episode11 サリーお姉ちゃん!

 仕立て屋 エレガント。

 そこでできた服を確認していたらどこからともなく猫が入って来た。

 どこから入ったのだろう?

 どことなく覚えのある雰囲気をしている猫だ。


「おい、おい、俺が夕べからずっと待ってやってんのに何ちちくりあってるんだよ」


 聞き覚えのある深い渋みのある声で猫がしゃべった。


「ね、猫がしゃべったー!」


 エリーさんが驚いて私の後ろに回る。


「ば、化け物でしょうか?」


 冷静に猫をまじまじと見ているサリー、でも私の左腕をがっちりつかんでいる。


「あんた、もしかしてセっちゃん?」


「だれがセっちゃんだ!変なあだ名つけんじゃねえや!」


 あ、やっぱりあの精霊チワワのセっちゃんだ。

 セっちゃんとは直子が勝手につけたあだ名、セチワの略だ。


「やっぱりセっちゃんじゃないのよ、今度はちゃんと猫になったんだ?」


「違えよ、こいつは俺の使いでこいつを通して話してんだよ」


 そうなんだ、犬派なのに使いは何で猫なのよ?


「んな事はいいんだよ、こっちは村長捕まえて待ってるんだからよ。さっさと来やがれ!」


「そっちは終わったんだ?」


「終わってねえよ、おめえらが来ないと始まらねえんだよ」


「もう、ほんと口悪いな~ セっちゃんは」


「いいから、早くこいや!」


 なんかイライラしてるね、なんかあったのかな?


「わかったわ、これからそっちに向かうから待ってて」


「なるべく早く頼むぜ、やることなくて暇なんだよ…」


 暇ってなによ。

 この精霊チワワは高位な精霊のはずなのに小物感が漂う。

 多分天然だろうけど。


「それじゃサリー、村長の所に行こうか」


「わ、わかりました。エリーまた来るからそれまで服を預かっておいてくれる?」


「え~ せっかく直子さんを着せ替えできると思ったのに」


 着せ替えって、やだよ!


「エリーさんごめんね、また後でね」


「しかたがないですね、お待ちしてますよー」


「その猫、怖いので連れてってくださいね」


「はいはい、この猫も一緒に行くから大丈夫よ」


 店を出るとすっかり日が高くなっていた。

 結構な時間経っていたらしい。

 使いの猫が前を歩き誘導する。


「あんたも大変ね、犬が好きな精霊に使われて」


「ニャニャー」


 さっきとは打って変わってかわいらしい猫の声で鳴いた。

 こっちの方が断然かわいい声だ。

 言ってる事はわからないけど。

 

「なんか言ったかよ?」


 前を歩く猫が急に振り返り、ドスの聞いた声で喋った。


「セっちゃん犬が好きなのになんで犬に使いを頼まないのよ?」


「俺は自分が犬になるのが好きなだけで他の犬が好きなわけじゃねえ」


 自分の犬の姿に見惚れる犬シストなのか?


「それより村長はどうなったの?」


「ああ、それなんだがな。村長のやろー他のやつから監視されてるらしくてな」


 あの村長が?

 素行が悪くて監視されてるならわかるけど…


「それで家のあちこちに監視魔法がかけてあってな、まともに話もできないんだよ」


 監視魔法なんてあるんだね。


「おめえ…その盾なら何とかできると思ってな、おめえが来るのを待ってたんだよ」


 なるほど、確かにハクちゃんならなんとかしそうだけど…


「あんた高位の精霊でしょ?それくらいなんとかできないの?」


「う、うるせえな!監視魔法なんて陰気なものに関わりたくねえんだよ!」


 できないんだね… ますます残念精霊になっていく。


「あ、おまえ今失礼な事を考えただろう!」


 感は無駄に鋭いらしい。


「ハクちゃんどうにか出来そう?」


(実際に行ってみないとわかりませんが問題無いと思います)


