第39話 魔王と皇帝

「そう言われるあなた様こそ、ご機嫌がよろしいみたいですね―――魔王カルブンクリス様。」

「クローディア殿??ま、まさかそなた…」

「(え…)トキサダ―――?」

まさか…大々的になってしまったとは言え、一つの国家の祝いの席にが出席するだなんて思わなかった。 だからこちらの世界の出身じゃないトキサダが驚くのも判る…判るのだけれど、この後の魔王様の一言にはまだ驚かされたものだった。


「本来なら、私がこのような場に出席するのは妥当ではない。 だって今回の趣旨は単なる子供の成長を祝っての席なのだからね、―――…だけどね、私の友人たっての願いならば―――聞き届けない訳にもいかない…そうだよね、クローディア。」

「私如きに勿体の無いお言葉でございます…。」

「それに―――私の一番の目的もかなった…そこはもう批難すべき処ではないだろう。 私はこれで退席をするが、皆もこの後大いに楽しんでくれたまえ。」

な―――何と言う事だ!ボクは見誤っていた…クローディアを、そして魔王カルブンクリスと言う人物を!!この場ではボクの事を配慮してくれた上で直接的な事は語らなかったが…『私の一番の目的はかなった』―――あれは、あの言葉こそはボクに向けての言葉!!あの言葉の真の意味をこの会場に来ている者のどれだけが理解出来ているのだろうか…しかも―――

「(トキサダ様…この後魔王様がご内密に―――と…)」

クローディアから耳打ちされたのは、この後ボクと内密に話し合いの席をもうけたい―――との、この魔界せかいの王からのお達しだった。

一体…何を聞かれるのだろうか―――何を聞いてくるのだろうか…いや、やはり“あの事”を聞いてくるのだろうな、判っている―――判っている事だった…いずれは侵略戦争を起こした事の是非を問われるモノだと思っていた、しかしながら時期的にも尚早いと思っていた、もしこう言う事をするのならばこうした事の答弁を用意しないといけない―――してやあの戦争はボク達の方から仕掛けてきたのだ、どんな質問をされるのか…あらかじめ判っていれば何とかなるのだろうが―――

「トキサダ…」

「大丈夫だ、心配はいらぬ。」

本当は…本当の事を言ってしまえば、大丈夫なものか―――冷汗や脂汗などの嫌な汗が伝い、呼気も少なからず乱れてきてしまっている…魔王自身がラプラスの『皇帝』であるボクと一対一サシの話し合いで何を聞いてくる……


「やあすまないね、折角愉しんでいる処を呼び出したりして。」

え…っ―――なんだこれは…なんだ?これは??広い執務室に客を応接する為の一つのテーブル、しかも椅子は二脚しかない―――まあ一対一サシと言うのは判るのだが…どうにも拍子抜けな??

「緊張はしなくていいよ―――そこに腰掛けて…ああ、紅茶は呑むかい。」

「あ…はあーーーでは頂きます。」

「(ふ、う…)さて何から話そうか―――私の事はもう紹介するまでもないと思っているが、私としては君の事がよく判っていない…あちらの―――幻界のラプラスの『皇帝』と言う以外は、ね。」

「拙者―――いや、やはりボクの事を知ってて…」

「うん―――元は君の世界の住人でもあるクローディアからね…今回の宴席にラプラスの『皇帝』が来ているとだけ…。」

やはり―――そうだったか…それにしてもクローディアは初顔合わせをした時に既にここまでの事を?

