第47話 “彼”の正体(ネージュ視点)

「は―――?えっ…あなた鬼人オーガじゃない?」


外見見た目の印象以上に厳つさが伺えるその男性が、鬼人族オーガではない事にネージュは耳を疑いました。 しかしネージュがいくら疑おうがその男性は鬼人族オーガではない―――何故なら彼こそは…


「あっ、トキサダーそう言えば魔王様が話したい事があるって言ってたよ。」

「そうでござったか、相判ったすぐに参るとしよう。」


「あ…あのぉーーーい、今なんかとんでもなくお偉い方の名が出てきましたよね?『魔王様』って、この世界で一番お偉い方がこの男性と直接会って話しがしたい~?わ、私は悪い夢でも見てるんでしょうか…」

「あ、ああーーーそう言えばネージュは知らなかったんだっけか…ゴメン、うっかり口を滑らせちゃった。」(テヘ☆)


「(リルフィ様の今のって、絶対ですよねぇ~。)」 「(ああ見えて実は結構イタズラ好きな処があるからしての~う。)」 「(ちょ、ちょっと最近親しくなった友達にイタズラをしてるリルフィ…イイゾ―――全く以て私の大好物だぁあ!)」 「(お前…その発作止めんと不審者として逮捕つかまえられるぞ…。)」


真の主君リルフィーヤ”がこの男性に向かって放った一言―――『魔王様が話したい事がある』…『魔王』とはこの世界に生を受けた者ならば誰もが知っている、この世界の王にして統治者、それはスゥイルヴァンの王族と比べるべくもないのです。 そうしたこの世界で一番権威のある方が、この男性に何用が―――?(しかも仲間内にはこのリルフィーヤの一連の動作には思っていたところがあったようで)

するとこの後信じられない一言がリルフィーヤの口から…


「あ、そぉ~だ~うっかり口滑らせちゃったお詫びに、ネージュも紹介してあげるよ、魔王様に―――」

「へっ?あ、あの…ああ、いいですいいです―――」(断ってます)

「あ、そうなんだあ~んだねえ~?」(“了承OK”と受け止めてます)

「えっ…あの、いや―――そっちの『いい』じゃなくてですね?」


「(『断る時』は、と言わなくちゃ―――ですよねえ…。)」 「(ウム、さもないとでのう。)」 「(ふふふっ…敢えて解釈を逆手に取る、イイゾォ~実にイイ!それでこそ私の妹だあ~!)」 「(警備員殿、ここにヘンタイがいまーーーす。)」


なんとも?その魔王に自分を紹介すると言う―――しかしネージュは判っていました、自分の様な一般市民が魔界せかいの王に接見などと?だからこそ『いいです』(断り)と言ったのでしたが、仲間達を見ての様にこれはリルフィーヤの悪企みだったみたいで…


「(え……えええ~~~なんだかあれよあれよと言う間に、私何だかとんでもない事になっちゃってません?ま…まあーーー“真の主君”であるリルフィーヤが言うのですから間違いはないのですが…せめて心の準備だけでも叶わなかったものですかねえ~?)」


「そう気にする事ではござらんよ。」

「あ、はあ…しかしあなたも災難ですね、この世界の王である魔王様ご指名で会いたいとされたのですから。」

「ああ、拙者も当初はその様に思っていたよ、しかしなあ…あの御仁、拙者達の抱いておったイメージと随分―――」

「トキサダ、その辺にしておきなよ~?あんましお喋りが過ぎると面白くなくなるじゃないの。」

「ははっ―――そうでござったな。 まあ…拙者から言わせてもらうとするなら、あまりかたく考えられるな。」


自分の思案顔を覚られてしまったか、鬼人オーガではなくなった例の男性からアドバイスが…確かにこの魔界の王にして統治者に会うのは驚かされはしたけれども、実際会って見たら自分達が勝手にイメージしていたとは違う…魔王と言うよりは寧ろ―――と、言いかけた処でリルフィーヤからさえぎる声が、どうやらささやき合っていた仲間達が言っていたように自分の“真の主君”様は何か企んでいるご様子のようだ…

そして、魔王城玉座の間に来た―――ものの?


