第46話 忍の“真名”
「(な…)い、今何と―――?」 「聞こえなかったのか…まあいい、役立たずのお前の為にと折角難易度を下げてやったのにまだ王太子リルフィーヤの暗殺を遂行できんとは…お前が彼の忍の里出身と言うだけで使えると思っておったのに、そうしたお前が愚図なお蔭で女王の親衛隊どもが我等の事を嗅ぎ回っておるのだ。 故に、もう猶予はならん…今より3日の内にリルフィーヤを殺さねば、お前を親衛隊に突き出してくれるわ!」
自らの身の不徳を顧みず、現在に於ける自分達に不利な状況を他人の所為にする―――悪人と言うべきか…三下の巡らせる悪事も終にここに極まれりか。 それにミゾレが行動に及ばないのは何もわざとではありませんでした、与えられた任務には不服はあるものの遂行するからには万全を期したい…だからこそ時間をかけていると言うのに、現在より3日の内に出来なければ“不正”貴族の一人の事を怪しいと嗅ぎ回っている女王の親衛隊の前に突き出す……と、そう脅しをかけられたのです。
その事に、今更ながらに落胆するミゾレ―――…
「(やはりこの程度の者でしたか…世の中思うようにはならないようですね。 そこへ行くと伯母ちゃんは恵まれていたと見るべきでしょう。 『盗賊の首魁』と言う真っ当とは言えない職柄に就きながらも、やがては“真の主君”に巡り合わせられたのですから。)」
恐らく、この任務が成功してしまえば忍の名声としては上がるだろう―――しかし、任務を成功させる事が正しき事なのか…それは誰から教えられるでもなくそうではない事をミゾレはわかっていました。
こんな任務が間違いだとは分かっている―――分かっていても任務は任務…ミゾレはその事を幼少の
* * * * * * * * * *
そして―――“運命”の
期限まであと1日と切った時、
ただ、疑問に思う事があるとすれば、リルフィーヤの仲間達は? 以前から自分の気配に気づいていたあの
けれど考え出したら
そして
「そこに、いるんでしょう。」
気付かれていた?一体
…が―――ここで思わぬ事態が
「(あ…あれは―――!)」
完全にしてやられてしまった。 こちらが焦っている事を知った上で敢えてリルフィーヤ本人が囮と成る事で自分を釣り出そうとしていたなんて…それを
リルフィーヤはなにも単独での依頼の為にレゾーラの森へと入ったわけではなかった、リルフィーヤの仲間も王国の最重要人物を一人にするわけがなかった―――間抜けな自分が
「その様子ではまだ尻尾を見せぬようですな。」 「うん、でもこれで証拠は掴んだ―――バルバリシアにお姉ちゃん、ラ・ゼッタにアグリアスには伝えておいてくれた。」
「抜かりはござらん、今頃は例の
なぜ―――こうなった…? どうして―――こうなってしまった…?
