episode10 ボーゲルの憂鬱

 直子達が仕立て屋でバタバタしている頃、カルムン村の村長ボーゲルは自室の机に座り頭を抱えていた。


「私は… どうしたらいいのだ…」


 ボーゲルの目の前にはソファーの上に仰向けに寝そべっているチワワが居た。

 寝ているように見えるが常に威圧感がありボーゲルは動けないでいた。


 これまでなんとかやって来たのにあいつらのせいで。このままではあの子と村が…


 昨夜…


 ワーワー


 何ら外が騒がしい。

 ボーゲルは自室の窓から外を確認した。

 どうやら外からの侵入者らしく敷地の内側を向いているこの窓からは様子は確認できない。


 バタバタ、ドンドン!


 慌てた様子でボーゲルの部屋に入る扉が叩かれる。


「ボーゲル様、侵入者です!」


「わかっている、それくらいやつらで何とかするだろう⁈」


「そ、それが霊獣が現れまして!」


「霊獣⁉︎ 中に入り詳しく話せ!」


「失礼します」


 ガチャ


 ボーゲルの側近で長らくボーゲルに仕えて来た男、ヤーソルが扉を開け中に入って来た。


「それで?霊獣とはどう言う事だ?」


「はい、突然正面玄関から白く光る豹のような霊獣が現れましてボーゲル様を出せと要求してきました」


「白い豹だと…、本当に霊獣なのか?」


「あのように言葉を交わし神々しいまでの光を放つ獣はおりません、霊獣で間違いないかと」


 なぜ霊獣などがここに…

 思い当たるとすれば連中が森の獣を魔獣化させてあの者を襲わせると聞いたが…

 関わった連中もまだ帰って来ていないのに霊獣が来たと言う事は連中は失敗したようだな。


「それで今はどうしてる?」


「連中が霊獣を追い払おうと応戦している所です」


「追い払えるのか?」


 側近ヤーソルは焦った様子で答える。


「あの霊獣は連中の攻撃を全く通さず連中も追い払うのは無理でしょう」


「そうだろうな… 」


 何やら考え込むボーゲル。


「よし、私が行こう」


「危険ですボーゲル様!」


「話しはできるのだろう?ならば話すまでよ」


 ボーゲルは自室を出る。

 側近ヤーソルもその後を追っていった。

 正面玄関から出ると門に少し入った所にその霊獣が堂々と立っていた。

 周りには攻撃を仕掛けて返り討ちにあったのか連中が倒れている。


「てめぇが村長か?」


 渋い深みのある声で霊獣は訪ねた。

 

「そうだ、私が村長のボーゲルだ」


 霊獣はこちらを睨んでいる。

 大きい… 以前見た魔獣に比べても倍以上の大きさだ。

 全身が白く光っておりしなやかで全身無駄のない鋼のような体をしている。

 長い尻尾は2本ありそれぞれが優雅に動いていた。


「そうか、てめぇが森を荒らしやがったのか?」


 やはり先日の魔獣の件で来たか…

 あの森には神が住んでいると言われる。

 その神は森の獣達の長とか…

 森の獣を害され神罰を下しに来たか。


「直接ではないが私も関わっている事は確かだ」


 霊獣は大きな頭を傾げる。


「なんだと?てめえが指示して…」


 霊獣は何か気づいたように話すのを辞めて村長を見ている。


 なんだ? 急に黙って…

 私を見定めているのか?

 だとすればあるいは…


「お前、悪人じゃねえな…」


「魂の色が悪人のそれじゃぁねえ」


 この霊獣が何を言っているのかわからないでもないが…

 私は確かに村の者を苦しめて来た。

 それを悪人ではないなど…


「参ったな、こりゃあ。てめえを懲らしめればとりあえずは解決すると思ったのによ〜」


「ちくしょう、あいつらが来るのを待つか…」


 あいつら?


「おい! てめぇの部屋に案内しろ。あいつらが来るまでそこで待たせてもらうぜ」


 あいつらを待つ?

 言ってる事はさっぱり解らないが協力した方が良さそうだな。

 しかし… その大きさでは部屋になど入らないだろう?


「霊獣殿、部屋へ案内するのはいいのだがその大きさでは入りきれないが?」


「ん?ああ、そうだな。ちょっと待ってろ」


「それと俺は霊獣じゃねえ、精霊だからな」


 精霊だと?

