがいいでしょうか。演技で声を出すタイミングに気を使うほどで、ストレスを感じました。
存在感がほとんどなくて、残念ながらやったうちにも入らないなと思いました。
しかし夫のほうは、なんともいえない興奮した表情で、むしろ出張前より早く果てました。息を切らせながら、終えた夫はベッドに仰向けになり、
「はぁ、はあ、いやーよかった。久しぶりだったからからかな」
と言いました。
興奮と満足が混じった様子で天井を見ています。
(こんなんでよくいけるな)
私は正直言うとそう思いました。
もしかしたらバレるのではないかという心配も、私にはあったのです。身体をここまで山下さんに変えられてしまっていたのですから。
しかしバレるどころか夫は大満足しています。それはいったんホッとしたのですが、もう夫ではまったくダメなのだという事実もはっきりしました。
しかしもっとも深刻なのはこれによって子宮が苛立つことでした。満足して子供のように眠ってしまった夫の横で、私はムラムラしたままモゾモゾするしかありません。
なんとか我慢して朝を迎えても、子宮に逆らうことはできず、夫が出社して子供たちが学校へ行ってしまうと、私は山下さんを呼んでしまいました。
その夜も夫は私を求めてきました。
前夜と同じ状態です。
そして毎日のように山下さんを呼んで、その夜は夫。
私には、申し訳ないのですが夫がうっとうしいばかりでした。お寿司でいえば山下さんが大トロなら夫はカッパ巻きですね、ぜんぜん価値が違う。食べ比べをしているようなものなので、まともに思い知らされるのです。山下さんがメインキャラなら、夫は雑魚キャラ。
平日の半分は山下さんを呼び、山下さんの仕事のことなど私はもう考える余裕がなくなっていました。
そして夫とやればやるほど子宮がブチキレて翌日山下さんを呼ばなければならない、この繰り返しなんです。山下さんとはただ行為があるだけで、前後に会話も挨拶も一切なくなっていました。やって来た山下さんは無表情でコンドームを装着し、機械的に私を抱き、終わると業務的に服を着て去っていきました。シャワーすら浴びなくなっていました。やあ元気もさよならもない、あるのは物理的な運動と暴力的な快楽と非人間的な寝室の空間だけなのです。
どういうわけか、山下さんに抱かれた夜に限って、夫は私を求めました。
初日こそ感じている演技なども見せていた私でしたが、それもだんだん面倒になっていました。夫のあまりのスペックの低さ、山下さんとの落差がありすぎて、演技にも限界があり、あきらめて声も出さず天井の壁紙やダウンライトを眺めながらただ早く終わらないかなと待っていました。夫は必死に腰を振るんですが痒い程度でほぼ何の感覚もないんです、夫もはじめのうちこそ興奮していたものの、身体のミスマッチ、相性の悪さは物理的に差し支えてくるのが現実です。私のほうも、もう少しでも夫に合わせようという気もなくなってしまいました。そのうち私のほうが、横になって脚を開いてる姿勢を続けるのがしんどくなってきたくらいです。…やることがなく天井を眺めるだけの私は何度もあくびが出てウトウトしてしまいました。私の夫に対する態度はあきらかに変化していました。
ところが、これまたどういうわけなのか、夫は何も言いませんでした。今考えるとこの時点で不自然なのですが、あきらかに反応、態度が変わっている妻を前にして、特に咎めたり不審に思うことなく、平然としているのです。
むしろ、不審に思わない夫に不信感を持つようになったのは私なのです。
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