「あーやっぱいないねえ。」 「はは、ああ見えてお忙しい御仁ですからな。」

「ちっちっち、判ってないなあートキサダ君。 この魔界での政務処理はほぼ9割方スゥイルヴァンうちで請け負っているのだよ。 ただ―――その処理の確認を、魔王様がやって布令として出す…まあそれも大仕事には変わりはないんだけどねえ。」

「あのーーー魔王様の職務は判ったのですが…だったらあの方普段は何をやってらっしゃるんですか。」

「ふっふーーーん、気になるかねネージュ君。 ならついてきてもらおうかな。」


「(なんだか悪っるい顔してるなあーーーリルフィーヤのお仲間が“ひそひそ”とやってたの…なんだか徐々に判ってきちゃったというか。)」


―――の、『ご本人不在』(平常運転)。 それに“いない”理由を王太子ご本人からされてしまった―――そこは判るにしても、ならば魔王本人は一体どこへ?

それはもちろんに―――そして“ノック”をして入室してみれば、“大惨事”がそこに?!


          * * * * * * * * * *


現場は騒然としていた―――私達が魔王様に御用があるからと魔王城に赴いてみれば、玉座の間にはそのお姿は確認されずだった…と言う訳で、日頃あの方がまたなにかを発明・開発する為におこもりになられる研究室を家探ししする為に“ノック”をして入室をしたのです。 するとそこには―――床にうつ伏した女性の姿が……

この状況は果たして何なのか―――もしかすると物盗りに遭遇してしまった助手さんが、騒がれてはならないと不審者に殺害されてしまった? 魔王様の研究・開発している資料をを盗み出そうとしたり、紛失すると言う妨害をする為に放たれた対抗勢力の仕業―――? これは事件の臭いだわ…


「(などと―――今リルフィーヤ殿は妄想しているのであろうが…)」

「(というか見事なゴミ屋敷…確かに何かの発明や開発しているとは聞きましたが、資料が散雑しているとは。 しかもこの一見、死体と見紛う事のない女性……寝てる?)」


そこにも魔王の姿は確認されなかった―――代わりに助手だろうか?小汚い格好をした女性がうつぶせになって倒れていた…そこをリルフィーヤは面白解釈を付けた推理仕立てにし―――たのですが…


実はこの倒れていた『小汚い格好をした女性』こそが……


「失礼します!魔王様―――リルフィーヤ様がお越しですよ!」

「(ふぁ…)ひゃい―――……ん゛~~~ああ…リルフィーヤではないかあ~…だとするともう夜は明けていたのか。」

「いいえ、朝を通り越してもう昼過ぎです! 夜を徹しての研究は判らなくもないのですが、いい加減生活態度を改めてはいかがなのですか。」

「いやあ~ははは―――そうは言うけどね、研究とやらは“熱”と“ヒラメキ”が重要なのだよ…しかも、ノッてくると時間の概念が曖昧になって来るのでね。」

「それで―――なぜ部屋のド真ん中でブッ倒られていたと?まさか…眠気醒ましの為にお顔を洗いに行こうとする前に気を失われて“そのまま”……」

「…………私の尊厳の為に黙秘をさせて貰おう。」


「(え゛っ…まさかこの、髪がぼさぼさで肌や唇はカサカサ―――気怠けだるそうなまぶたに寝だれもまだぬぐってないような女性が…)魔王様あ~~?」


「あっ、はい、私が魔王だが?」


今代の魔王であるカルブンクリス―――この魔界の事を誰よりも憂慮し、有事の際には率先して矢面に立つなど、その辺りの語り草には枚挙に暇がない程の事実上の『名君』として知られている人物……の、だったのですが。 今ネージュの目の前には世界の王どころか部屋の掃除や自分の身嗜みだしなみすらできない自堕落じだらくな女が映っており―――


いや、しかし―――…


「拙者も―――最初お会いした時は何とも度量のお広い方と思っていたのだがな…(ハハハ)」 「ま―――お蔭で変にかしこまらなくて良くなったでしょ。 それに、魔王様があんな方だから住民の皆も慕ってくれるんだよ。」