 普通人は精霊を見る事はできないはず、それなのにこのようにはっきりと…


 精霊が何やらぶつぶつとつぶやいたと思った瞬間に今まで白く輝いていた体が光と共に小さくなっていく。

 段々と小さくなり光も完全に消えてそこにはチワワがちょこんと座って居る。


 なんとさすが精霊、このように姿を変えられるとは余程高位の精霊に違いない。

 しかし…


「どうだ、これでどこでも入れるだろう?」


「確かにそれであれば小さい部屋にも入れるでしょうな…」


 なぜ犬なのだ?

 先程まで大きな猫の姿をしていたと言うのに…

 それに犬よりは猫の方が自由に動けそうだが。


「お前、今余計な事を考えただろう?」


「い、いえ!とんでもございません。よくお似合いですよ」


「ささ、こちらです」


 村長と側近、そして1匹はボーゲルの部屋に向かった。

 途中村長は側近のヤーソルに外で倒れている連中を拘束し地下の牢屋へ連れて行くよう命令した。

 また勝手に動かれてはいつ精霊の機嫌を損なうかわかったものではない。

 ボーゲルの部屋へ着きボーゲルがドアを開ける。


「おーこれが村長様の部屋か、良さそうなもんが揃ってるじゃねえか」


 そう言うと精霊チワワは部屋一通り走り回り一番高そうなソファーに飛び乗り仰向けにになり身体を擦り付けている。


 なんなのだこの精霊は、まるで本当に犬じゃないか。

 しかし警戒心もまるで無い人なつこい犬に見えるのにスキは無い…

 下手に近づけば噛みつかれそうだ。

 既にソファーは毛だらけになっている…


「それで精霊殿、こんな所へ来てどうされますかな?」


 精霊チワワは仰向けにゴロゴロしながら答える。


「おめぇなんか事情があんだろう?おそらくだが人同士の諍いだろうがな」


 智いな、さすが森を統べる精霊。


「精霊様にはご迷惑をお掛けしました、しかしながら今ここで話す訳にはいかないのです」


「は、そうだろうな… 家中こんな感じか?」


 やはり気がついているか、監視魔法が施されている事を…


「そうですね、お陰でじっくりお話しする事も叶わないのですよ」


「おめぇも苦労してんな〜 まああれだ、明日まで待てや。話しが出来るやつが来るからよぉ」


 この状況をどうにかできるやつがいるのか?


「こんな状態なら外の方がよかったな」


 外も同じようなものだ…

 しかしこのままではまずいな。

 何とかしないとあの子や村に手が掛かってしまう。


「まあなんだ、どうしようもねえんだ俺はこのまま休ませてもらうぜ。おめぇも休んどいた方がいいぞ」


 この状況ではゆっくり休んでもいられない。


「精霊殿を前にしてはなかなか休めませんな」


「俺なんぞにか?まあ好きにすればいいさ」


 私は… どうしたらいいのだ…


 ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇


 仕立て屋 エレガント


「直子さん、お待ちしてましたよ〜」


 店の中に入りできた服を見せてもらっていた。


「ささ、心の準備はいいですか?」


「こちらがお忍び騎士の直子様専用のバトルスーツです!」


 おい⁉︎

 普段着って言ったよね?

 何でバトルスーツなのよ!


 店長エリーは掛けられていた布を勢いよく取り除いた。

 そこには白を基調にしたハーフミニのドレス?のようなスーツのような服があった。

 シルエットは今着ている前世のスーツに近い、スソが少し広がっておりそれがドレスのように見せている。

 左側全体には羽の様な模様があり左へ舞い上がるように付いている。

 左腕は薄い長袖、右腕は布を巻いたような袖になっていた。


「綺麗!さすがエリーだね、直子さんにピッタリじゃない!」


 こんなん普段着として着れるかー!

 もしかしてこちらの騎士は普段からこんなのを着てるのか?

 確かに目を見張る程綺麗な服だけど…


「直子さんのそのスーツとやらを参考に戦闘でも動きやすいようにアレンジしてみました!」


 興奮してフンスフンスと鼻息が荒いエリー。


「表面は希少なエンジェルホワイトスネークの皮を使い、見た目は勿論防御もバッチリです」


 え、これ蛇の皮なの?


「羽模様に見えるのは天使の羽のような模様の鱗を持つエンジェルホワイトスネークの皮でそれを利用したデザインなんですよ」


「へーそんな蛇がいるんだね、生きてるの見てみたい気がする」


「小さいのなら森で見かけますけど大きいのになると太さだけでもこの家より大きいらしいですよ、凶暴な魔獣も一飲みです」


 名前に反してワイルドな蛇のようだ。


「我が家に代々保管してあったのを使わせてもらいました」


「それって大事なものじゃ?」


 家宝とか言わないでよ?


