episode16 神の都

 仕立て屋ジェントルでは精霊チワワ、セっちゃんの採寸がパンイチ店主の妻マグさんによって進められていた。

 店主は何やらポージングを決めている。


「店主さん何してるんですか?」


「ええ、サブリガの魅力を皆さまにお見せしております、ふん!」


 言いながらもポージングをしている。

 この体のテカリは何か塗っているのだろうか?

 そういえば前世にあったボディビルダーもテカッてるよね。

 あれは何を塗ってるんだろう…


「辞めて下さい!キモイです!」


 サリーが会心の一撃を放った。

 今まで怯えていたのによほどポージングが我慢ならなかったらしい。

 サリーの左腕が震えている。

 カーシャも怯えているようだった。

 突然会心の一撃を放たれた店主はがっくりし店のカウンターによろよろと向かいそこにある椅子に座った。

 すると徐に足を組むみカウンターに置いてあったカップで何かを優雅に飲み始める。

 そしてなぜか中指を立てているのだ。

 それもカップを持った手で…


 立てるなら小指でしょうが!


 器用にあたかも自然に中指を立てて何かを呑んでいる。

 カップを置くと今度は葉巻を口に咥え指パッチンで火を付けた。

 

 漫画やアニメでは見た事があるが実際にこの目で見るとは…

 軽く指を鳴らして火が付いたので魔法だろうな。

 この店主この格好で魔法も使えるのか。


 店主は葉巻を咥えたまま吸いこみ椅子にもたれかけ、ふはーと上方向に煙を吐き出した。

 そしてなぜか白い歯を見せてニヤリと笑ったのだ。

 動作がいちいち目が離せない。

 見たくないのに見てしまう。

 正に店主の思惑通り、それを確信したから店主はニヤリとしたのだ。


「な、直子さん私耐えられそうにないですあれ」


 サリーが言った。


「確かにこれ以上見せられたら目が汚れる気するわ…」


 スパーン!


「ぐわっは!」


 ドガシャッ!


 店主は突然ハリセンで殴られ椅子がひっくり返りバックドロップを食らったかの様に頭から落ちそのままの姿で動かなくなった。

 しかしそれで余計にサブリガが天に突き出され神々しい光を放っている。

 動かなくなっても自己主張の強いサブリガであった。


「こっちは仕事してんのにちゃんと接客しなさいよ!」


 いつの間にか採寸を終えた妻のマグさんがハリセンを手に叫んでいた。


「あ、採寸終わったんですね?」


 張り倒された店長は無視して話を進めた。


「はい、精霊様の愛らしいお身体に合う様バッチリ作らせて頂きます」


「デザイン的にはこの様な感じで…」


 マグさんが手書きのデザインを見せてくれた。

 シャツとジャケットになっておりジャズ倶楽部の若いサックス奏者が着こなしている様なちょっとカジュアル感のあるジャケットだ。

 マグさんなかなか良いセンスをしている。


「精霊様のご希望で堅苦しくなくイケ犬に見える服という事でしたのでこの様にしてみました」


「イケ犬って…」


 本体は猫類なのにイケ犬になってどうしようと言うのだろう…

 まあ、服は似合いそうなのでこのデザインで賛成ですが。


「ふむ、このデザインだと材質がこのままでは精霊様には合いませんな」


「ぎゃ!」


 向こうで倒れていたはずのパンイチ店主がいつのまにか近寄ってデザインについて意見を言っていた。

 思わず、声を上げてしまったじゃないのよ。

 しかもぎゃ! とか…


「あら、そうなの?やっぱりこの素材じゃだめかしらね?」


 奥さんのマグさんも素材については迷っていたらしく直に店主の意見を聞いている。


「精霊様の今のお姿はおそらく仮のお姿、本当のお姿になった時にこの素材では持たないでしょうな」


 こんな格好をしていているがさすが店主、服については詳しいらしい。

 というか精霊の服なんて作った事あるのかしらね?


