第3話 子宮を殴られる


私は寝室のクローゼットから、コンドームを取り出しました。夫用の、Sサイズのスリムです。

 しかし、私がやっても山下さんが自分でやっても、コンドームは装着できませんでした。先端の亀の頭さえ通過しないのです。サイズが違いすぎて。

「あ。ちょっと待ってください」

 山下さんは自分のカバンからコンドームを取り出しました。水色のパッケージで、英語が書いてある、国産ではなさそうです。

 持ってるなら早く出せよ、と私は声に出さず突っこんでしまいました。

 中腰の態勢で、私は山下さんの先端を入り口にあてがいました。それだけで、夫の「気が付いたら全部入っている」状態とは感触の違いがわかりました。

 潤滑液を塗りつけるように馴染ませ、腰を下ろしてねじ込むように先端を埋め込みました。それだけで、身体中に強い電撃が流れたようでした。膣口から子宮、腰、背骨、延髄、脳下垂体へ、稲妻みたいに流れ、踏ん張っている膝がガクガク震えました。

「大丈夫ですか」

 山下さんが少し笑って言いました。

 年下の男に心配されている自分が少し悔しかったのですが、今は意識を保つだけで精一杯です。

 余裕で私を見上げている山下さんを気にせず、私はゆっくりと、呼吸を整えながら、山下さんを受け入れていきました。半分は超えただろうか、というくらいで、山下さんの先端が私の子宮の入り口に到達したようでした。

「あ、当たりましたね」

 と山下さんは事務的に言いました。それでも、ちょうど、まだひと握り分の山下さんが残っています。

「やっぱり、全部は入りませんよね。でもここまで入っただけでも感謝です、奥さん」

 山下さんは上半身を起こして私を抱きしめました。

「ありがとうございます」

 そのまま山下さんは抜こうとしているようでしたが、

「ちょっと、待って。今度はあなたが上になって」

 入れたまま態勢を変えました。これさえ夫では物理的にできません。

「あのね、そのまま深く入れてみて」

 これ以上入れるには、自分ではコントロールできない態勢にする必要がありました。

 もちろん、物理的に言って、これ以上入れるということは、山下さんが私の最奥に侵入するということです。言い換えれば、まだ誰も入ってきたことのない、奥の院の立ち入り禁止区域への・・・それがどれほど危険なことか、理屈で考えれば分かるはずなのですが、この時の私にはもうそれだけの思考力がありませんでした。

「え・・・大丈夫ですか」

 山下さんは戸惑いながらも、ゆっくりと、腰を前へ押し出しました。

 そして、押したり引いたりを繰り返し、3歩進んで2歩下がり、スピードを速めていきました。

「あ。あああああー」

 山下さんがスライドするたびに、子宮が圧迫され、私は完全に未経験の世界に飛ばされました。全身に稲妻が走り、すべての毛穴が全開になった感覚。

 子宮の圧迫というより破壊といった方がいいくらいでした。まず押し潰される感覚があり、次に拡げられ、こじあけられ、内部に侵入され、ほぐされ、殴られ、暴れて、おしまいに爆発しました。

「ぐ。ひひひぃひひひぃー」

 叫び声を手でおさえながら目の前が真っ白になり意識を失いました。

 そのあとは覚えていません。気がつくとまだ新しい天井のクロスが見えて、横を向くと既にスーツを着てソファに腰掛けた山下さんが私を見ていました。

「気がつきましたか」

 そのとき私の身体は構造ごと変えられてしまいました。

 今までの私は脳を中心に考え、あるいは感じていました。いえ、おおかたの人間はそうでしょう。しかし、身体の中心が子宮へ移行したような感覚でした。

 これは、女であれば多少は理解できることでしょう。好みでセクシーな男や細マッチョを見たときとか、いささか酔って気分が上がってるときとか、あるいは月経の前とか・・・一時的に理性を離れかけたときのあの感覚。

 ところが、私の場合はこれ以降、生活全般にわたって子宮が上に立ち、司令塔のような立場になったのです。

 なにしろ私の身体の中心は子宮であり、認知も思考も判断も健康も理性も精神も心理も意思も観念もすべてを子宮が支配していたのです。


 翌日も、私は山下さんを受け入れました。

 私自身は、これ以上進むと本当に危ない、とか、山下さんも仕事があるのに、などと現実的で理性的なことも考えるのですが、なにしろ子宮からの指令には逆らえません。

 週末、一日でも山下さんを空けると、子宮が怒ったように指令を出し続け、常に耳元で目覚まし時計が鳴っているような感じなのです。

 だから私たちは毎日のように交わってしまいました。

 新築のマンションの、まだ夫婦で使ったことのない寝室の、真新しいダブルベッドで。

 不思議だったのは、どこか夫の気配が感じられることでした。新居の鍵は持っているとはいえ、夫はこのマンションに引っ越す前に出張へ出かけましたから、まだこの部屋に入ったことはないにもかかわらず、なんとなく夫の気配と言うか、匂いというか、そんなものがうっすら感じられるのです。私にも無意識とはいえ多少の罪悪感があったのでしょうか。

 そうして半月も経ち、夫が予定を少し前倒して帰国するという 電話がありました。今までの荷物などのやりとりはすべてメールだったので、2ヶ月ぶりに聞く夫の声でした。正直に言って、山下さんによって身体の構造を変えられてからのちはほとんど夫のことを忘れてしまっていました。いないのが当たり前になっていたのです。しかし来週にも帰ってくるとなると、にわかに私の理性が動き始めました。実際に夫というひとりの男がこの新築マンションという新しい夫婦の住処に戻ってきて、世間の家庭と同じ生活がスタートする。スタートしなければならない。

 実感が湧かないほど、私は山下さんとの「生活」に嵌ってしまっていたのです。

 ――このままではいけないわ

 私の理性は子宮に対抗しようとしました。夫が帰ってくる来週までに、以前の私を取り戻さなくては・・・。




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