episode40 モッ!
戦場全体から歓声が上がる中、二人の騎士が近寄って来た。宰相のアレンとビューイック公爵だ。
二人は他の兵士達とヴィラインによって眠らせられていたが直子の乙女の雫によって気がついた。
「サリー様!ご無事ですか!?」
アレンはサリーへ駆け寄る。
「ええ、直子さんのおかげで戻って来れました」
アレンは深く息を吐いた。
「まったくあなたは!大将が前に出てどうするんですか!」
「そうですよ!サリー様、直子様が居られなかったらどうなっていた事か」
メリーはサリーを抱きしめる。
そしてアレンとビューイック達が気を失っていた時の事を説明した。
「なるほどそれでこの騒ぎですか?」
ビューイック公爵は周りを見ながら言った。
戦場にいた兵士は敵も味方もなく全ての兵士が混沌の聖女が戦を終わらせた事を称えいる。
「サリー様、この場ではこれ以上は言いますまい。城に戻った際はしっかりと説明して頂きますからね」
アレンは厳しい感じで言っているがその顔にはサリーが無事だったのが分かり安堵する様子も見れた。
「さて、この場を納めないといけませんな。参りましょう、アレン殿」
「分かりました。直子様、サリー様をお願い出来ますか」
「ええ、任せて下さい。大事な方はちゃんとお城にお連れしますから」
「ゴホッ、で、では失礼」
アレン顔を少し赤くしてビューイックと共にサリオン王子の天幕がある高台へ向かった。
「なー?あいつはどうすんだ?」
セっちゃんが城の壁に近い所で仰向けに倒れている男を見て言った。
ガーゴイルにされ、倒されたはずのノーガスト侯爵も乙女の雫によって復活していた。
直子達も倒れているノーガスト侯爵の所に行く。
直子はノーガスト侯爵を見た。
ノーガスト侯爵は全裸で生まれたままの姿で大の字に倒れていた。
「直子さん、あれですね…村長の息子さんに比べると…」
サリーが裸のノーガスト侯爵をまじまじと見て言った。直子はサリーと同じ意見だったが言葉にするのはやめておいた。
「こいつも生き返らせちまったのか?」
直子は少し顔を赤らめながら言った。
「こんな小さい奴、これから色々と償ってもらうんだから」
「…ああ、確かに小せえな。人族の中でも小せえんじゃねえか?」
セっちゃんの言葉にみんなの視線はノーガスト侯爵の下半身に集中した。
「な、なに言ってんのよ!?気の小さい奴って意味よ!」
「ああ〜そ、そうですね!確かにこの人は気が小さいですね!」
サリーも慌てている。
「いや、気も小せえかもしれんがそこもなかなかに小せえぞ?」
悪気もなくセっちゃんが言った。
「もう!あんた何言ってんのよ!」
バシッーン!
直子はセっちゃんの肩辺りを右手で叩いた。
「ウオォォー!…」
セっちゃんはあっという間に遠く空に向かって飛ばされて行った。
空中でクルッと猫の様なしなやかさで回転し止まり戻って来た。
「おい!姉さん殺す気か!?」
「え?軽く叩いてだけなんだけど…」
直子は何が起こったかわからなかった。
「軽くって、死ぬ所だったぞ!」
直子はどういうこと〜という顔をしている。
「今の姉さんは魔力が桁違いに増えておまけに精霊の霊力まで溢れてやがる。そんなんで叩かれたら精霊である俺らはすっ飛ばされちまうぜ!」
「ええ?覇気なら制御できる様になったよ?」
「覇気じゃねぇ、魔力と霊力を抑えねえと危なくて近寄れねえぜ」
(白ちゃ〜ん、これどうすればいいの?)
困った時の白ちゃん頼りである。
(主の今の状態は神の加護によって制御されていた力が開放された本来の主の力です)
(ええ〜自由にしろってそういう事なの〜?)
