episode30 漢のロマン

「これが鷲のコレクションじゃ!」


 興奮気味にドヤ顔で自慢のコレクションを紹介する神龍、エドルファース・スサノウ。

 そこには見た事がある物が所狭しと展示されていた。中でも目を引くのは車とバイクだ。

 クラシックな物もあれば最近目をした車種まであった。


 でもこちらにガソリンなんて無いだろうし動くのかな?


「この車は動くのですか?」


「動かん!」


「え、それじゃ何の為に?」


「かっこいいじゃろ!」


 後ろでお母様とイヴァ姉様が呆れて首を振っている。


「本当にお爺様は動かないこんな大きい置物を召喚して…」


「邪魔よね…」


 イヴァ親子が容赦ない。


「いやー、あやつから車の事を聞いて召喚したものの全く動かんのだ」


「燃料は入ってるのですか?」


「あの臭い水だろう?ちゃんと入れてみたんじゃが」


 燃料はあるのに動かないなんてなんだろう?


(主が居た世界の電子機器はこちらでは作動しません)


(そうなの⁉︎)


(この世界では魔力が強く近い性質を持つ電力は阻害され使用が出来ません)


 あらら。


「どうやら制御系がこの世界では動かないみたいですね」


「何と、その様な事が…」


(電気機構を魔力機構に置き換える事で作動が可能です)


(そん何できるの⁈)


 何でもありね…


「なんか制御を魔力機構に変える事で動くみたいですよ」


「何!それは本当か⁈」


(ハクちゃん、それじゃあ魔力機構に変えれる?)


(可能ですが触媒としてガソリンを使用します)


(結局ガソリンがないと動かないって事?)


(いえ機構を変化させるのにガソリンを触媒として使用し変換後は魔力で動く様になります)


 魔力で動くんだ、便利ね。


「動く様に出来るみたいです」


「おお!ぜひ頼む」


「どれを動くようにしますか?」


 お爺様はささっと目的の車に素早く移動して両手いっぱい広げて言った。


「これじゃ!」


 ええ… これなの?


 お爺様が選んだのはバリバリのスーパーカーだった。先鋭的な無駄のない速く走る為のフォルム。

 風をすり抜ける為に車高が異常に低い。

 確かにかっこいいがこれはこの世界で風を切って走る所はおそらく無いだろう…


「これですか…?」


「何じゃ?カッコ良かろう?」


 そうだけどさ…


「お爺様、これはやめた方がいいかと?」


「何でじゃ!この鋭くピカピカな奴がいいんじゃ!」


 駄々っ子の様になった。


 まあ、いいけど後で後悔するわよお爺様…


「わかりました、じゃあこれを改造してみましょう」


「本当か!直子!」


 子供の様にはしゃぐ神龍。


「燃料は入ってますか?それを触媒に改造するので」


「ああ、動かんからそのままじゃ」


 触った事も無い様な低い位置にある分厚いドアを明けて中を見る。

 メーターを見ると電子表示形式らしく何もわからなかった。


(ハクちゃん、この車の燃料入ってると思う?)


(大丈夫です、変換に必要な量はある様です)


(良かった、それじゃやっちゃって)


(了解しました、主は席に座りハンドルを両手で握って下さい)


 言われるがまま丸くない変な形のハンドルを握りしめた。


(変換シークエンスを開始します、変換中手を離さないで下さい)


(はーい)


(完了しました)


 え、もう?


 何も感じなかったけど本当に変わったのだろうか。


(主、そこのボタンを押して下さい)


 エンジンスタートのボタンらしいのを押してみた。


 ヒュィーーン

 キンキン…


 電子的音と金属の高い音が聞こえて来た。

 通常のエンジン音ではなかった。


(この車はボタンを押した者の魔力で動く様になりました)


「おお!動いとる!!」


 車から降りた。

 すると音がしなくなった。


「おや?止まってしもうたな」


「魔力で動く様になったので席に着いてそのボタンを押せば押した人の魔力で動きますよ」


「なんと!それはすごい」


「どれどれ」


 お爺様様が大きい体を狭い車内に押し込む様に入った。


(あ、ハクちゃん!この車の前後に耐衝撃の結界を張ってくれる?多分必要になると思う)


(了解しました、主)


「お爺様、車は運転した事はあるのですか?」


 あちこちいじり回しているお爺様に問いかけた。


「いや… しかし何となく分かるぞい…」


 あ、そこは!


