episode3 やらかした?

 役所の中にある食事場でお勧めのマンドラきのこの煮込み鍋が出て来るのを待っている。

 他のテーブルを見ると色々な鍋を食べていた。

 どの鍋にもきのこが沢山入っていてさすが特産ね。


「お待たせしました、こちらがマンドラきのこの煮込み鍋になります」


「良い匂いですね…! ってサリーシャさん…こ、これは?」


 鍋の中にまるで風呂に浸かってくつろいでいるかの様な大きめのきのこが2個あった。

 汁に浸かっている部分は動いてないが上の浸かっていない上部分は腕みたいなのがありこっちに気がついたのか腕を振り挨拶しているようだ…


「う、動いてるんだけど?」


「マンドラきのこですからね動きますよ」


 ええ、聞いてないわよ!

 これをどう食べろと⁈


「マンドラきのこは汁に浸かって無い所は動くんですよ、でもこうやって全てを汁に沈めると…」


 元気に動いていた上半身がしばらく悶えて動かなくなった。


「ね♡」


 ね、って変な演出はいいから最初から沈めて持って来て欲しかった…


「この悶えるのがいいんですよね〜」


 おーい…


 二つの動くきのこは完全に沈められ静寂が訪れた。


「さ、どうぞ」


 食えるかぁー


「味は保証しますよ」


 グゥー


 お腹が鳴ってしまった。ぬぬ… 背に腹はかえられぬ。

 まずは、マンドラきのこ以外を…


 モグモグ


「うっま〜い!」


 青野菜、じゃがいも、にんじんに似た野菜。何の肉かわからないがよく煮込まれていて柔らかく味が染みている。

 また、それらとは違う良い香りが漂いそれが具材の味を引き上げている。この香りは…


「ささ、メインのマンドラもどうぞ」


 しゅぱ!


 鮮やかなナイフ捌きでサリーシャさんが動かなくなって仰向けに汁に漂っているマンドラきのこの体を何個かに切り分けた。

 その中の頭、お腹、足の部分をそれぞれ皿に盛り付けて溢れんばかりの笑顔で渡してくれた。


「召し上がれ♡」


 クッ… なんて笑顔を… 食べない訳にはいかないじゃないのよ。


 恐る恐る足の部分を頂いて見た。


「え、何これすっごいおいしいー」


 エリンギのようなしっかりした歯応え。でも硬くなくむしろ柔らかい。

 染みた汁にきのこ自体の香りが相まってさっきまで鍋の中で悶えていた物体とは思えない貴賓に満ちた味がした。


「ね、美味しいでしょ?」


「ええ、信じられないほど美味しいわ!」


「私もこの村に来て初めてこの鍋を出された時は同じでしたよ…」


「今では悶えるきのこを見るだけでお腹が空いてしまいます」


 そんな可憐な笑顔で危ない事は言わないように!


「サリーシャさんは、モゴモゴ、この村に来てどれくらいなんですか?モグモグ」


 聞きながらも食べるのが止まらない。


「2年目になりますね、のどかな村で気に入ってます、凶暴な魔獣が多いのは怖いですが…」


 モグモグ…

 凶暴な魔獣⁉︎


「ワイルドレッドボアとか モグ ですか」


「それもかなり危険なんですがもっと危ない魔獣がいるんですよ」


「キメラと言って金色の立髪を生やした顔と真っ黒い狼のような顔を持ち尻尾は大蛇という異形の魔物がいるのです」


 ゴホッ!ゴホッ!


「ど、どうしたんですが?きのこが喉に詰まりましたか?」


「い、いえ、大丈夫、ちょっとむせただけだから」


 確かにキメラは居た、そして倒してしまってる…


「そんなに危険な魔獣なんですか?」


「はい、あまりに危険で王都の騎士団も来たのですが討伐する事は出来ず森の奥に追いやるくらいしか出来なかったと聞いています」


「他の魔獣や獣も恐れて森から村に逃げて来る事もありますね、その度に総出で討伐するのですが毎回犠牲者出て…」


 他の魔獣や獣も恐れるほどの魔獣だったのか…

 キメラ…

 ハクちゃんのカウンターで一発だったので危なそうとしか思ってなかった。

 モグモグ… ごくん。

 話をしながら鍋を一気に食べてしまった。

 でもこの鍋ヘルシーだからカロリーは気にする事ないし何より美味しい!

 ってそんな事を考えている場合じゃなかった。


「あの…」


「なんでしょう?」


「ちょっとお耳を貸してもらえますか?」


 サリーシャさんに手招きをする。


「?」

 

 疑問に思いながらもサリーシャさんは近づいて耳を向けて来た。耳元に口を近づける…

 フワッとサリーシャさんから良い香りが漂う。

 良い香りをさせおって!良く見ると肌もピチピチではないか!これだから若い子は…

 変な気分になるじゃない。

 … そんな趣味はないけどね。じゃなくて!


