episode 32 危険なモフモフ

 ついにここにやって来た…

 まだ中に入っていないのにすでに異様な雰囲気がぬ〜んと感じられる。


 仕立て屋 ジェントル


 セっちゃんが服を頼んでいたのでその素材であるファントムバッファローを持って来た。


 ガチャッ


 恐る恐るドアを開ける。


 ギィー


 重々しくドアが音をたてて開かれた。


「こんにちは〜」


 薄暗い店内の奥に人影が見えた。


「これは皆様!お待ちしておりましたぞ!」


 そう挨拶したのは店主のシン・ハルフォード。

 家宝のパンツ一つを見に纏いテカテカした体でポージングを決めていた。

 そしてポージングを決めたまま起用にこちらににじり寄って来た。


「おう、店主。相変わらずテカってんな!」


「ありがとうございます、して素材が手に入ったと言う事でしょうか?」


 話しをしながらもポージングを変えて行く店主。

 鬱陶うっとうしい事この上ない…


 バチーンッ!


「はぐぁー!」


 店主は後ろから裸の背中を思いっきり叩かれた。


「クゥ、フゥーー」


 店主は痛みにプルプルしているが何処か嬉しそうにしている。


 いやー! やっぱり来るんじゃなかった!

 この店主は濃過ぎる…


 サリーに至ってはずっと私の後ろに隠れている。

 ソニンさんは…

 先程ファントムバッファローを狩ろうとした時と同じ暗殺者の目をしていた。

 今にもきゅっとやられそうだ…


「あんた!お客さんが引いちゃってるでしょう!全く何度言っても…」


「あら!皆さんお戻りになったんですね?」


 店主の奥さんが店主の背中を容赦なく叩いたようだった。


「はい、ファントムバッファローも無事取れましたのでセっちゃんの服をお願いしようかと」


「まーあの牛を狩ってしまうなんて皆さんお強いのですね!」


 狩ったのはサリーとカーシャだけどね。


「それで素材はどちらに?」


「あ、今出しますね。どの部分を使うか分からないので丸ごと持って来たのですがここで出していいですか?」


「ま、丸ごとですか⁉︎」


「解体方法を教えてもらえば直ぐ解体しますけど?」


「多分大丈夫ですそのままここに出して見て下さい。うちのごくつぶしが解体しますから」


「それでは出しますね」


(ハクちゃんお願い)


(了解しました主)


 ハクちゃんによって異空間に保管したファントムバッファローが現れた。


「ひゃ!」


 突然現れた緑の巨大な牛に店主の奥さんも驚いた。


「こんな大きかったのですね!こんな大きなものが入る収納魔法は初めて見ましたよ」


 あら、やはり普通はこんな大きいのは無理なんだね。ハクちゃんすごいね。


「ほほー、これはこれは…」


 店主がいつのまにか横に居た。


「なかなか見事なファントムバッファローですな。しかも上位種ですぞ」


「上位種?」


「ええ、普通のファントムバッファローが進化した主級の魔獣ですな。よくこんな凶暴な魔獣を狩って来られましたな。さすがお忍びの騎士様」


 店主はまだ私をお忍びで来た騎士と思っているようね。そんなんじゃないんだけど…

 それにしてもより凶暴な魔獣だったなんてサリーとカーシャ達よく倒せたね。


「これはここではちょっと無理ですな、どれ表てで解体しますか」


「ふんぬ!」


 そう言うと店主は無造作に牛の角を掴みそのまま持ち上げ軽々と牛を背負った。

 そしてそのまま外に持って行った。


 あのマッチョな変態的な体は本物だったらしい。

 この世界すごい人が多過ぎる…


「さて、まさか丸ごと持って来て頂けるとは思いませんでしたぞ、しかしこれは腕はなりますのう」


 スラッ


 店主が見事な小太刀を抜いた。


 店主はクネクネとポーズを取りながら獲物の周りを一周した。


「フォオオオー」


 店主が唸り始める。

 その姿はパンツ一つの格好と相まってこの世の者とは思えない絵面だった。


 私は何を見せられているの…


 サリーや他の者も唖然としている。


 シュバ!


 店主が小太刀を振り下ろしたと思ったら一瞬でファントムバッファローは捌かれていた。

 皮、肉、内臓、骨と綺麗に分かれている。


「今夜は焼肉ですな」


 さらにポージングを決める店主、家宝のパンツが太陽の明かりを受けてキラリと光っていた…


 バチーン!