 ガチャ!


 レバーを動かしてしまった。


 フィーン!

 ギャギャギャ!


「ぬおおお!」


 どうやらアクセルをベタ踏みしたらしい。

 凄まじい電子的なエンジン音とタイヤがスピンして白い煙が上がった後に車は前に突進した。


 ボフン!

 バン!


「はが!」


 ハクちゃんに張ってもらった結界に見事に突っ込んだ様だ。結界は柔らかく車は破壊されなかったが衝撃でエアーバックが作動した。

 お爺様は思いっきり顔をエアーバックにぶつけていた。


「あいたた…」


 転がり落ちる様に車から出て来た。


「お父様!何ですのこれ?フィンスと同じ物だったのですか?」


 フィンスは街で利用されている乗り物だ。


「大丈夫ですか?お爺様」


 イヴァ姉様も心配して駆け寄る。


「だ、大丈夫じゃ風船が出て守ってくれたでな」


 うん、それ無かったら大怪我してたかも…

 それとも神龍だから大丈夫なのかな?


 後ろで見ていたセっちゃんと大福は笑い転げている。


「何じゃこれは、急に動きよったぞ」


「お爺様、車は運転する為の練習が必要なのです。私の居た世界では国の許可が無ければ運転出来なかったのですよ」


「あやつそんな事は一言も言ってなかったではないか…」


 あやつとはお母様の夫、この国を作った私のご先祖様の事だろう。


「どちらにしてもこの部屋では動かせませんよ、狭いから」


「むむむ… よし!外で動かすか」


 え?外ってお爺様はここから出れないのでは?


「お爺様、外に出れるのですか?」


「ああ、本体は無理じゃがな。分体なら可能じゃ」


「お爺様!また外で迷惑を掛けるの⁈」


 イヴァ姉様が慌てている。

 以前も外に出て迷惑を掛けていたらしい。


「だ、大丈夫じゃよ。直子が居るから」


 え、嫌ですけど?


「お願いじゃよ、ほんのちょっとだけ。動いたのを見た事がないから見てみたいのじゃ」


 目をキラキラさせて懇願されている。


「し、仕方がないですね。少しだけですよ?」


「ふふ、直子さん優しいですね」


 サリーが微笑ましい笑顔で言った。


「おお、そうか!ありがたい!ソニンやちょっとこれ運んでおくれ」


 え、ちょ? これを運ぶ? 無理なんじゃ…

 ああ、魔法で運ぶのね。


「わかりました」


 ソニンさんはそう言うとツカツカと車に近寄った。

 そして車の横に行くとスッとしゃがみ込む。

 次の瞬間、ヒョイと車を頭より高く持ち上げ起用に片手で支えていた。


 は?え、あれってかなり重いと思うんだけど!


「力持ちじゃろ?」


 いやいや、そんなレベルじゃないでしょ。


「それでは儂は分体を」


 お爺様の体が金色に光り出した。その光が別の場所へ移って行く。

 光は別の場所で集まり何かの形になった。

 光が収まるとそこには金色の毛をした体の長い動物が現れた。


「あれがお爺様の分体なのですか?」


 あれはカワウソかな…


「そうじゃ、可愛いかろう?」


「カワウソですね…」


「小さい龍とかになると思ってました」


「それじゃ芸がないじゃろ⁉︎」


 芸って、笑いを取りたいのかしら。

 セっちゃんといい素直に本体に似せればいいのに。

 それにしても…

 カワウソじゃ車運転できないのでは?


「あの〜 その姿では車を運転できませんよね?」


 周りの皆んなも頷いている。


「運転は直子に任せた!」


 なんで?