「おやじ、なかなか見る目があるじゃねぇか。伊達に魔法の服を扱っていねえな」


 なるほど、魔法の服を作ってるから精霊の魔力にも敏感なのか。

 やるな、褐色髭面パンイチ魔具師。

 直子は心の中でそう思った…


「そうですね素材としては…ファントムバッファローの皮がよろしいかもしれませんね」


 ファントムバッファロー?

(ハクちゃんお願い)


(了解しました)


【ファントムバッファロー】

  〔神淵の森中腹付近に生息する実態を持たない牛〕

  〔その体は魔力によりアストラルボディへ変質し実態の無い状態になる事が

   できる〕

   穏やかな性格だが実態を見られると怒って襲ってくる

  〔実態の時は魔法無効〕

  〔アストラルボディの時は物理無効〕


「あの牛かー、直ぐ怒って突っ込んでくるんだよな〜」


「せっちゃん見た事あるの?」


「ああ、森には結構居るぜ」


 レアな獣ではないらしい。


「何ですと!滅多に姿を見ない獣が森の奥には居るのですね」


 人からすればレアだった。


「牛自体がかなり強いので出会ってもなかなか倒せないのですよ」


 だろうね、状況によって魔法無効、物理無効だから知らないと大変そう。


「それじゃあその素材はここには無いと?」


 店主は顔を横に振り答えた。


「残念ながらありませんね…」


 店主と妻のマグさんはがっかりした様子でお互いを見つめてた。


「それならこれから森に入るからよ、狩って来てやるよ」


 店主と奥さんはお互いを見つめ合った。


「あなた、これで作れるわね!」


「ふっふっふ、まだ焦ってはいけませんよ。喜ぶのはブツを手に入れてからですぞ」


 そう言う店主も嬉しいらしい。

 自然にポージングをしている。

 それ目に付くからやめて。


「それじゃ後は素材が手に入ってからですかね?」


「そうなりますね、下準備は行っておきますのでぜひファントムバッファローの素材お待ちしております!」


 セっちゃんの事だからその辺は大丈夫だと思うけど。

 私達は森はよくわからないしね。


「それでは、戻ったらまた来させてもらいますね」


「お待ちして、ふん! おりますぞぉ~!」


 いちいちポーズを決める店主。

 夢に出てきそうだ。


 暑苦しい店主と奥さんに見送られ仕立て屋ジェントルを出た。

 