「リルフィーヤ様お言葉ですが、それではダメなのです。 下々の者に慕われる―――それは良い王、領主と思われがちですが、そんなお気軽な王を誰が王と認めますか!?逆に下手したてに出られて舐められる―――これが結果オチです。 王は逆におそれられてこその『王』なのですから!」

「んーーーそれ、拙者もそう教わったぞ、その方から…」 「そーのご本人様が実践されてないんじゃあねえ~?」

「ヤレヤレ―――リルフィーヤまで…今の私には援護してくれる味方はいないって訳か。 それより2人して何の用かな?」

「もーーー魔王様ったら…言ってたじゃないですか、『近々トキサダと話し合いたい事がある』って。」 「ああ、そうだったね。 で、今日―――」 「ええまあ、時間なりと出来ましたので良い機会だと。」

「それにこのお話し、侍従長サリバンさんから伝えてたはずなんですけど?」 「はは―――悪い悪い…」

「『サリバン』!やはりあなたは伯母ちゃんの妹である…」

「ふうん…そちらにいる“白い”黒豹人の忍は君の関係筋か。」 「全く…恥ずかしい限りですが、折角の姪の晴れ舞台―――それがこんな堕落だらしないお姿をみせてしまうなんて…もし姉上様がご存知でしたら何ておっしゃるでしょうね?!」


鬼人オーガではなくなった男性は、これよりも以前に既に会ったことがあった―――しかもその時の印象は大人物のなのでしたが、“真の主君”が添える形で『そんなことはなくなった』…けれど王がそれでは国家の危急だと、侍従長は言ったのでしたが

魔王の侍従長サリバン―――その者こそはいにしえの英雄の一人である【韋駄天】ノエルの実妹、姉の活躍もあり取り成しもあって魔王城への就職がかなった者…その事をネージュはサリバンの実弟であり自分の父から聞かされていました。 

『現在ワシの姉兄きょうだいは魔王城に勤務していてな―――お前も機会があったら会いに行ってみるといい。』

その願いは今、果たされましたが―――なんとも締まらないと言うか…


「耳の痛い事を言うものだね―――確かにノエルならそのくらいの厳しい言葉は言ってくるだろう。 判った―――ではこれから魔王として会う事にしよう。」


その時、柏手ひとつを打った時、一変してしまった…先程まで散雑としていた資料やメモの類はどこかへと失せ、すすけていた感じの部屋も途端に綺麗になった―――いやそれ以上に衝撃的だったのが、最初に視た時の印象『髪がぼさぼさで肌や唇はカサカサ』のが?


「(えっ…誰ですかこの人――― 一体誰ですかああ~? 先程までは髪のキューティクルが死んで、ぼさぼさの…まるでモップの様なモノだったのにい~?今では鮮やけなる熾緋あかが映え、まるでサラサラの溶岩みたいです。 しかも更には!カサカサだった肌や唇が潤いをたたえてーーーー)」


「あ゛ーーーこりゃ余りに衝撃的な変わり映えに固まっちゃったねえ。」 「リルフィ殿もお人が段々と悪くなっておりますぞ。 第一にネージュ殿のそうした反応見たさに連れてこられたのでしょうに。」

「いあはあーーーそんなに褒め―――」 「褒めてはおりません。 それに何ですか、私達の可愛い姪っ子を驚かせるなんて。」 「まあいいじゃないか、サリバン。 それより―――聞こうじゃないか…」


柏手ひとつで、端女はしためから大変身を遂げてしまった―――そこでネージュの意識は途絶えたものでしたが、何もリルフィ達はネージュを驚かせる為だけに彼女を伴い魔王の執務室(と言う名の研究室)へと来たわけではないのです。{*とは言うものの、実質的に用があったのはトキサダの方のようで}