「いやーさっきので車は危ないとわかったからのう」


 怖くなったのね。

 お爺様を呆れた顔で見る。


「違うぞ!怖くなったからとかじゃないからのう!あれじゃ、また暴走しても行かんじゃろ?ここは同じ世界に居た直子に任せるのが良いじゃろう?」


「おお、ソニンが重そうにしておる。早く行こうぞ!」


 ソニンを見ると涼しい顔で車を持っている。

 皆んなはやれやれと言う感じで移動を始めた。


 お爺様の分体、カワウソはシュルっと私の体を登って肩に止まった。

 サリーがカワウソをモフりたそうにソワソワしているのが見えた。


 一同は謎扉を通って城の外と思われる場所に出た。

 出て来た扉を見ると何も無い空間にぽっかり城と繋がる扉が有った。

 空間魔法なのかしらね。


「この辺でどうかの?」


 そこは山の側面に沿って比較的平坦な道ではあった。

 道幅も広く一見して良いと思われる。

 しかし…


「これ以上道が綺麗な所はありますか?」


「これ以上となると街の中くらいでしょう」


 イヴァ姉様が答える。


 やはりそうよね。仕方ない。


「ではここで乗ってみますか?」


「うむ、かっ飛ばそうぞ!」


 どこでそんな言葉を知ったのか…

 しかしかっ飛ばすのはダメよ。


 助手席にお爺様の分体であるカワウソがちょこんと座る。その後から丸々とした大福猫がカワウソを押し除けて入って来た。


「な、何じゃお前も乗るのか?」


「我も車というのはあいつから聞いてたのにゃ、馬よりも早いらしいにゃよ。乗るのにゃ!」


 そう言うと二つしかない座席の真ん中から狭い後ろの隙間にスポッと体を収めた。

 この手の車に後ろの席は無い、座席の間に僅かな空間があるだけだ。


「さあ!出発にゃー!」


 すごい楽しそうな大福。


 やれやれと運転席に入ろうとして気がついた。

 先程の暴走でエアーバックが出てしまって邪魔をしている。


(ケンちゃん、これ邪魔だから切り取ってくれる?)


(心得た!)


 右腕の小さな盾から剣が出現しシュパっとハンドルから出ていたエアーバックを切り離した。


「おお、見事なもんじゃ」


 カワウソ姿のお爺様が小さい手をパチパチしている。


(ケンちゃんありがとう、次はハクちゃんこのエアーバックの代わりの物って出来るかしら?)


(先程で状況は把握しましたので結界にて同じ様な保護は可能です)


(おお、さすがハクちゃん。それと私が座るところに衝撃を和らげるクッションみたいのも出来る?)


(主のお尻を保護する物でしょうか?)


(う、うん。お尻というか多分走ると衝撃がすごいからそれを抑えてほしいのよ)


(わかりました、他の方はどうしますか?)


(体を動かない様に固定だけしてあげて)


(了解しました)


 運転席に乗り込んだ。

 極端に座高が低く倒れ込む様に座る。

 イヴァ姉様とサリーが両方のドアを閉めてくれた。

 ハンドルを握り魔力を認識させる。


 ボタンを押すとエンジン音の代わりに電子音が軽快に鳴る。


 ヒューン!


 横の二人を見ると真っ直ぐに前を向いて微動だにしていない。初めての車に緊張している様子だったがその目はキラキラと好奇心に輝いている。

 外で皆んなが手を振ってくれた。

 ボタンを押して窓を開けたが顔が出るかというくらいにしか開かなった。


「それじゃあ言ってくるね」


 シートベルトをしっかりと装着してレバーをドライブに入れる。


「二人とも行くよ!」


「うむ!」


「行くのにゃ!」


 ゆっくりアクセルペダルを踏むと金属の様な電子音が大きく鳴り進み始める。


 キーン!


「おー!」


「にゃー!」


 二人とも子供様にはしゃいでいる。


「直子よ、もっと早くはならんのか?」


「そうにゃ、これじゃ馬車よりも遅いにゃ!」


 もう、ゆっくり行ってあげてるのに…


「わかりました少し早くしますよ」


「どんどん行くのにゃー!」


 うるさいよ、大福。


 ペダルを少し強く踏んだ。


 キーン!


 音がさらに高くなった。

 その瞬間、後ろの車輪がズルっと滑る感覚がした。


「うお!」


「はにゃ!」


 ペダルから足をあげた。


「な、何じゃ今のは?」


「後ろの車輪が空回りしたみたい」


 舗装もされてない道でスポーツカーだと当然こうなるのだろう。

 もっとゆっくりペダルを踏まないと…


「面白いにゃ!」


 大福はお気楽にはしゃいでいる。


 再度慎重にペダルを踏む。

 今度は空回りせず速度が上がって行く。


 ガタッガタッガタッ!