「実はそのキメラにも遭遇しまして…」


「‼︎ あれに会ったんですか⁉︎」


「ええ、それで襲われまして…」


「ええ! 大丈夫だったんですか⁉︎」


「はい、運良く倒す事が出来まして…」


「はい?」


「なんですか良く聞こえなかったんですが…」


「いえ、だから運良く倒しまして…」


 ………


「お一人で?」


「ええ、まあ…」


「ええーーー!」


「ちょ、ちょっと声が大きい!」


 慌ててサリーシャさんの口を塞ぐ。

 な、なんだこの吸い付く様な肌と柔らかい唇は!けしからん、けしからんぞー!だから、そんな場合じゃないって。


「落ち着いて」


 サリーシャさんはコクコクと頷いている。

 他の客も一瞬こちらを見たがその後何事も無かった様に食事を再開している。


「本当に倒されたのですか?」


「素材もありますが見ますか?」


「‼︎ こ、ここでは騒ぎになるので明日別の場所でお願いできますか?」


「わかりました、では明日よろしくお願いしますね」


 サリーシャさんはフラフラしながら持ち場に戻って行った。

 さて、鍋も美味しかったし宿を探してゆっくり休もう。

 役所を出てサリーシャさんに教えてもらった宿に向かった。

 宿に入るとカウンターに誰も居ない。


「すみませんー」


「誰〜 謝ってるのは?」


 奥から女性の声がした。

 考えてみれば人を呼ぶ時にすみませんと叫ぶのはこっちでは通じないよね。

 奥から気の強そうな細身の女性が出てきた。


「あんた、なんかやらかしたのかい?」


「いえ、私の故郷では人を呼ぶ挨拶だったので」


「変わった挨拶だね、何もしてないのに謝るなんて」


「うちの亭主はよくやらかして謝ってるけどね」


 歳は40歳を超えてるだろうか声ががでかく豪快な人みたいね。

 よく謝ってるって旦那さんなにやらかしてるんだか…


「それで?」


「ああ、宿に泊まりたくて空いてますか」


「あんたがお忍びで来ているという騎士様かい?」


 え?


「それをどこで?」


「さっきサリーちゃんが興奮した様子でやって来てなんでもお忍びで旅をしている騎士様が来るからよろしくと言って行ったんだよ」


 おーい、サリーシャさん、なにやってんの⁉︎


「いえいえ、私は全然そんな者ではないですから」


「でもあんたがサリーちゃんが言っていた旅人だろう?」


「そうですね、多分そうです…」


「なんだ、ハッキリしないね、まあお忍びってんだから警戒するのもわかるけどね」


 いやー、声めっちゃデカいわーこの人。


「部屋は用意してあるからどれくらい泊まるんだい?」


「とりあえず10日間くらいお願いできますか?」


「10日間ね、前金で銀貨5枚になるけどいいかい?」


 あれ、聞いてたのより少し安い。


「サリーシャちゃんの紹介だからね、少し安くしとくよ!」


 わー、サリーシャさん良い娘!


「はいそれでお願いします」


「部屋は2階の一番奥だから、出かける時は鍵は預けておくれ」


「朝食と夕食が出るからそっちの部屋で食べるんだよ」


 豪快な女性はフロントの横にある開けた部屋を指差している。


「わかりました、ありがとう」


 鍵を受け取り部屋に向かった。

 部屋に入ると結構広く、ベッドも大きい。備え付けのテーブルとソファーまであって快適そうだ。


「異世界の村宿なんて殺風景な狭い部屋を考えていたからこれなら快適そうね」


「ただ… お風呂は無さそう…」


「審ちゃんこの世界のお風呂事情はどうなの?」


 ヴゥンッ


  【お風呂】

   この世界、シャインメグードでは

   一般的にはお風呂に入るという

   概念は無く濡れ布などで拭くのが

   普通。

   上流階級や裕福な者は自宅に風呂を

   所持している。

   大きな街には大衆浴場がある。

   一部では自然に沸いた湯に入る時も

   ある。


「テンプレ的な異世界ね…」


「でも大衆浴場はあるんだ、自然に沸いた湯は温泉かしらね」


 温泉いいよね…  向こうの世界でも良く行ってたなー。


 コンコン


 誰かが部屋のドアをノックしている。


「はい!」


 ドアをゆっくり開けるとさっきの女性が湯気の立った桶を持って立っている。


「お湯と布を持って来たよ、これで身体を拭いておくれ」


 お風呂の代わりなのね。


「ありがとうございます」


「夕食までは時間があるからゆっくりするといいよ」


「あ、この村に服を買える所はありますか?」


「服かい? 村のはずれに仕立て屋があるよ」


「騎士様が着る様な服が出来るかは分からないがね、腕は確かだから行ってみるといい」


「はい、この後行ってみますね」


 お湯を貰い部屋に戻った。


「うーん、身体を拭くだけかー」


「替えの服も無いしなー」


 しかし、ほぼ一日中森をさまよった割には服とか体とかあまり汚れて無いなのよね…


 ヴゥンッ


  【オートクリーン】

   純白の盾からの要請により主自身と

   主の身に付けている物全ておいて

   自動的に清らかな状態になる


「え、何それ?もしかして常に綺麗な状態なの?」


 ヴゥンッ


   純白の盾が持つ仕様

   清らかな者だけが身につけられる

   その能力に付随する効果


「え、清らかって服とかにも当てはめられるのね」


「道理で髪もサラサラのままだわ」


 髪に指を通してサラサラ感を確かめてみた。

 まるで美容店で髪ケアをしてもらった直後のような滑らかさだ。


「凄いねハクちゃん!ありがとう」


 背負っている純白の盾がブルブルと震えた。盾はどうやら意思を持っているようだ。

 知らない間に能力追加してるしね。


「でも、凄いありがたいけどやっぱりお風呂に入ってさっぱり! はしたいよね〜」


「大きな街行けば大衆浴場があるかもだしそれまではハクちゃんにお願いしましょう」


 ブル、ブル


 任せろ!と言うかの様に盾が震えた。


「それじゃあ、服屋さんに行ってみようかな」


 部屋の鍵を預け村の外れに向かった。

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