episode13 乙女の涙

【【こそこそ、見てんじゃ! ないわよー!!】】 


 思わず叫んでしまった…

 

 直子の叫びと共にその覇気が部屋全体、敷地全体、そして目標と定めた村の所まで広がった。

 覇気は凄まじく部屋どころか敷地全体がビリビリと震えて部屋の窓ガラスに亀裂が入った。

 その刹那。


 「シュパ!」


 という声と共にいつの間にか剣の姿になっているケンちゃんが一人でに村長の周りの空を切った。


 「儂に切れぬものは純心な魂のみ…」


 ケンちゃん、自分で切る音出してるしセリフも言わなくてもいいと思うんだ…

 イケオジボイスだけど【静寂の剣盾】が全然静寂じゃなかった。

 お陰で直子は感情を落ち着かせる事ができた。


 パシィー!


 何かが割れる音がした。


「きゃっ」


 サリーは割れる音に驚いていた。

 村長は驚きのあまりか動けなくなっている。

 精霊チワワに至っては仰向けに倒れてピクピクしていた。


「ちょっと!セっちゃん何であんたが一番ダメージを負ってるのよ⁉︎」


(ハクちゃん、セっちゃんを回復で出来る?)


(主の魔力を頂ければ可能です)


(うん、回復してあげて)


(了解しました)


 ハクちゃんは大きな盾に戻りセっちゃんの上に浮かんだ。

 自身から発せられる白い光を倒れている精霊チワワに降り注いだ。


「ハッ! こ、ここは…」


「あんた、何で死にかけてんのよ⁉︎」


「死にかけてなんかいねぇよ、なんか綺麗な川が見えて猫と犬がどっちに来るか聞いてくる夢を見ただけだ… 綺麗だったな…」


 十分、死にかけてんじゃないのよ。


(精霊は精神体ですので主の波動をまともに受けたようです、高位の精霊でなかったら消滅していたでしょう)