 ハクちゃんと話す私を不思議そうな顔で見つめるサリー。


「直子さん、ハクちゃんってその盾の事ですよね?盾とお話しができるんですか⁉︎」


 ああ、そうかハクちゃんの声は私にだけ聞こえるんだっけ。


「そうなの、ハクちゃんの声は私にしか聞けえないけどね」


「ほえ〜」


 ほえ〜 ってよっぽど驚いたのかお嬢様とは思えない驚き方をしてる。


「あれですかね? 頂いた私の盾と私も話せますかね?」


「どうだろうね?ハクちゃんどう?」


(サリーの【純愛の加護】は私や【静寂の剣盾けんじゅん】のようにまだ能力を発現していないので難しいと思われます。ただ先日の鎧化をした事で自我が発現しているのでサリーの話しに反応はできるはずです)


 ハクちゃんが召喚するのは実在する物ではなく思念体の様な想いを具現化してるのかな。

 前世でそんな能力を持ったアニメがあったな…

 ん?ちょっと待って?

 【静寂の剣盾】ってもしかしてケンちゃんの事?


(そうです、ステータスを表示しますか?)


 そういえばケンちゃんの本当の名前も知らなかった。

 ごめんケンちゃん、ステータスは後でじっくり見せてもらうからね。


(ステータスは後でゆっくり見せてもらうわ)


(了解しました)


「なんかね、サリーの盾はまだ成長中で話すのは難しいみたい」


「そうなんですか⁉︎ それじゃあ成長すれば直子さんとハクちゃんみたいに話せますかね?」


 目をキラキラさせて聞くサリー。


「話せるかはわからないけど昨日サリーを守った事で自我が芽生えたみたいよ、サリーの話しに反応はできるかもってさ」


「そ、そうなんですか⁈」


 凄い嬉しそうだな。

 早速サリーは盾を取り出し話し始めた。


「もしもし? こちらサリー、聴こえてますか?」


 サリーが手に持つ盾に反応はない。


「おーい、聞いてますかー」


 私にはサリーが持つ盾が何かしら反応しているのが感じられる。

 気配?というかこれが魔力なのだろうか。

 それがサリーが話す度にザワザワしてるのだ。


「そうだ、その盾に名前を付けてあげたらどう?」


 名前をつける事で能力アップするのは異世界ファンタジーでは常識だしね!


「名前ですか良いですね、どんなのがいいかな〜」


 盾から期待する波動が感じられる。

 本当に名前を付ける事で成長しそうだ。


「薄い赤、ピンク色だから…」


「ピンクちゃん!とか」


 盾から期待の波動が消え去り驚きと落胆の気配に変わった。


「サリー、それは無いわ〜」


「せめてピーちゃんとか」


 盾からの気配が落胆からほのかに憎しみの炎のような気配になった。

 直子は自分にネーミングセンスが無いとは微塵も思っていなかった。


「うーん、そうですね… ピンク色の小さな花を咲かせる綺麗な花があるんですがその名をとってカーシャとか良いかもしれませんね」


 盾からの邪気が消え、神々しいまでの気配を感じる。

 どうやら気に入ったらしい。


「それいいかもね、盾も喜んでるみたい」


「直子さんこの子の感情がわかるんですか?」


「うん、何となくそういう気配が出てる」


 これだけハッキリと感じるのだから気のせいではないだろう。


「羨ましいです、私もこの子の思いを感じてみたい」


「サリーが名前を付けてあげれば感じる事ができるかもよ」


 パァーと明るい顔になるサリー。


「わかりました、この子の名前は今から カーシャ です!」


(【純愛の加護】の承認を得ました、【純愛の加護】が進化します)


 サリーの手の上で小さな盾がプルプル震えている。


 プルプル… ポン!


 盾はポン!と小さな煙を上げて一回り大きくなった。

 模様の桜色の花も少し大きくなり桃色の小さな羽模様が盾の両サイドに生えていた。


 【純愛の小華ちっか

  〔サリーシャを守護する盾〕

  〔攻撃を反射する不可視のシールド〕

  ただし効果は中程度

  〔シールドの防御を上回る攻撃を受けると全身を包む鎧に変化する〕

  その鎧の防御力はシールド状態より3倍の防御効果を得る

  攻撃反射は無くなる

  〔自我を持ち他者と会話が可能〕


「わぁ~ さらに可愛くなりましたね!」


 サリーは興奮気味に盾を持ち上げる。

 なんかすごく能力も変化してるんだけど?

 サリー専用になってるし…

 お、他者と会話ができるだって!