では、どうしてリルフィはネージュを伴って魔王と会おうとしたのでしょうか、それは―――


          * * * * * * * * * *


気付くとあの鬼人オーガではなくなった男性が魔王様と何やらを話し込んでいた…

「はっ!私は―――」 「おっ、気が付いたようだね。 もう少しで終わるから待っててね。」

「あ…はあ―――『終わる』って一体何が『終わる』のでしょう。」 「まあ、見ていれば判るよ。」


確かに“彼”は魔王様と何やらを話し込んでいるみたいでした。 それにしても―――“彼”はリルフィーヤ様達の冒険者仲間…まあ、『竜姫』や『アルテミス』『実の姉』と言う方はいらっしゃいますが、その他は一般人とさして変わらないハズ―――…


と、最初はそう思っていました。 けれどもそれは違う―――確かにリルフィの冒険者仲間は王族やその関係者が多くいましたが、そこはネージュも“彼”の事情が知れないから

そう、リルフィの本来の目的はにあった―――この魔界せかいではない、別の幻界せかいの出身者である“彼”の事を、よく知る機会は“ここ”しかない―――と

そして、今まで鬼人オーガだと勘違いしていた男性の身元が割れる…それは魔王のこの一言によって。


「ふうむ―――これまでの経過報告を聞いている内では、幻界そちらには魔界こちらに害を為す気はもうないと。」

「はい、そしてこの際に恭順する機会を与えて貰えれば―――と…。」

は、ない話しだよ―――ラプラスの『皇帝』シゲトキ殿…何も私達は幻界を支配に置くために遠征を派遣したわけではない。 確かにこれまではあなた方からの侵攻に大いに苦しめられた経緯はあるのだが、あの遠征の真の意味を違えて貰っては困る―――」

「は…ですが、しかし―――」 「『ですが』もないものだよ。 ただ私達はあれ以降侵攻してくるのを止めて貰えばと言う一心のみで、あなた方の帝都『グリザイヤ』を攻略した。 もし私にがあるのなら、もっと事は大事おおごとになっていた、そうは思わないか。」

「そのお言葉―――あの“邪神”や『賢者』に言って聞かせて頂きたかったですな。」 「そうしたいのはヤマヤマだったけれどね、そもそもこの魔界の侵攻をくわだてた首謀者だ、運良く説得出来る機会が出来たとしても説き伏せるのは無理があったんじゃないかな。」


「あっ―――あの、ちょちょちょちょちょっと話しに割って申し訳ありません…あの、そちらの男性―――て…え?」

「そう―――彼の本名は『シゲトキ』…そして彼こそは幻界であるラプラスの現『皇帝』。 この意味が、分かる?」

「(!)敢えて国家の元首自らが敵国に身を置く事で、もう侵攻その意思は…と―――」

「それは違うぞ、ネージュ殿。 拙者の志もそれだけ高くあれば、なにもと言うもの…」 「それは流石に卑下し過ぎだと思うなあ~。 だってシゲトキは私がヤツらに捕まった時、自分の部下をその手で斬って棄てる―――って、固く誓ったそうじゃないの。」


あ、なるほど、そう言う事でしたか。 あのお2人(ア●゛●●スとア●●●●ア)がこぞって揶揄やゆされてたのってこう言う事だからなのですね。 しかし同時に私は不思議に思ったりもしたものでした。 なぜならこの方々は互いの思慕しぼを通じ合わせている…片や異世界である幻界はラプラスの『皇帝』―――片や魔界一の超大国の『次期女王』。 もしかするとこの関係が上手く行けば違う世界間での争いは無くなる―――と、そう思っていたものでしたが……


「いやはや、これは汗顔かんがんの至り。 あの時は感情の勢いもあり口走ってしまったものですが、今にして思えば恥ずかしくなるような事を臆面もなく…」 「なあーにそれえーーー私の事大事じゃなくなっちゃったの~?」