「はうあ!」


 奥さんが店主の背中を思いっきり引っ叩いた。


「はい、夕飯は任せてさっさとと服に取りかかりなさい」


「ぬぬ、わかりましたぞ」


 スゴスゴと皮をとりあげ店に入って行く。

 ピタッと止まってこちらを振り返った。


「これより製作に入りますゆえどなたも製作中は見ないようお願いします」


 いや、見たくないです!


 全員がそう思った。

 店主は満足そうに店の中に消えた。


「すみませんね〜うちの人が。でも仕事はしっかりやりますからね」


「ささ、服は明日までかかると思いますから今夜はうちで食事をして行って下さいな」


 この奥さんがいるから店主も自由奔放なんだな、なんだかんだ言って良い夫婦だ。


 その後は奥さんが肉を捌いて焼肉や煮物をご馳走してくれた。

 ファントムバッファローは柔らかくジューシーで焼いても煮ても固くならず絶品だった。味もまさに幻の領域だ。


「それにしてもお二人のメイド服は素晴らしい出来ですね!特にそちらの方の服は見た事が無い素材で出来ていますね」


 奥さんがソニンさんとメリーさんのメイド姿を見て言った。


 メリーさんは少し誇らしげに言う。


「私の服は王国の職人による物ですね」


「はあ〜 さすが王国の職人は良い腕をしてますね!」


 続いてソニンさんも答える。


「私のはミスリルワイトの糸で出来ていると聞いています」


「み、ミスリルワイトですか!その糸で作った服はミスリル鋼の鎧にも匹敵する防御力とシルクよりも滑らかで艶やかと言われる伝説の物じゃないですか⁉︎」


 さすが神龍のメイド長、身に付けているのも凄いのね。実際どれくらいの凄いのかミスリルって見た事ないからわからないけど…


 奥さんとサリーもソニンさんのメイド服を穴が空かんばかりに見つめている。


「触ってもよろしいでしょうか?」


 奥さんがハスハスと興奮して言った。


「どうぞ」


 奥さんは慎重にお腹の辺りの服を触る。


「はぁ〜 この手触り!光沢!素晴らしいですね!」


「本当ですね!こんな手触り初めてです。触った手も肌が綺麗になった感じまでしますよ!」


 サリーも珍しくモフモフ以外に興奮している。


「どれどれ」


 私も触って見る。


「わ〜 ほんとだ手触りでこんな幸せな気分になるのは初めてだわ」


 気持ち良さに思わず笑顔になる。

 ソニンさんは毎日これを着ているから慣れているのか冷静な顔をしている。


「お〜確かにソニンさんの肌も綺麗〜」


 腕をサスサスしてみた。


「確かに綺麗な肌ですね!」


 皆んなでソニンさんの腕をサスサスする。

 ソニンさんの顔は冷静だが少しプルプルしている気がする。さすがにくすぐったいのかも。


「宜しければ今度生地をお譲りしますよ?」


「本当ですか⁉︎ いや、でもそんな代金が支払えませんので…」


「そうですか… それではこう言うのはいかがでしょうか、直子様のドレスを作って頂きその対価としてミスリルワイトの生地を差し上げます」


 え、私のドレス?