(問題ありません、私が制御できます)
(さすが!白ちゃん)
(ただ、神の加護では無いので主の感情による力は抑えきれないかもしれませんのでご注意ください)
(むむ、感情のコントロールか〜結局それなのね)
直子の溢れ出していた魔力と霊力が落ち着き穏やかになった。
「お、姉さんもう制御出来る様になったのか?すげえな」
「本当ですね、先程までのビリビリする感じが全くしなくなりました」
サリーとメリーも感心している。
「私じゃなくて白ちゃんが抑えてくれてるのよ」
「ただの盾じゃないと思っていたがあの強大な力を抑えるなんてとんでもねえな」
「ふふん、白ちゃんはすごいのよ!」
直子は白ちゃんから戸惑いの感情を感じた。
どうやら少し恥ずかしいらしい。
本当に白ちゃんありがとうね…
「あーでも私の感情次第では抑えきれないらしいから気をつけてね」
直子はセっちゃんを見た。
「な、なんだよ。いつも勝手に怒るのは姐さんだろ?」
直子はため息をついた。
この力はちゃんと状況を判断して使わないとね。
思っていたより危ないかも…
戦場で待機していた兵士達が王国に入る門に向かい移動を始めた。
アレン達が指示を出したのだろう。
「私たちも王国に入りましょう。直子さん」
サリーが嬉しそうに言った。
「そうね、やっと行けるわね」
「セっちゃんは…もうそのままの姿でもいいかな」
「そうですね、皆んなそのお姿を見てますから問題ないと思います」
バフ〜ン!
セドリックはチワワに変身した。
「嫌だね、俺ぁこれで行く!」
仕立て屋で作ってもらった服を着たオシャンティなチワワ姿でトコトコと王国の門に歩き出した。
「本当にチワワ好きなのね…」
直子達もオシャンティチワワの後を追って門に向う。
王国に入る門は兵士達がゾロゾロと列を成して入っていた。ある者はそのまま我が家へ、ある者はそのまま警備に就く者。
王城へ向かう者などそれぞれが向かっている。
「サリー、王城までまだ距離があるでしょ?体は大丈夫?」
乙女の雫で全快したとは思うけど生き返ったばかりなので少し心配ね…
「大丈夫ですよ、むしろ以前より調子がいいです!」
「それならいいけど、無理しないでね。きついならセっちゃんに運んでもらうから」
「いえ、きついどころか力が溢れてますね!」
サリーは少し興奮気味に楽しそうに笑った。
「あれだな、確かにサリーの魔力がかなり増えてるな。」
「そうなの?」
直子もサリーをじっと見て確かめる。
「本当だ、以前よりかなり強い魔力を感じるわ」
「自身が持つ魔力量は簡単にはか変わねぇが死を克服すると飛躍的に上がる事がある。サリーのはそれだな」
「へー、サリーすごいね!」
そう言った直子を皆んなが呆れた顔をして見た。
「姉さんの方がすごいに決まってんだろ!?」
「え?どうして?」
直子は何言ってるの? という顔をした。
「はー、もういいさっさと王城に行こうぜ」
オシャンティチワワは向う足を早めた。
「ちょ、待ってよ〜」
直子達ももそれに続いた。
王城に入る門に着いた。
城は大きく高い堅固な壁に囲まれ周りは深い掘りになっており唯一と思われる門には橋が掛かっている。
その橋には警護の衛士が10人以上並んでいた。
ガシャッ!
直子達が橋を渡ると兵士達が一斉に剣を掲げ敬服する。
兵士達はキラキラした目でこちらを見ている。
「サリー王女、御帰城!」
門の前に居た衛士の一人が大きな声でサリーの帰還を知らせた。
「神の都より堅譲直子王女!混沌の聖女!【盾のお姉さん!】ご入場!!」
兵士はよりいっそう声を大きく誇らし気に直子の入場を伝えた。
「ちょ!」
直子は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「聖女様と言うだけでなく今回の戦を納めた盾のお姉さん!ですからね。皆んな歓迎してますよ直子さん」
サリーは嬉しそうに歓迎する兵士達に答えていた。
本当、なんであんな事言っちゃったんだろう私…
恥ずかしさで気がつかなかったが城に入ると広い庭園になっておりその真ん中を馬車が通れる様にか立派な石畳の道が緩やかなカーブを描き城の玄関まで続いていた。
「綺麗な庭ね…」
「はい、でも最初はただの広場だったのをメルトワールお姉様がこの様に緑豊かな庭にしたんですよ。それも一瞬で」
この庭を一瞬で?サリーのお姉さんも聖女と言う事だからその力かしらかね?
緑が綺麗な庭をゆっくり歩いて城の玄関に向かう。
「モ、モ、モッ」
目の前に何やら列をなして道を横切る様に行進しているのが見えた。
その姿はまん丸とした体に頭だけちょこっと上に出ており細い枝の様な足が生えてちょこちょこと歩いている。
よくみると横に小さい羽の様なものがある鳥だろうか?
「あれは?」
サリーに聞いてみる。
「あれはノーバードと言う鳥でこの庭を警護してくれているのです」
「警護?」
ノーバードもこちらに気がついたらしく行進を止めた。そして五匹並んで一斉にこちらを向いた。
バッ!