「そう言う訳ではござらん―――決してそう言う訳では…」 「ふう~~~ん…ふふんーーーまあ特別に許してつかわそう~なあんて、ね。」


あ゛あ゛ーーーなるほど、。 判ります、あの2人(ア●゛リ●スとア●テイ●ア)がやっかんでたのって―――だから私もよせばいいモノを、口からいて出ちゃったんです。

「ええーーーーっと、で結婚していないんです?」

「なななっ、なんて事言うの―――!わ、私達まだ清い交際もしていないんだよ?!」 「そうですぞネージュ殿、拙者とリルフィ殿は気の合った―――なのですからな。」

「なあんてな事仰ってますケド……」 「まあ、本人達が言うんだからいいんじゃないのかな。」(ウフフ)


その魔王様の曰くありげな笑顔対応を見て私は思ったものだった。 『あーーーこの人絶対、他の周りの人達の様にこの状況を見て愉しんでいる』な、と。

そこは私もうらやましくもありました。 違う世界―――違う政治体制―――違う思想…その中で特定の人物を気遣い合えると言う事がどんなにか難しく、また素晴らしい事なのかと。


私は―――私とリルフィーヤとは主従の契りを交わした間柄だ、そのよしみは何よりも深く“断金”だとすら思っていたのに、を視させられては…視せつけられては敵わないと思ったものだ。

けど……慾を言うのならば、私の見えてるところでイチャコラするのは勘弁願いたいかなあーーーと、思うのでした。


         * * * * * * * * * *


「それより―――いつまでそうしているつもりだい…シゲトキ殿。」 「ああ、これは失礼…いつもの癖でしてな―――魔界の王の御前にて顔の半分を隠すと言うのは不躾と言うもの…」


以前の私は―――“彼”の事を…ラプラスの『皇帝』であるシゲトキ殿の事を、その表情の厳つさ故に“ある種属”と間違って解釈をしていました。 そう、『鬼人オーガ』と…

ではどうして表情が厳ついとしたか―――それは、顔の下半分を覆い隠す覆面の様な防具が、『憤怒』を表しているかのように視えたから…それに、時折見せる険しい目つき―――あれでは鬼人オーガと見間違うのも無理らしからぬと言った処…

けれど、魔王様より促されたからか、魔界の王の前で表情を判り辛くさせるのは礼節としてどうかと思ったのか―――“彼”シゲトキは常日頃より片時として外す事はなかったその防具を外した……


「(ええええ~~~…)い―――意外と好青年ハンサム…」 「私はもうラプラスとのわだかまりは無いんだから、あの『面頬』は外しなよ…って言ってるんだけどね。」

「リルフィ殿―――恥ずかしい事を言われるな…逆に聞いている拙者の方が恥ずかしいですぞ。」 「私は、『似合いのカップル』だと言ってはいるんだけどねえ~。」

「魔王様―――“心の声”がれなくれてます…」


―――と言うより、やはりこの方こっち(面白がって囃し立ててる)側でしたか…

それにしてもイイ男―――先程の魔王様のお言葉ではありませんが、好青年に美少女は最早『お似合いのカップル』……判ります、アグリアス様にアルテイシア様がやっかむのも。(もう伏せ字しなくなた) 年上の年長者に『似合い』はいなくて、年下のカワイイ妹分が自分達よりも早く“彼氏”作ったら、それはもう―――ねええ~?

まあ、私としたら火の粉は被らないようにしないと…ですね。


それにシゲトキがこちらの世界に居ると言うのも、こちらの世界の王族のむすめとの婚姻を視野に置いていないのだとすれば―――?


「拙者…いや、ボクは逃げて来たんだ―――もうこれ以上彼らの言い成りになりたくなくて…」 「え?でもあなたはラプラスの『皇帝』なのでしょう?なのに…」

「あのね、ネージュ…これは私がシゲトキから聞かされた話しでしかないんだけど、どうやらシゲトキは7歳かそこらで幼き『皇帝』として祭り上げられたらしいの。」

「(!)そんな…そんな幼少期に―――まだまつりごとの判断も儘ならない時に?」 「残念な話しだがは政治の世界に儘にしてあると言う事だ。 何も彼だけが特別な存在ではない。」

「そんな―――!?」 「判るよ、そうした否定したい部分…けれど現実としてそう言う部分はある―――ネージュはこの魔界に産まれ魔界で育ってきたんだよね、だったら今まで過ごしてきてどうだった?何か不具合に感じたことは無かった。」