「直子さんのですか…」


 奥さんが私の足元から頭までじっくり見る。


「ちなみにどの様なドレスを?」


「じょおぅ… 直子様は神の都の住人になられますのでその際にパーティが開かれるのです」


 ソニンさん私が女王になる事を言おうとしたな。


「そうなんですか⁉︎直子さんは何処かの名の知れた騎士と思っていましたがまさか神の都の騎士だったんですね!」


 いや〜 騎士じゃ無いです… 女王になるんです…


「ははは、そんな感じかな〜」


「そ、そうですね〜ははは」


 サリーも慌てて誤魔化す。

 ソニンさんは冷静な顔で黙秘していた。


「ではその騎士就任パーティのドレスを作れば良いのですね?」


「はい、それで」


 さらっと話しを進めるソニンさん。


「材料は大抵の物はこちらで揃えますのでどうか豪華絢爛ごうかけんらんなまるで女王のドレスの様に作って下さい」


「女王様の様なドレスですか⁉︎凄いパーティなんですね?」


「ええ、神の都の者全員が出席しますので」


「ええ!そんなに!」


 無理やり持ってくな〜ソニンさん。


「作って頂けますか?」


 奥さんはしばらくブツブツ独り言を言って意を決したように言った。


「それでしたらエレガントのエリーさんと一緒に作ってもよろしいでしょうか?」


「エレガントのエリーさん?」


「ソニンさんエリーさんは私が今来ている服を作った人なんですよ」


「ほほう…」


 ソニンさんの冷静な目が私が着ている服を舐める様に見る。


「確かにこの出来は神都でも作れる人は少ないですね、見事な出来です」


「でしょう〜 彼女とだったら凄いのが出来ると思います!」


「そうですか、直子様もそれでよろしいですか?」


「ええ、お二人に作ってもらえるなら心強いわ」


「わかりました、それではお願い致します」


 ソニンさんは綺麗な姿勢で奥さんに頭を下げた。


「私達はしばらく旅に出ますのでパーティはその後になります。その間の連絡はセドリック様の従魔にお願いしますのでお気軽にご連絡ください」


 ソニンさんはセっちゃんをチラッと見た。

 セっちゃんはチワワの姿で器用に頭掻いて答えた。


「やれやれ、わかったよ。パピー!」


 セっちゃんはパピーを呼んだ。

 空中に魔法陣が現れその中から翼を生やした猫、パピーが現れた。


「にゃ〜」


「おう、今後この服屋との連絡をしてもらえるか?」


「うにゃ〜」


 パタパタと奥さんの所に飛んで行った。


「あらまあ〜可愛らしい!煮干し食べる?」


「にゃにゃ!」


 奥さんは早速餌付けをしている。

 パピーは煮干しを差し出した奥さんの手に肉球を押し当てた。


 ポゥッ


 手に肉球の形で印が押され黄色に光っている。


「う〜にゃ!」


 パタパタと奥さんの周りを飛んでいる。


「その印はパピーとの仮契約ってやつだ、それでいつでもパピーを呼べるから必要な時に連絡くれ」


「わ〜そうなんですね。ありがとうございます」


 パピーは奥さんの肩に止まり煮干しをカリカリと食べている。

 その後は作るドレスに付いてあれこれ話しその日は村の宿に泊まる事になった。


 次の日


 服を取りに仕立て屋ジェントルに向かった。


 コンコン、ガチャ!


「おはようございます、服はどうですか?」


「皆さん、お待ちしていましたよ」


 奥さんが出迎えてくれた。店主は見当たらない。


「昨日は美味しい夕飯ありがとうございました」


「いえいえ皆さんが狩って来たお肉ですから当然ですよ」


「店主さんは?」


「そこです」


 奥さんが指指す先にを見た。

 接客用の椅子にグッタリと燃え尽きた店主が居た。


 そんなに大変だったのだろうかセっちゃんの服。

 しかし顔は満足そうに微笑んでいた。


「良い服が出来たみたいですね」


「そうであれば良いのですけど」


 奥さんが店主を頭を優しく撫でる。


 スパン!