「モッ!」
そう言うとノーバード達は綺麗に揃ってこちらに敬礼をした。
「あ、どうも」
思わず挨拶を返した。
ノーバードは再度綺麗に並んで行進して行った。
「警護と言うとあの鳥さんは強いの?」
「いえ、争いが嫌いで弱体化して行った結果乱獲されて絶滅寸前なんです」
「そ、そうなんだ」
「ただ知能が高く侵入者を見つけると知らせてくれます」
「なるほどそれで警護なのね」
ノーバードは列を乱さずチョコチョコと庭の奥に行ってしまった。
「私達も行きましょう」
「モッ!」
直子はノーバードの真似をして敬礼して見せた。
サリーとメリーはクスッと笑う。
一同は庭を進む。
するとまた何かが道を横切る者が居る。
「あれは…?」
黒くヒョロっとした者がヨタヨタと歩いている。
ノーバードではないようだ。
「あれは…クロさんですね…チドリータと言う黒豹の一種なんですが…」
おお、確かによく見ると黒豹で全体が細くしなやかで走ると早そう。でも顔が赤いわね…
サリーが近づいて行った。
「クロさん、また朝まで飲んでたんですか?」
「クァ〜ムシュ〜」
チドリータはトロンとした目であくびの様な返事をした。
「全く奥さんに言いますよ?」
「グ、グァ!」
ピシュン!
チドリータは一瞬で目の前から消えてしまった。
「「え?」」
メリー以外の全員が驚いた。
「まったくもう…」
サリーが呆れながら戻って来た。
みん驚いているのを見たサリーは説明する。
「クロさんはお酒が好きで毎日あんな感じで朝まで飲んでるんですよ〜逃げ足だけは早いんですけどね」
「早すぎだろ、俺でも見えなかったぜ」
セっちゃんが驚いて言う。
「チドリータは世界でもトップクラスの早さですから… 逃げ足だけですが」
「逃げ足だけかよ!?」
しかし、この庭は不思議な生き物ばかりね…
集めてるのかしら。
一同は再度進む。
また何か出て来そう…
直子がそう思うと城の玄関に近い所に何やら立っていた。
あ、やっぱりまた出た…
良く見ると白とピンクのマダラな毛をしたクマに見える。しかしかなり大きい気がする。
「サ、サリー。あれは…?」
「あれはクマッシーと言う熊さんですね」
クマッシーは大きな体で肩を落としため息を吐いていた。
「クマッシーはいつも何かに困っている珍しい動物なんですよ」
「へ、へー、ここは珍獣パークなのかしら?」
サリーは少し悲しい顔をした。
「ここにいる子達は生体数の少なくなった子達なんです。直子さんは降霊術を知ってますか?」
「聞いた程度だけど…確か人族が成人すると降霊の儀式をして霊を宿し特別な力を得るとか」
神の都ではその様な儀式はやられてなかったので人族のみの習慣なのでしょうね。
「その降霊術でこの子達が呼ばれる事があるんです」
「え?生き物なのに?」
「ええ、この子達は見た目は動物ですが精霊の化身なんです」
「精霊なんだ?」
直子はセっちゃんと大福を見た。
「な、なんだよ気が付いてなかったのかよ?」
「こんなに知能の高い動物はいないにゃ、高位の精霊だからこそハッキリと見えるし意思疎通ができるにゃ」
「そうだな、格からー言えば大福よりも高位の精霊だな〜」
「う、うるさいにゃ我は大精霊神様の眷属にゃ一緒にするなにゃ!」
なるほどだから大福が庭に入ってから静かだったのはこの子達を気にしてたのね。
「この子達は精霊の化身ですが実体のある精霊で姿を変えたり隠したりは出来なくてその点では普通の動物と変わりません。ですが捕まえて降霊術の霊として人に宿らせる事も出来ます」
「なるほど、それで乱獲されて数が減ったのね」
「ええ、ここに居る子達は特に希少な子達でこのメルトワールお姉様が作った庭で保護してます」
「ここなら捕獲はされませんし降霊術も本当にこの子達を望みこの子達が答えた時だけ霊となる事が出来ます」
「それも聖女の力なの?」
「はい、この庭は聖女メルトワールお姉様に守られていますから」
「なるほどな〜ここに入ってから調子がいいのはそういう事か」
セっちゃんがチワワの姿で猫の様に伸びをしている。
「保護できた子達だけですけどね!」
サリーはそう言ってオロオロしているクマッシー向かって行った。
「ゴンザレスさん、今日は何に困ってるのですか?」
サリーが声を掛けるとパァーと明るい表情をしてペコペコお辞儀をしている。
しかしなんで名前がゴンザレスなんだろう…