 危うく精霊チワワをを消滅させるところだったらしい。


「まったく、まさかあんな覇気でやるとは思わねえじゃねえかてっきり盾の旦那がパパっとやっちまうと思ってたぜ」


 ……


 精霊の時の豹みたいな姿は立派なのにこの残念精霊が…

 直子は改めて残念なチワワと認識した。


「お、うまくやったようだな。これでまともに話ができるぜ」


 セっちゃんの声に周りを確認してみるとさっきまで見られている感じが無くなっていた。

 よく見ると村長の机の上にある手の平サイズの水晶球みたいな置物が割れて半分が崩れ落ちている。


「これが原因みたいね」


 割れた置物を指差した。


「あ、これって役場にも飾ってありました」


 サリーがじっくり見て断言する。

 するとこれと同じ物があちこちに設置されてたのね…


「なるほどね、だから村からも気配がしたんだね」


 ともかくこれで村長から話が聞けるだろう。

 だが村長を見ると気絶していた。


「おら、起きやがれ!」


 セっちゃんは村長が気絶している机に上り右前足で村長の頭をたしたしと叩いている。


「うん… 毛玉…?」


「誰が毛玉じゃ!髪の毛むしるぞ!」


 まだ呆然としている村長だがその顔は先程までとは違い穏やかな顔をしていた。

 監視魔法の魔力原にされストレスがあったのだろう。


「村長、しっかりして。話を聞かせてくれる?」


 村長ボーゲルはゆっくりと夢を見ているように話始めた。


「半年前…貴族のような者達が訪ねてきたのだ」


「この村を拠点に神淵の森を開拓したいと…」


「馬鹿げた話だった、神淵の森には神の都と呼ばれる都が存在しているとされその領土はこの世界のどの国よりも広いと言われている」


「しかしその広大な豊かな土地を開拓、侵攻しようと周りの国々が挑んだが全てが神の都すら見る事も出来ずに失敗している」


「森の深くに行くほど、強い獣や魔獣、精霊が居り人が太刀打ちできる場所ではないのだ」


「それをこんな辺境の村から開拓などできるはずもない」


 私はその森からやって来たんだけどね…

 そんな危ない所に飛ばされていたのか。

 でも開拓が無理と知ってるだろうにその貴族はなぜこの村に来たのだろう。


「その貴族達はなんだったのかしらね?」


「おおよそ想像がついている、神淵の森を挟んで反対側にある帝国の連中だろう」


「我らが居る王国は神淵の森に隣接する殆どの国と国交を結んでおり王国はその中心的国なのだ」


「帝国は大きい国だが王国と周辺国が協力し合うと脅威に感じて何とかしたいと色々ちょっかいを出してくるのだ」


「それが今回の監視魔法だと?」


「そうだ、奴らはこの村から神淵の森へ侵攻させ王国と神の都を対立させようと考えているのだ」


 なるほどそれで村に魔獣を連れて来てたんだね。


「儂はその企みに気づき断ったのだが…」


 悲しみと苦痛が混じった顔をするボーゲル。


「奴らは屋敷中に魔法を施し儂の自由を奪ったのだ」


「そして見せしめとして儂に息子を殺させたのだ!」


 村長は頭を抱えて震えている。


「息子とこの村を守って行こう話をしたばかりだったのに… 息子は儂が操られて苦しんでいるのを見て何の抵抗もせず儂の振るった剣で死んでしまった」


「なんてくだらねぇ真似しやがる!」


 声を荒げて感情をむき出しにセっちゃんが言い放つ。


 ゴゴゴ…


「ん?地震か⁈」


 ビリビリ…


「な、なんでしょうか⁈」


 セっちゃんが直子の方を見るとそこには禍々しいまでにオーラを纏った直子が居た。


「お、おい!落ち着けよ!それ以上に暴走したら俺だけでなく皆吹っ飛んじまうぞ!」


 ガシャーン!


 先程ヒビの入った窓ガラスが完全に割れた。

 ガラスが割れる音とセっちゃんの言葉にハッとして我に返った。

 覇気は感情を上手くコントロールしないと暴走してしまうようだ。


(主、落ち着いて下さい。主が本気で放った覇気は私も止める事は出来ませんので甚大な被害が出ると予想します)


 わかっているわ…

 でもこの感情に蓋をするのはかなり厄介だわ。

 世の中はどんな世界でも理不尽な事ばかり…

 普通に生きて行きたいと言う思いさえ踏み躙られる。

 それは例えどんな凄い力を得たとしても防げない。

 わかっているわよ…

 前世で理不尽に殺されこの世界に来れた自分は運が良いのか?