私が今までやってきた事は何だったのか……このココロを押し殺してまで従ってきたのは何だったのか―――
嗚呼……そうか、間違っていたんだ―――最初から…
だけど今更―――ホント今更だよ…その間違いを今わの際になって気付いてしまうなんて。
申し訳ありません―――父ちゃん母ちゃん、お館様…伯母ちゃん、一族の家名を
総てを観念し、一族にかからんとする汚名はこの身ひとつで払おうとする“白い”豹の忍の決意を汲んだものか、朝方から雲行きが怪しかった天から“ぽつりぽつり”と雨粒が降ってきました。 そしてやがて雨粒は大きくなり、次第に量も増して来た―――この天候の変わり様は果たして、涙を流せない忍に成り代わった涙雨なのか…
それに―――ミゾレにしてみれば、この悪天候は逆に好い機会だと思いました。
なぜなら、最後の最期に見て貰えるから―――…
「やはりあなたが―――…」
その言葉一つで判った…最初から気付かれていた―――あの出会いも偶然ではなかったと、“白い”豹の忍は思いました。
それに…この悪天候は自らが望んではいませんでしたが、この悪天候こそが自分の最期に見せられるものだと、そう思った……
折りからの雨天はやがて激しさを増し、そんなに離れていなくともお互いが確認し辛くなる―――
「(むっ?!)あの者の認識が…ぼやける?」
闇夜の“黒”に於いて、その種属の色は順応しました―――“黒”は“黒”に溶け込み、その中で活動は活発になれる…ただ、この世に産まれて来た『
なぜならば……
「聞いていた通りね、“白”は総ての色に順応―――溶け込みやすい…いわば“白”と言う色は総ての色に染まり切ることが出来る。 それがあなたの
「そこまで知られていましたか…そう、私は色んな色に染まる―――“赤”であろうが“黄”であろうが“緑”であろうが“青”であろうが…そして“黒”であろうが私に溶け込めない色はない。 そして自然には色んな色が存在する、色んな色を構成して一つの光景と成り
“白い”豹の瞳が銀に移り変わった時―――それはその者の
「こっ―――これが≪
『フッフフフ―――ああ、全く以てそうだよ…』 『あなたの視線が私に向けられた時流石に冷汗が伝ったけれどね…』
『リルフィーヤ本人の確認はようく出来た…』
『その顔立ちから』
『
『そう言う事だよ、私は至近の距離で視ていた……』
「
「リルフィ殿ぉ―――!」
自分の声を辺りへと反響させ相手を攪乱する≪
しかし―――手応えはあった、致命ではないにしても傷は負わせた…そしてこの隙に狙うはただ一つ―――
「トキサダ―――!」 「心配はござらん…リルフィ殿も知っていよう、拙者が唯一唱えられる“
感触は確かにあった―――刃越しに伝わる刺突の感触…
ならば、諦めるのか―――と、そう問われれば…
「(窮地の時こそ好機につなげるべき!)王太子リルフィーヤ―――お生命頂戴する!」
“
けれどそこで、有り得ない光景を目にする―――
本来、暗殺者などにその生命を狙われた要人ならば、必死になって抵抗するか、恥も外聞も捨て逃げ惑うか…その二択しか選択肢はないものと思っていたのに…
目前の
「(手離した…?馬鹿な、そんな行動の選択肢は有り得ない―――この人は自分か何者なのか判っているのか?それとも……いや、まずい―――これでは本当に、この人を殺してしまう!)」
“白い”豹の忍も、何も本意で王太子の殺害を視野に入れていたわけではありませんでした。 ただこれは…彼女の―――自分なりの“けじめ”のつけ方、本気で殺すように見せかけ、その返し刀で自分が討たれればそれでいい…超大国の最重要人を狙った事で自分の里が窮地に見舞われてしまうのは本意ではない、ならば不始末を起こした愚かな自分の身ひとつで事態を収まらせたかったのに。
けれど―――…
そう思った処でもう遅い、自分と王太子との相対距離は縮まり行き、やがては零距離へと成ってしまう。
「もう…悩む事なんて、ないよ―――それに、あなたの銀の瞳に殺意がないって事は最初から分かっていた。 沢山…悩んだんだよね、悩んで―――悩み抜いた果てに、自分の生命ひとつでなかった事にするなんて…ないよ、そんな事―――そんな事、絶対にさせない!」
「でっ…でも、私の刃はあなたの身体に突き立て―――」