 ガタッガタタッガタッ!


「な、な、なお、っこや!」


「にゃ、にゃ、ぬあ!」


 ぬあ?


 予想した通り道が悪く振動がすごかった。


「はにゃにゃにゃ、お尻がー!」


「な、直子やー!」


「何でしょう?お爺様」


 私のお尻はハクちゃんのクッション結界で無事だ。

 ありがたい。


「こ、これぇーは!こ、こんなに揺れる、のかー?」


「アバババ!」


 大福は後ろで変な声を出している。


「こういう道を走る車じゃないですからね〜」


 冷静に答える。


「と、止めるヴァー!」


 たまらず大福が叫んだ。

 ゆっくり車を止めた。


「どうでした?初ドライブ?」


 二人ともグッタリしていた。


「ドライブが何か知らんが最悪じゃ…」


「お尻が割れて猫又になるところだったにゃ〜」


 お尻が割れても猫又にはならないと思うよ、大福。


「直子や、これは本当に人が乗る物なのか?」


「そうですね… この様な車はあまり動かさず綺麗な部屋に飾って愛でる人が多いですね」


「そうであったか〜」


 二人共違う意味で心底納得しているようだった。


「もっと車輪が大きい車ならこちらでも乗れると思いますけどね」


「あのゴツゴツした背の高いやつじゃろ?あれは形が好きじゃないんじゃ」


 速そうな車じゃないと嫌なのね。


「ふう、もう少しで分体が解けてしまうところじゃった。もう帰ろう直子や」


 よっぽどきつかったらしい。


「はーい、それじゃあこのままさっきのところに戻りますね〜」


「にゃ⁈」


「そ、それは行かんぞ!また酷い目にあうではないか!」


「ゆっくり行けば大丈夫ですよ」


「本当じゃな?嘘ではないな!」


「絶対ゆっくり行くのにゃ!」


 どんだけ必死なの?


「はいはい、ゆっくり行きますよ〜」


(ハクちゃん、可哀想だから二人にもクッションをつけてあげて)


(承知しました、主)


「お?」


「ふにゃ?」


 突然二人を包む様に柔らかい結界が現れクッションになった。


「おお、これは良い!」


「これなら快適にゃ!」


「お主最初からこれを使っておったな?」


「ずるいにゃ!」


「さ、戻りますよ〜」


 抗議は無視して来る時より少し遅い速度で戻った。

 クッションがあるとはいえ揺れるのには変わりなく二人ともピタっと静かになった。


 ◆   ◇   ◇   ◇   ◆


 儂は主殿とハク殿により召喚されし【静寂の剣盾】と申す主殿の剣である。

 主殿よりケンちゃんの名を頂いておる。

 実にフレンドリーな名である。主殿にその様に接して頂くとは何とも嬉しい限り。


 主殿もまさか女王となられる方とはいやはや驚く事ばかり。

 しかしその様な主の剣として側に置いて頂けるのは至福の極み、今後もお役に立てる様精進するばかり。


 しかしながら儂の出番がなかなかにお呼びが掛からぬものよのう〜


 ハク殿は万能ゆえお呼びもかかるが儂などは切るしか能がないであるからのう。


 カーシャはサリー殿と楽しくやっておるし、これは何か手を打たねば忘れ去られてしまうぞ!

 あれであるな、主殿の居た世界では物が人の姿をとるのが流行りと聞いた事がある。擬人化とか言ったか…

 儂もバーンと人に変身してみれば主殿と会話の一つも出来そうではないか。


 しかし、主殿の好みが分からんな…

 そういえば主殿の周りには何故か犬だの猫だの動物が集まっておった。

 いっそ儂も可愛い動物に…


 いやしかし、剣豪としての意地もあるからのう。


(ハクちゃん、なんかケンちゃんが一人でブツブツ言ってるけど大丈夫?)


 右腕にくっついているケンちゃんから呟きが聞こえて気になる。


(主、大丈夫です。この先はケンちゃんの活躍が必要になってくるので)


 え?それって… 何かのフラグですか…

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