ゴンザレスことクマッシーは大きな体で一生懸命に身振り手振りでサリーに説明している様だ。
ゴンザレスは落ち着いたのかサリーに何度も頭下げながらノシノシと去って行く。
「お待たせしました」
「なんだったのサリー?」
「ええ… 家に帰ろうとしてたらしいのですが歩き出すのに右の足からか、左の足からか忘れて困っていたらしいです」
「…」
皆何か言いたそうだったが誰も何も言わなかった。
「クマッシーはその珍しい毛色で体は大きいですが警戒心と凶暴性も全く無いので乱獲され殆ど見かけなくなりました」
強そうな見た目と違って大人しいのか。
どの世界でも人の都合で絶滅する生き物がいるのね。
「みんな聖女であるお姉様が見つけてはここで保護しているんです」
「それで珍しいもんばっかりいるんだな」
サリーは寂し気な顔で言う。
「直子さん達にここに住む彼らの状況を見て欲しかったのです。すみません沢山歩かせてしまって」
「さあ、城に入りましょう」
城に向かいながら広大な庭を見渡すとあちこちに保護したと思われる珍獣達が穏やかに過ごしているのが見える。
直子はこの風景を見て聖女の、サリーの心に触れた気がした。
◆ ◇ ◇ ◇ ◆
「ここは…」
周りは真っ白で何もない、自分の存在さえ虚に思える…
邪神、ヴィラインは真っ白な世界に漂っていた。
(やあ!君が邪神君だね?)
「誰?」
白い世界に声が響く。
(僕は…そうだね、君の世界ではスサノウと呼ばれているね)
「ス、スサノウだと!?」
ヴィラインは忌み嫌う存在の登場に驚く。
しかし何故か前よりも湧き上がる嫌悪感などは無かった。
「なぜ貴様が?ここは何処なのかしら?」
(ほう、随分と
「何を言っている?」
ヴィラインは訳のわからない状況で混乱するが不思議と心は落ち着いていた。
(君は邪神だったのを覚えているかな?)
邪神… そう、私はこの世界全てを憎む邪神の一角だった。世界を統べる三大神を貶め、あの方の野望を叶える…
だがあの湧き上がる憎悪が無い、何だこの穏やかな気持ちは…
「何故私はここに居る…の?」
(君は長い
「そう…なんだか長い夢を見ていたようだわ〜」
(さて、本来ならまた邪神となって復活するかそのまま無になるかだけど…あの子が根本的に変えてしまったからね。)
(転生してもらおうかな)
「転生?」
(うん、邪神からの女神候補として転生してもらおう。そしてあの子の力になってあげてほしい)
「私が女神… 何を言ってるのかちょっとわからないですけど〜」
(ふふ、今はわからなくていいよ。君を変えた堅譲直子、盾のお姉さんを助けてあげて)
「ええ、あの女には今回のお礼をしないとね〜」
「その為なら喜んで女神でも何でもなるわよ〜」
「覚悟するのね〜地の果てまで追いかけて目的を果たすわ〜」
ヴィラインは口調は邪神のようだがどうやら直子に感謝をしているようだった。
(… どうも邪神だった時の影響が出ているようだね。そのまま送ったら凄い誤解を受けそうだ)
(仕方がない、送る前に僕の女神養成講座を受けてもらうかな)
「な、何ですのそれは?」
(大丈夫、優しくするから)
「え、ちょ」
…
「いや、これは〜」
…
(なかなか邪神の影響が抜けないね…しょうがない)
…
「え?あ!」
「あばばば!」
(あ、ちょっとやり過ぎたかな…)
…
「あたちは…」
「あの人の為に頑張るの!」
…
(うん… ちょっと子供の頃まで戻っちゃった感じだけど記憶はそのままだしいいか)
「スサノウ様、あたちをあの人に合わせて欲しいの」
(わかったよ、でもこのままじゃまずいから時間軸と君の記憶を少しだけいじらせてね)
「あの人の事を忘れちゃうの?」
(いや、記憶はみんなが混乱しないように少し封印するだけだよ。君がいい子にしてたら戻るだろう)
「うん、あたちいい子にするの!」
(本当は素直で思いの強い子だったんだね…)
(僕の推しの子を支えてあげてね…)
……
邪神であったヴィラインの魂は直子とスサノウに浄化され女神候補として新たな人生を始めるのであった。
(まったく、こちらの世界ではどんな事でも出来るのに下界では僕の力なんて無いも等しいんだから参っちゃうよね〜)
(ちょっとズルして時間軸を過去にずらして送ったけど直子とはうまくやってようだからいいよね…)
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