「そんじゃ大将とこ行くか」


 ご機嫌なせっちゃん。


「行くって言っても森の奥に行くんでしょう?どれくらいかかるかわからないけど今日中には着きそうにないわね」


「何言ってんだ、何の為に俺が来たと思ってんだ?」


「え、案内でしょ?それと笑わせに」


「違うわ!何が悲しくてくお前らを笑わせにゃならないんだよ」


「癒しに来たとかでしょうか?」


 サリー、姿は可愛けど他が全然残念だから…


「ふん、俺様の姿が癒しになるってんならその通りだな!」


 こいつやっぱりチワワの様な可愛い犬になったのはワザとだな、あざといわよ。


「俺の凄さはこれからわかるから楽しみにしときやがれ」


 そう言うと高位精霊チワワのセっちゃんはちょこちょこと前を先導する。


 途中村の様子を見たが村長が操られていた事と息子が生き返った事は村中に伝わっているらしく皆、安堵と喜びの雰囲気が伝わって来た。

 よかったね、あの親子ならこの村を良くするに違いない。

 村の出口に来たが前に見た村長が立てた補償金の看板は撤去されていた。

 代わりに今まで徴収していた村の防衛費の返還、生活が困難になっている人への支援を行う宣言が立っていた。

 その看板の前で看板に手を合わせている初老の女性が目についた。


「よかったですね」


 思わず声を掛ける。


「… ええ、村長は昔からこの村の為に頑張って来た人でね。突然の代わり様に驚いたのですが何者かに操られていたとかで本当によかった…」


「息子さんも立派な方だしこれからに期待ですね」


「ええ、生き返ったなんて神様は見てくれていたんですね。私達もがんらないと」


 女性の目は希望に満ちていた。


「直子さん、息子さん立派って…」


 サリーは何かを思い出し顔を赤くしている。


「ちょっとサリーいいところなのに変な事言わないでよ、私まで思い出すじゃない」


「なんならマンドラきのこ食ってくか?」


 セっちゃんが呟いた。

 私とサリーはいらないと全力で否定した。

 そんなお気楽な話をしながら森のの前まで来た。


「ここから森よね?それでどうするの」


 目の前に居る小さいチワワを見つめる。


「ああ、ちょっと待ってろ」


 そう言うとせっちゃんの体が光始めた。

 光は強く大きくなり大きな白い豹の様な姿になった。

 しかも最初にサリーの家で見た姿よりも倍以上はある。


「わー大きいですね!こんな獣見た事無い!」


 サリーはセっちゃんのこの姿を見るのは初めてだ。

 私が見た時もこんなに立派じゃなかったけど。

 これが本当の姿なのだろうか。

 魔力も前回見た時と比べられないくらい大きい。


「主殿、セっちゃん殿はこの様な立派な精霊だったのですな。これは見事」


 ケンちゃんも驚いている。


(主、この者がこれほどの精霊とは感知できませんでした。この者に主を害した場合に対応出来なかった可能性があります。申し訳ありません)


 ハクちゃんにここまで言わせるなんて本当に凄い精霊なのかもね。


(セっちゃんに害意は無かったし仕方がないわよ、謝る事なんてないわ。危ない奴だったらハクちゃん気がついていたでしょう?)


(そう言って貰えるのは嬉しいですがこのレベルの精霊はおそらくこの世界にも数体しかいないと推測します、ご注意下さい)


 おおう、残念精霊と思っていたのが世界のトップクラスだったとは…

 でも私にはそれほどに感じられない。

 今まであった獣のどれよりも強いというのはわかるんだけど…

 感覚がおかしくなったかな?