 こっちの世界で幸せになれるかなんてわからないけど私は生きてる。

 村長の子も次の世界で精一杯生きる事が出来ればいいのに…

 景色がぼやけてきた。

 そして感情で一杯になった目から溢れ出し下へ落ちた。


 カツーン…


「え?」


「あ?」


「ほえ?」


「おい、まさかそれ⁈」


 一同は直子の目からこぼれ落ちた音が想像したものと違いそれぞれ声を上げた。

 セっちゃんだけがそれが何なのか知っているようだ。

 直子の目から落ちたのは涙だったはず、それが固い音を立てて床に落ちた。

 結晶のような綺麗な物になっていた。


「何これ?」


 涙の雫だったのがキラキラと透明な輝く宝石の様になって落ちたのだった。

 手に取って見ると雫の形をしてまるでプラチナダイヤだ。


「おめぇそれは【乙女の雫】じゃぁねえか?」


「おとめのしずく?」


 何そのもじもじしそうになる名前。


「ああ、神に祝福された女が流す涙が宝石になったやつだよ」


「それを手にした者は何でも願いが叶ったり、叶わなかったりするらしい」


「それじゃさっぱりわからないわよ!」


「ハクちゃんわかる?」


 わからない時のハクちゃん頼みだ。


「鑑定結果を行います」


 【乙女の雫】

  〔神に祝福を受けた純真なまま成人を迎えた女性が流す涙が結晶化した物〕

   結晶となる条件は清らかなまま成人を迎えた乙女がこの世界の絶対神である

   3大神のいずれかの祝福を受け、自身の苦境を思い、他人の苦境を思い

   世界の安寧を思い流した涙のみ結晶となる

  〔雫一つでどのような事も願いが一つ叶うと言われている〕

   ただし涙を流した乙女に認められた純真な魂を持つ者だけが願いが叶う


 なんかすごい事が書いてあるんですけど…

 清らかなまま成人を迎えた乙女ですって。

 そうか、そうなのか…

 しかし、この願いが何でも一つ叶うとは…


「セっちゃんが言った通り、願いが叶ったり叶わなかったりするみたいだね」


 サリーと村長、ヤーソルは揃って首を傾げている。

 セっちゃんはうんうんと頷いてる。


「自身の苦境を思い、他人の苦境を思い、世界の安寧を思い流した涙が結晶になるんだって」


「おおう… うぅ…」


 村長が急に泣き出した。


「直子殿!儂の息子の為にそこまで思って下さるとは…」


「操られていたとはいえ無礼な態度を取り申し訳なかった!」


 顔をぐしゃぐしゃにして頭を下げている村長ボーゲル。

 最初の印象とはまるで違う、これが本当の村長の姿なのだろう。


「こちらこそ、嫌なおやじだとか思ってすみませんでした」


 私も村長に頭を下げる。

 サリーもヤーソルも深々と頭を下げていた。

 セっちゃんのみが一生懸命毛繕いをしていた…


「セっちゃんてさ、雰囲気読めないよね?」


「あ?それほどでもねえさ」


 尻尾をパタパタさせて喜んでいる。


「褒めてるんじゃないわよ!空気読まない痛いやつって言ってんの」


「なんだと!おめぇこそ村長のやろうを嫌なおやじとか言ってたじゃねぇか」


「それとこれは違うでしょ、ねえサリー?」


「え…」


 サリーをどっちもどっちと心の中で思った。


「あの… それで直子殿は落ち着きましたかな?」


 またガラスがを割られてはたらなないと直子の状況を確認する。


「あ、はいすみませんどうもこっち来てから感情が豊かになったみたいで、ほほほ」


 どうやら危険人物と皆に認識されつつあるようだ。


「そうだ、村長さん息子さんは亡くられてからはどちらに?」


 【乙女の雫】の鑑定で気になる事が書いてあった。

 ひょっとしたらだけどいけるかもしれない。


「息子ですか?この家の敷地内にある墓地に埋葬しましたが…?」


「そこへ連れて行って下さいますか?」


「ええ、息子や私のような者にも悲しみを感じ救って下さったお方ですから息子も喜びましょう」

 

「窓は割ったけどな…」


 セっちゃんがここぞとばかりに呟いた。


「うっさいわね、セっちゃんだけに覇気当てましょうか?」


 きゃうん!


 セっちゃんは小さく鳴くと後ろ足をブルブルさせていた。

 仲いいな…

 サリーはそう思った。


「ではご案内しましょう」


 一同は村長に案内され邸宅の裏にある墓地に来た。

 そこには十数の墓石が立っていた。


「ここには我々家族や村を守って亡くなり身寄りもない者が埋葬されています」


「ここは村長さんが?」


「ええ、村の為に命を落とした者達です死んでも一人では寂しかろうと我々の家族として埋葬しています」


 やはりこの村長であればうまく行きそうだ。


「息子さんのお墓はこちらですか?」


 まだ新しい墓石が一つだけあった。


「そうです…」


 墓石に言葉が刻まれていた。


 『我が分身よその身は尊く、その意志を引き継ぎ守りとうさん』


 村長の思いだろうね…

 直子は静かに墓石に手を合わせて目を閉じた。

 他の者も静かに目を閉じた。


「さて、村長さん」


「はい、何でしょう?」


「私を信じて下さいますか?」


「? それはもちろんです、我々親子の為にあれだけ思って下さる方です」


「それじゃあこれを」


 村長に【乙女の雫】を渡す。


「これは先程の… こんな貴重な物受け取る訳にはいきません!」


「村長さん、これには願いを叶えてくれる力があります」


「そしてそれは手にした誰でもと言う訳ではありません」


「この雫が出来たのは自分や他人をこの世界を思う事で出来ました」


 自分で言っててちょっと恥ずかしいけど。


「そしてそれは生み出した者により託されそれを使う者の純真な魂により叶えられます」


「村長さんなら私が言っている事が分かると思います」


「まさか… 息子が生き返るのですか⁈」


「それはわかりませんがやってみる価値はあると思いますよ」


 セっちゃんでは話では願いが叶わない場合もあるらしいからね。

 でも村長さんが本当に私が思っているような人であるならきっと…


「わ、わかりましたやってみます」


 村長は【乙女の雫】を受け取り両手で包み込む。

 息子の墓石の前に祈るように膝をついた。


「この墓地には沢山の村の為に亡くなった者達が眠っている…」


「そんな中、儂の息子だけ生き返らせてくれなど言えた事ではないが…」


「願わくば息子を生き返らせてほしい、そして皆の意思を継いで村を守って行ってほしい」


「息子を殺したのは儂だ、息子が生き返るのであれば儂の命も捧げよう…」


「どうか、どうか息子を!そしてこの村の安寧を!」


 墓地にある全ての墓石から歓喜のような感情を感じた…

 すると墓石全てが白く光り出した。

 村長は目を閉じ必死に祈っていて気が付いていない。

 光が息子の墓石に集まりやがて全ての光が息子の墓石へ集まった。

 するとその光は墓石の上で形を変えて行った。

 光は人の形に変わっていきやがて完全に人となった。

 そして【乙女の雫】は涙に戻り村長の手から流れ落ちた。


「ああ!なんという事だ!こんな奇跡が…」


 現れた人は二十歳前後の青年だった。


「こ、ここは…」


 青年は目の前に突っ伏して泣きじゃぐっている男を見ると駆け寄った。


「お、おやじ! どうしたんだ?」


「お、おお、ホーゲルよ!本当に生き返ったのだな!」


 青年は村長を抱え起こすと村長の顔をよく見て言った。


「おやじ、老けたな…」




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