「グホッ!」


 奥さんが店主の頭を叩いて起こす。


「ほら、皆さんお待ちだよ」


「お、おお!お待ちしておりましたぞ」


 今まで死にかけの様だったのに急に元気になりポージングを決める。


 うん、やっぱりうっとうしい…


「その蔑む様な視線、なんともゾクゾクしますぞ!」


 奥さんが右手を挙げると慌てて店の奥に入って行った。

 そして一着の服を持って出てくる。


「ささ、これがセっちゃん様の服になります。どうぞお試しください」


 店主はチワワ姿のセっちゃんに作った服を着せようとする。


「むほ!」


「こ、これは素晴らしい毛並み…」


 何やら呟きながら服をセっちゃんの背に当てた。


「ではセっちゃん様、服に魔力を通して下さい」


「お、おう」


 セっちゃんから服に魔力が通うのが感じられた。

 すると服はキラキラと霧散して消えてしまった。


「服消えちゃいましたね?失敗でしょうか?」


 サリーが心配して言った。


「いや、こりゃ… 店主よなかなかやるじゃねえか」


「恐れ入ります」


「どう言う事なの?」


「ああ、見てな」


 そう言うとセっちゃんは目を閉じて何か考えている様子だった。

 しばらくするとまたキラキラが現れた。

 キラキラはセっちゃんに集まるとそこには立派な服を着たセっちゃんが居た。


「わ〜 かっこいいですね」


 サリーが驚いている。

 私も驚いた。


「魔力操作で服をイメージすると服が現れるんだよ」


「それだけではないですぞ、精霊で有られるセっちゃん様のどんな形状にも対応します」


「と言う事は本体とか人化した時も服を着れるのね?」


「その通りでございます。ファントムバッファローの幽体化を利用して作りました」


 凄いわね私も欲しいかも…


「店主よ、これは服というよりはマジックアイテムに近いな服屋というより魔道技師の仕事だ」


「マジックアイテムであっても身につける物は服でございます。その考えから我が一族は代々魔道技師の技術も担って参りました」


 ただの変態じゃなかったのね…


「見た目は変態だが仕事はきっちりだな、ありがとうよ」


「お褒め頂きありがたき幸せ」


 それ褒めてるのかなセっちゃん…


「それじゃあ、代金はお幾らですか?」


「お題は結構でございます、代わりに残ったファントムバッファローの素材を頂く事は出来ますでしょうか?」


 買えばかなり高そうな服だけど素材も珍しいからいいのか。


「店主さんが良ければそれでお願いします」


「あーりがーとーございます!!」


 ここ一番のポージングを決めた店主であった。


「さ、行きましょうか…」


 全員反応に困っていた様だったのでさっさと店を出る事にした。


「またお越し下さいね〜」


 奥さんが千切れんばかりに手を振ってくれていた。


「これでどの姿でも王様に会えるなぁ」


「いきなり本体にはならないでよ?みんな驚くから」


「最初はやっぱりチワワだろう!」


「なんでよ⁈」


「どの姿でも王様は大丈夫ですよ」


 王様が良くても周りが良くないと思うけど…


「次は近くに村だったな?」


 そう言いながら本体の姿に戻るセっちゃん。


「そうですねここからなら馬車で1ヶ月位の所…」


「それが本体になった時の服ですか?」


「なんか随分モフモフになったわね」


 セっちゃんを見ると首の所に首輪の様に白いモフモフの輪があり下の方から白い羽衣の様な布が2本フワフワと宙に舞っていた。


「これはなかなかフワフワして気持ちいいぜ」


 セっちゃんも気に入っているようだ。

 触って見ると確かに気持ちがいい。


 モフモフ

 モフモフ…


「おい!さっさと行くぞ!」


 サリーと一緒に夢中になってしまった。


「直子さんこのモフモフ危険ですね」


「そうねサリー危険だわ」


 サリーと真剣な顔で見つめ合った。


「おいおい、もういいだろう行くぞ!」


 痺れを切らしたセっちゃんは私達を右前足で作った階段の方へ押しやる。


「ああ〜 セっちゃん様、御無体な〜」


「セっちゃん酷いわ〜」


 二人して抗議した。


「なんで俺が悪者になってんだよ、本当に危ないなこのフワフワ」


 名残惜しそうに二人でセっちゃん背中に登った。

 既に登っていた大福が悔しそうに言う。


「そんなスカスカした毛よりも我の毛の方が極上なのにゃ」


 サリーがすかさず大福のお腹に手を当てサワサワした。


「ふ…」


 サリーが残念そうな顔をして戻って来た。


「なんなのにゃその反応!」


「どうだった?」


「話になりませんね…」


 ちょっと前まで大福をもふり倒していたサリーがここまで言うとはそんなに差があるのか…


「大福も遊んでないでもっと磨かないとね」


「にゃ!あ、遊んでないにゃよ!」


「あの店主、姿は変態だが腕は一流だな!ガッハッハ」


 誇らしげに笑うセっちゃん。


 そういえばソニンさんはどこに行ったのだろう姿が見えない。


「セっちゃんソニンさん何処行ったか知らない?」


「ああ?あいつならここだ」


 言われて下を見るとセっちゃんのモフモフにしがみ付いているソニンさんが居た。


「ソニンさんまで!」


「はっ⁉︎ 失礼しました」


 モフモフからサッと離れると衣服の乱れを直していた。

 さすがソニアさんあの超絶モフモフから躊躇なく離れる事が出来るなんて凄い精神力。


「ソニンさんまた後で一緒にモフモフしましょう」


 ソニンはサリーを見て頷いた。


「するなよ!」


「それでは参りましょう?」


 ソニンさんは誤魔化す様に出発を告げた。

 ソニンさんもセっちゃんに乗り込む。


「たくよ〜振り落とされんなよ!」


 そう言ってゆっくりと上に上がって行った。


 次は王国近くの村ね!



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