「どんな大事な物でも材料ですからね使ってあげないともったいないですよ、それにぜひこれは直子さんに使ってもらいたいです!」


 そんな風に言われると断りずらい…


(主、この服は主の鎧と相性が良いです。ぜひ使用するのをお勧めします)


 ハクちゃんのお墨付きか…


(私の無限収納を利用すれば一瞬で装備が可能です)


(おーそうなんだ…それなら普段はしまっておいて必要な時にパッと着れるね)


「エリーさん、この服を頂くわ」


「ありがとうございます!!」


 凄い喜びようだ、抱きついて来そう。


「たけど、この服だけだと普段困るからもう少し軽装な服はないかしら?」


「ふっふっふ、そう言われると思ってこちらを用意してあります!」


 エリーさんはもう一つ布を被せてあったトルソーを指指す。

 さっきのは普段着に向かないとエリーさんも思ってたのね…

 エリーさんが布を取る。


「これなら街にも着ていけますよ!」


 上はワンピースの感じだがスカートが腰の少し下までしか無くその下は細身のパンツになっている。

 これにも胸の所に両側に広げた天使の羽のような意匠が施されている。

 したのパンツにも外側に羽が舞っているかのような模様のついた意匠だ。

 上は白でパンツは深いブラウンになっている。

 羽模様だけ白い。

 よくこんな染め方できるわね。


「確かにこれなら普段着として使えそうだね」


 サリーもまじまじと見ている。


「エリーがこんな素敵なの作れるなんてね〜」


「どう言う意味よ!」


 ぷんぷんと怒って服を触るサリーの手を払っている。

 仲がいいなこの二人。


「冗談よ、それよりこれもエンジェルホワイトスネークなの?」


「そう、同じだけどより薄く柔らかい部分を使用してるから楽に着れるし胸の部分は大きな鱗をそのまま使用してみたのよ。可愛いでしょ!」


 確かに可愛い…

 これがあるなら最初に出しなさいよ。

 まあ、あっちのドレスの方が押しなんだろうね。


「ありがとうこっちも頂くわ」


「ありがとうございます!」


 本当に嬉しそうだ。

 職人だね。


「これだけの物、約束した金額じゃ足りないでしょ?」


 まともに買ったらとんでもない金額になりそうな気がする。


「家宝の素材といってもずっと使ってなかったですからね、使ってこその素材ですよ」


 そこまで言われると仕方がないわね、ありがたく頂きましょう。


「わかったわ、大切に着させてもらうわね」


「はい! 痛んでも持ってきて頂ければ直しますからね」


「ええ、その時はぜひ」


 あとは…


「ええーと、後は…」


 何の事だろうと目をクリクリさせてるエリーさん。

 しばらく考えて私の胸を見て思い出したようだ。


「あ、下着ですね~ 忘れるところでした」


 奥に行き、直ぐにもどってきた。


「こちらです」


 見せてくれた下着は本当に前世に使用していた形態に似ている。

 ここまで似てるなんて、しかもレースとか刺繍もすばらしい。

 ん?

 ここにも天使の羽模様があるがまさか…


「えりーさん、この羽の模様ってまさか?」


「あ、これは皮じゃないないですよ~特殊な染め粉で私が描いたんです」


「手書きなの? すごい綺麗だけど」


 ブラのカップ部に広がる羽模様、パンティにも可愛く羽が描かれている。


「がんばりました!」


「エリーは絵もうまいもんね~」


「この下着私もほしいな~」


 サリーはじっくりとパンティを見ている。


「気が向いたらね」


「いいじゃない、1枚くらい作ってよ~」


 二人でじゃれ合っている。

 ほほえましいのう…


「さて、直子さん」


 急にエリーさんがこちらを向く。


「肌に直接付ける物ですからしっかりと着けた感じを確認しなければいけませんね」


 ええ~、この娘危険なんだよね。


「さあ、さあ、脱いでください! それとも脱がしてあげましょうか?」


「いやいや、自分でできるってば」


 しばらくエリーさんともみ合っていると部屋の中で猫の鳴く声がした。


「ニャー」


 妙に深みのある渋い鳴き声だ。


「あれ、猫飼ってたの?エリーさん」


 エリーさんは大きく首を振る。


「いえいえ、猫なんて飼う余裕ないですから!」


 するとこの猫はどこから入って来たんだろう?

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