「どこにあるの?そんなもの。」
「え…あれ?そ、そんなバカな―――お館様から頂いた一族に伝わる護身刀が、なくなってる?!どうして…」
「どうやら上手く行ったようですな。 一時は肝を冷やしたものですが…黒豹人の忍の娘よ、不可解であろうがここまでがそなたの従妹殿の巡らせた
「私の…従妹―――?すると、もしかすると…」
「うん、あなたの
* * * * * * * * * *
実は、今回の事に及ぶ前にリルフィーヤ達はササラの訪問を受けていました。
「申し訳ございません殿下、身内の不始末とは言え我が一族から陛下や殿下のお生命を狙う様な者が出てしまうとは。 本来ならば事の不始末は里の滅亡を視野に置かなければならない訳ですが…」
「あーーーいや、そんな重く受け止めなくてもいいですよササラ様。 それにササラ様の里の人達には私達お世話になってる事ですし、そこまでの事をされちゃうと今後の―――ねえ?」
「殿下自身からそのお言葉を賜り感激至極にございます。 さりとて今回の罪の在り方は明白にしなければ…今回の凶行に及んだのは私の叔父で現在は里のお館をしている『ジンゾウ』の娘…つまり私の従妹筋に当たる者です。 本来はこの様な事をするような子ではないのですが、恐らくは状況の作用によりこのようになったものと思われます。」
「ふうん―――ササラ様の従妹…ねえーーーどんな子なの?」
「私達の一族の事はご存知でいらっしゃいますでしょうか。 そう黒豹人です、けれどその子は先天性の遺伝の異常により“白く”産まれてしまった…早い話し『
「ああーーーそう言う事か…“白”かったら闇夜に暗躍出来ないからねえ。」
「ええ、当初はその様に思われておりました。 斯く言う私の叔父などは産まれてきたのが『
「その様子だと違ってたの?」
「はい、殿下も幼少の頃『かくれんぼ』と言う遊びをしていたでしょう、私の従妹もその遊びが得意で誰にも見つけられない事を自慢していました。」
「へえーーーそれは大したものね。」
「そうでしょう…実際、鬼役の子の側近くにいても見つけられなかったのですから―――」
「(…)は?それって―――どういう意味…」
「言葉通りです、『かくれんぼ』の際、鬼役の子の側にいても見つからない…どうしてなのでしょうね。」
今回起きた一連の不始末を里のお館に成り代わり謝罪をするササラ。 現在ササラは〖昂魔〗の代表取締役をしているわけなのですが、その元を辿ればササラも
それに叔父から聞かされた話しに思う処があった…それが『かくれんぼ』の件なのですが、ならばその逸話に隠された真実とは?
「“白”は
「そう―――だったんだ…でもいいんですか?そんな事を他人である私に伝えて。」
「他人である殿下だから話したのです。 それに、あなた様に備わる強き“光”の権能…≪閉塞した世界に躍動する“光”《グリマー》≫で以て、あの子の目を醒まさせてやって下さいませ。」
そう…総てはそこに賭けられていた―――幼少の頃より知っている従妹の事だから、今回の不始末を自分の生命ひとつで許して貰おうと…痛ましくも哀しいまでの決意を知っていた、年の離れた従妹の嘆願でもあったのです。
それを聞かされ……
「なんだ…私―――バカみたい…
「何をバカな事を言ってるの、もうあなたは
「私…判ったよ、ホント今更だけど―――私の生命を賭けるべき“真の主君”が誰なのか…それが、あなただったんだ―――王太子リルフィーヤ様…」
「うん…それもね、ササラ様から聞かされたよ。 忍はその忠誠心を捧げる“主君”を探しているって―――そしてそれはササラのお母様…ノエル様もそうだったって。 いいよ―――成ってあげる、あなたの“真の主君”に、それにそうしてしまえば今後あなたの事をとやかく言ってくる者達を黙らせる事が出来るからね。」
「そうですか、ありがとうございます―――ならばその忠誠の証しとして私の“
「“
「違います。 “
「ネージュ……『雪』―――じゃあ私が言ってたことも当たってたんだ。」
「あなたが…言ってた事?」
「もう忘れちゃったの?言ったじゃないあなたのその白さは雪みたいだ―――だから雪豹だね、って。」