「あるワケがないじゃないですか、私はお館である父ちゃんの下に産まれ、一人前になる為にお館の下で修業を積んできたのですから。」 「そう…けれどそれが出来たのも私のお母様―――現スゥイルヴァン女王であるシェラザードが“不正”貴族になびかなかったからなの。」

「(!)す―――すみま…せん。」 「ううん、私は別にネージュを責めてるつもりはないよ。 あなたが私達を狙ったのは状況がそうさせただけだと判っていたから…だけどね、そうも言ってられなくなった…お母様やアルテイシアお姉ちゃん、そして私以外の他の兄姉達はそうした“不正”貴族になびいちゃってね…」

「しかし、リルフィ殿は逃げることなく闘う事を選択した―――どこぞの若造の様に諦め逃げた者とは違いまする。」 「私も最初は逃げたかったよ…放り出したかった、けーれどもネーーー誰かさんから『諦めを踏破した時、人は人道を踏破する存在となるのだはあ~!』なんて言われてさ―――」

「妙に恰好いいですね、誰の格言なんです?」 「私のお母様なんだけど。」


前々から思っていた事なんですけど、今の女王陛下って案外『武闘派』なんですね―――とは、絶対口が割けても言ってはならない禁句だと私は思いました。

けれどお蔭で判ってきた事があった―――魔界とは異なる幻界に生を受け、またその世界を支配する『皇帝』の一族に産まれてしまったシゲトキ…先代の『皇帝』が無くなったことで幼くして『皇帝』に就いた彼に、政治の何たるかは判らない―――けれどそこに利用価値が生じてくる、有力な貴族や臣下が自分の意のままに政治を壟断ろうだんする為には幼い『皇帝』は都合の好い神輿だったのだ。


逃げて来た―――故郷を棄てて来た……もしかするとこの人は『皇帝』さえも棄てようと―――…

「(はッ!)それで―――先程の…」

「ふふッ、そう言う事だよ。 私が彼のげんれていれば、彼は彼としての重責から解き放たれよう、だとしてもだ―――彼以外の幻界の住人達はどうする? 私は以前の遠征に先んじて現地の調査を行った―――そして得られた情報と言うのが…目立った産業は特になし、食糧の自給率も1桁台だと言う…にも拘らず何を於いてもの軍備の拡張―――私としては正気の沙汰ではないと思ってしまった…自分達の暮らしをよくする政策の前に、他人の領土(世界)から物資を掠め獲ろうなど、そんなものは野盗の流儀とさして変わりはない。」

「あの…魔王様、その辺で―――」

私は―――自分の世界の事だ、自分の手で解決できなくてどうする。 それに『出来ない』と言うのはそうした“不正”を働く者と闘ってきて、その結果そう思ってしまったからなのか?まさか闘う前から怖気づいて逃げて来たのではなかろうね。」

「魔王様―――」

「まあ、私自身も直接彼らとは事を構えた事などないから偉そうなことは言えないけどね…けれど、私は知っている―――彼らと日夜を問わず闘争を繰り広げている者の事を…」

「リルフィ殿のご母堂……」

「シェラザードには感謝をしている。 もしあの子がいなかったのなら私逃げていたのだろうにね。」


その時―――私には判った…やはりこの方はこの魔界に君臨する王なのだと。 時には厳しい意見を述べながらも最後には他人を持ち上げるこの論法―――

最初にこの方を見た時には、これが本当にこの世界の王なのかと疑ってしまったけれども、襟を正してしまえば異世界の『皇帝』すら説き伏せてしまえるその弁舌、そして今見せられているのは『外交』―――他国との交流を模索する為には、あちら側の“窓口”の言っている事を訊かなくてはならない、それが今回は『皇帝』だっただけの話し―――『皇帝』であるシゲトキは以前あった不手際を詫び、その見返りとして幻界を魔界の“属国化”にしようと思っていたに違いない。

けれど魔王様はそれを突っぱねた―――それは、厳しさと優しさが同居した魔王様ならではの手法だとようやく気付かされたものだったのです。





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