 やったね。


「あ… あたちカーシャ!」


 子供のような可愛い声で盾がしゃべった。


「しゃ、しゃべった!」


 驚きのあまり、盾を落としそうになっているサリー。

 私も驚いた、ハクちゃんでさえ声は私にしか聞こえないのにサリーの盾は私にも聞こえている。


「これって、サリーと私だけが聞こえるのかな?」


(いえ、普通に声として誰でも聞こえるように発声しています)


「誰でも聞こえるって!すごいね」


「そ、そうなんですか⁈ カーシャすごい!」


 でもなんで子供っぽいのだろう、まだ成長段階だからかしら?


(それもありますがサリーの想いに反応したものと思われます)


 つまり可愛い盾とお話がしたいと想ったと…

 サリーは可愛いのが好きなのね。


「これでカーシャと沢山話せますね」


「カーシャもサリーお姉ちゃんといっぱいしゃべる~」


 小さい桃色の可愛い盾がプルプルしながらしゃべってる。

 可愛いのう。


「おーい、そろそろいいだろう!」


 今まで黙っていたセっちゃんが我慢できなくなったようだ。


「早く来てくれよ~」


 こっちは野太い声で可愛くないな…

 猫は可愛いけど。


「また失礼な事考えやがったな?」


 悪口は察知できるのか?


「カーシャ、残念精霊の言葉使いは真似したらだめよ~」


「そうそう、カーシャはいい子だから真似したらだめですよ~」


 サリーもすっかりカーシャが気にいったらしい。


「誰が残念精霊だ!」


「ささ、行きましょ!」


 誤魔化すように村長宅へ向かう。


「カーシャ、サリーお姉ちゃんといつでも一緒~」


 そういうとカーシャはサリーの手からスルリと脱げだしてサリーの左腕にピタっと張り付いた。

 桃色で花と羽の意匠がサリーの可愛さとマッチしてまるでコスプレ少女だ。


「サリーそれ可愛いね」


「そーですね!これならカーシャといつでも話せますね」


「ハクちゃんも同じ感じに腕に来ない?」


(可能です、また【純愛の小華】の能力を解析し私も他者との会話が可能になりました)


「え、ハクちゃんも他の人と話せるようになったの?」


「はい、そうです」


 はっきりと発声した声がした。


「これがハクちゃんさんなんですね」


「ハクおじちゃん!」


「カーシャ、私の事はハク様と呼びなさい」


 威厳のある声でカーシャに言い放つ。


「ピィ!」


 変な声を上げてカーシャが震えた。


「ちょ、ハクちゃん。カーシャをいじめちゃダメでしょ!」


「いえ、これは私の眷属ですので眷属としてのけじめを教えておかないと後に困るのはカーシャです」


 そうか、可愛くてもカーシャはハクちゃんの眷属でそこはちゃんとしないといけないのね…

 おじちゃんと言われたからではないよね?


「今後のカーシャの事を考えての事なら仕方がないね。ほら、カーシャもちゃんと言ってごらん」


 カーシャの震えが止まった。

 しばらくの沈黙が続き…


「は、ハクたま…」


 たま… まだちゃんと言えないのかしらね。


「カーシャ、良く言えたねー!」


 サリーが褒めちぎっている。


「いや、言えてねぇだろ?」


 前を歩いていた使い猫が絶妙のタイミングでツッコミを入れて来た。


「残念精霊さんよりは全然いいじゃないですか」


 サリーは完全に保護者モードだ…


「カーシャよ今はそれで良い、ちゃんと言える様にするのだぞ」


 さっきと違い優しい声でカーシャを認めた。


「さすがハクちゃんだね、カーシャも頑張ったね」


「うん、あたちがんばる~」


 一同、カーシャにほんわかしてファミリー的な空気になっていた。

 その少し離れた所でファミリー空間に入ってこれない残念精霊セッちゃんは寂しそうに呟いた。


「だからよ… 早く村長の家に来いや…」

 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 【カーシャリーザ】

  神淵の森周辺に咲く花。

  森の中では咲かず森の外に在るものだけが花咲く。

  細い茎に小さな花が1輪、それが一株から必ず7つだけ花を咲かせる。

  花の色は薄い赤色で春の終わりに一斉に花を舞い散らせる。

  カルムン村では村のあちこちに自生している。

  🌸 花言葉 〔幼き賢者〕

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