なぜ、その生命を狙われた王太子自身が、刺客を許せたのか―――それは刺客の従妹に当たるササラの嘆願にありました。 ササラとネージュとは500歳以上は離れている…とはしながらも、ササラはノエルの子であり、ネージュはノエルを姉に持つ実弟の娘だった。 同じ姉弟の子と、子―――けれど年長者であるササラは産まれて来たネージュの事を実の妹の様に可愛がりました。 それにネージュの名づけ主こそ、ササラだった―――リルフィーヤが表現したように、ネージュの白は雪を思わせる…だから『
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからというものは―――…
「リ…リルフィーヤ?お前―――そいつは…」
「ああ~この子ネージュって言うの、これからよろしくしてあげてね。」
「判っているんだよな、その者がどう言った者かなど…」
「ん~?なあんのことを言ってるのかなあ~?私には全然判らないよ。」
「―――と、言う事だそうだ。 生命を狙われていたご本人様がああ言うんだ、判ったなアルテイシア。」
「いや、私は納得が行かない。 リルフィーヤはああは言っているが、私の可愛いリルフィーヤの生命を狙った事は明白だ。 ゆえに、この私自身が真実を見極めてくれよう!」
「(…)その真実―――つて、どうやって見極める気かなあ?お姉ちゃん…」
「フッフッフッフ…知れた事!この私が直接に取り調べてくれるわあ~!」
「ふうううううーーーーん、つ・ま・り、この子を愛でまくりたいと?」
「14:40、犯人自供いたしました。 これにより現行犯逮捕いたします。」
「あ……あのうーーー私、
「全くだよ、もうーーーお姉ちゃんたら油断も隙もないんだから。」 「(スミマセン…)だってえ~あの毛並みに色艶!実際にこの手に取って感触を味わいたいじゃないかあーーー。」
「ネージュとやら、お前の
「非常に残念だ―――その
「何を言っている―――私は常々リルフィーヤの事を
「(!)そう、だっ、たあ~~~!私と言う“
「(長いノリツッコミの割りにはやけにノリノリじゃの~う。)」 「(ま、まあーーーそれでこそアルテイシアお姉ちゃんさんですからね。)」 「(バルバリシア、それ全然フォローなってなあーーーい…それにお姉ちゃんたら私が恥ずかしくなるような事を連呼してくれてえ~~~もぉぉ恥ずかしいったら!)」
「なんんーーーだか、主君様であるリルフィーヤって、苦労してるんですねえ…。(主に姉妹関係で)」 「まあ、それもこれもアルテイシア殿がリルフィーヤ殿を深く愛するが故に…でござろうかな。」
「ああ、これはどうも。 確かお名前は…」 「トキサダと言う、現在はリルフィーヤ殿と冒険者としての活動を同じくしている者だ。」
「そうでしたか―――それにしてもさすが
この程新たに加わった“白い”黒豹人の忍…けれど仲間達はその者の事を知っていました。 そう―――王太子リルフィーヤだけに拘わらず女王シェラザードの生命を狙っていた刺客であると。
その事をアルテイシアやアグリアスから訊かれた時に用意されていた答弁をした―――確かに自身の生命を狙っていた事は間違いはない…とはしながらも、その本人がそれを認めない、認めようとはしない…と言う事はその時点で深く追及出来なくなってしまうのです。 今回はその手法を用い、なんとか煙に巻こうとしていたのでしたが……依然怪しい者だと言って
その一連を見させられたとはしても、ネージュは悪い気はしませんでした。 厳しい修行の中で同年代の者達と遊ぶことを禁じられていた―――それが今、紆余曲折を経て手に入れられている…お互いがふざけ合ったりはしていても、それは新参者の自分がこの輪に溶け込み易いようにしてくれている一種の催し物の様なものだと思ったものだったのです。
そうした輪の中に自分は加わろうとしている…とした中で、今度はリルフィーヤの事を第一に考え、万が一の時にはその身を呈して護ろうとしていた
けれど……ネージュはまだ知らない―――ネージュが彼の事を
しかしながら、彼はそうではない―――その事は彼自身の言葉により告げられたのです。
「何やら勘違いをされている様だが、拙者は
「えっ―――」
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