 それよりも…

 良い毛並みよね、さすがトップクラス。


「どれどれ」


 セっちゃんの丸い前足をサワサワしてみる。

 私の体の場以上もあるモフモフ足だ。


「お、おいやめろよ」


「あ、いいなー直子さん私もー」


 サリーも一緒にモフモフ。


「カーシャも触れればいいのにね」


「大丈夫、サリーお姉ちゃんから感触が伝わってるの、すっごいモフモフなの」


「セッたん凄いの!」


「おいおい照れるじゃねぇか」


 まんざらではないらしい。


「おら、その辺にしといてそろそろ行くぜ」


 そう言うと全身を低く屈む。


「特別に運んでやるからよ~さっさと乗れや」


 そういうと足から背中までの毛が階段のように形作られた。


「背中に?ちょっと怖いんですが」


「大丈夫だよ、ちゃんと落ちないようにしてやるからよ」


 森の中を歩いて行くと考えればこっちの方がいいけど。

 背中じゃなくて猫バスみたいになんないかな~。

 一応猫みたいだし…

 そう思いながら上に上がった。

 サリーも続いて上がる。

 背中に上ると2か所に毛が凹んだところがあった。


「その凹んでるところに座ってくれ」


 なるほど、そこで固定してくれるのか。


「はいはい」


 言われるがまま凹みに入った。

 座れるようになっており収まりがいい。

 なによりモフモフしている。


「直子さん、これ気持ちいいですね」


「座ったか? そんじゃ行くからな」


 座った所の腰から下の毛がわさわさと囲んで来て体をやさしく支えた。

 さらにモフモフになった。

 おーこれは寝てしまいそうになるほど気持ちいい。

 しかし眠くなる前にセっちゃんが立ち上がり視界が一気に高くなった。

 村の様子が一望できる。


「よーし、一気に行くからな落ちるなよな」


「いやいや、落とさないでよ」


「大丈夫だ、行くぜ」


 そう言ってセっちゃんはいきなり空に向かって飛び出した。

 あっという間に森の高い木よりもかなり高い位置まで来た。

 鬱蒼とした森が遠くに見えるひと際高く聳え立つ山まで一面続いている。

 富士山と樹海みたいだがスケールが桁違いだ。

 改めて違う世界に来たと実感する。


「高ーいの!」


「お~これは絶景ですな!」


 カーシャとケンちゃんがはしゃいでいる。

 サリーは高い所は初めてらしく固まっている。


「サリー大丈夫?」


「…」


 返事がない。

 まあ、カーシャが楽しそうだから大丈夫だろう。

 でもこれってジャンプしたというより飛んでるよね?


「セっちゃん飛べるんだ?」


「おうよ、精霊だからな~あたりまえよ!」


 そうなのか?

 精霊は飛べるものなのか。


(主、この者が特別なだけで普通の精霊はここまで飛ぶ事はできません)


(そ、そうなのね)


 でもこの景色はすばらしい。

 前には壮大な自然、横を見ると大きな街の様なのが微かに見える。

 あれが王国と国交のある国なのだろうか。

 神の都と言われる所は見えない。

 本当にあるのだろうか?

 森もかなり奥まで飛んで来た。

 下をみると大きい生き物みたいなのが移動しているのが見えた。

 大きさだけなら今のセっちゃんより大きい。

 それが群れを成してる。

 あんなのが居たら人なんて入ってこれないよね…

 あ、そういえばファントムバッファローはどうするんだろう?


「セっちゃん、服の材料は狩らなくていいの?」


「ああ、あれは村に戻る時に狩らねえと荷物になっちまうだろ」


 チワワの時の小さい服を作る材料だからそんなに荷物にならないとおもうけど。

 もしかしてファントムバッファローって大きいのか?


「ファントムバッファローって大きいの?」


「そんなでもねえよ、最初に姉さんに見せた俺と同じくらいだな」


 最初ってセっちゃんが村長の所に行くときに見せた姿か。

 十分大きいわね!

 そりゃ荷物になるよね。


「そろそろ、結界を通るぞ」


「結界?」


「ああ、余計なもんが入らねえように大将が居る所には結界が貼ってあるんだよ」


「通る時に少し揺れるからな!」


 あたしら余計なもんだったら結界に弾かれるのかしら?

 というかごく自然にサリーも一緒に来てるけど大丈夫でしょうね?


「結界って私達大丈夫でしょうね?サリーも?」


「そういえば姉さんを連れて来いとだけ言われたな…」


 おい!


「ま、大丈夫だろ!そんなの気にする大将じゃねぇよ」


 たしかに敵意を持って行くんじゃないから大丈夫だと思うけど。

 すると結界はその大将が貼ってるのか…

 この広大な範囲に結界を貼れるんだからやっぱりすごいのだろうな。

 キングオブキャットかもしれない。


 パアーン!


 何かが弾けるような感覚があった。

 結界を通ったのだろう。


「きゃー!」


 サリーの声だ!


「どうしたの?さりー大丈夫?」


「きゃーきゃー!」


 どうやら今まで固まってたのが結界の衝撃で気が付いたようだ。


「きゃー!きゃー!なのー」


 カーシャもまねしてる。

 大丈夫そうだね。


 改めて前を見るとそこには今まで無かった景色が広がっていた。

 壮大な一つ山の麓に街、いや都と言えるほどの建物が広がっている。

 山に近いところにはお城のような大きな建物があり城壁が囲っている。

 そこから下へ白い壁と瓦屋根のような建物が所狭しと建っている。

 ところどころに大きなドームみたいな建物やコロッセオを思い起こさせるような闘技場のようなものなどがある。

 間違いない、ここが神の都だ!



 


 

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