「それで…―――この一席の意味は?」

「ん?ああ別に…ただ君に会って見てみたかっただけだよ。」

「ボクに…“会”って“見”てみる?」

「ああ―――それに私が知っているのは君の前の代の人の事しか知らない、例え“邪神”やに魅入られてしまった者によって望まぬ戦を仕掛けさせられた―――まさしくの傀儡かいらいの為せるわざだ、だが、この魔界に侵略を仕掛けてきた元凶は取り除かれた―――そこで尚、この魔界に侵略するのを“是”とするのか…その辺を知っておきたいと思ってね。」

「(…)もし、ボクに“その気”があるのだとしたら―――?」

「無理をしなくてもいい。 も先程の席で視させて頂いた、多少不躾だとは思っていたけどね。」

「(ん?)あの…それはどう言う―――」

「それを私が言って何になる?君自身の気持ちは君自身が発信しなきゃ、伝わるものも、伝わらなくなるよ。」

時々、難しい事を言う人だ―――それがこの魔界の王の第一印象だった。 その総てを語らず、相手に悟らせるような物言い…―――


ボクの世界にも、幻想的で創作性溢れる作品は沢山ある。 その中でも『勇者』や『魔王』の物語は顕著なモノだった、“神”からの託宣や啓示によって正義を履行おこなうボクラプラスの『勇者』―――片や自らの慾望のままに邁進する『魔王』…完全なる勧善懲悪に、ボク達ラプラスは子供の頃から刷り込ませられる、そして“神聖”なる教会の名の下に幻界でも一つの才能に秀でた者達に呼集をかけ、やがて本来の名を“神”へと捧げ―――『勇者』や『賢者』『皇帝』へと成る…なりさらばえてしまう。

幼い頃は、様々な判断をするのに乏しかった為、大人たちの言う事が“是”だと言う事に何も疑わなかった。 してやボク達が崇めていた“神”が、“邪神”だったなどと露ほども思いだにしなかった、けれどそれが理由だと思ってはならない、現にクローディアは元は敬虔な“神”の信徒である『司祭』でもあったのだから。 しかしそんな彼女でさえも無実の罪に落とされる事もある―――被せられる事もある…恐らくはそこで気付いたのだろうと、そこを“何者か”に付け込まれ、ボク達ラプラス憎しになってしまったとしても誰も彼女を非難することは出来ない、ラプラス式に言えば『暗黒司祭ダーク・プリースト』を産み出したのは他ならないボクラプラスなのだから。


しかし、魔王カルブンクリスはラプラスの『皇帝』であるこのボクを一切咎めなかった、その辺はクローディアからの一言が添えられていたのだろうが…

「いかが―――でしたか?」

「うん?何が……」

「あの方、ご大層な呼ばれ方をしていましたが、意外とではなかったでしょう?」

「あ…ああ―――ボクも幼少の頃より読んでいた読み物と、ああも違うのでは…な。」

「しかし―――我等ラプラスに惑わされた前の魔王を討ち、あの方自身が現在の地位に収まった…私も最初は戸惑ったものです、あなた様も感じられたように…私も『賢者』から謂れも無き罪におとしめられた時、今まで信じていたものは所詮刷り込みに過ぎないと思っていましたが、現実を見させられると―――果たしてそれは自明の理というものでありました。」

「なるほどな…それはボクも感じていたところだった。 ボクの父上は前の『皇帝』の弟だったが、兄である前の『皇帝』の不慮の死によって『皇帝』の血筋であるボクが次期『皇帝』に収まってしまった。 なぜ…?ボクの父上は前の『皇帝』の弟であるはずなのに、大人の父上ではなくて子供のボクなんかが…けれど大勢の大人達―――それは前の『皇帝』の家臣たちが勝手に取決めした事だった、幼いボクには判断する事など出来はしない―――してや決断も…ただ、のは大人達が勝手に取り決めた事を宣下する事だけだった。

(はあ…)こう言う事を言うのは不適切かもしれないが、魔界の者達が逆襲をしてくれてボクは“ホッ”としたよ、これで…操り人形のようなしがらみからは逃れられるものだと、だけど―――魔界側は幻界を侵略じぶんのものとしなかった…それからというものはご覧の有り様さ、いくら『皇帝』の座に居座っていたとしても権威の落ちた権力者なんてみっともないものさ、今まで『勇者』達を操っていた“邪神”や『賢者』の様な者はもういない…穿うがった見方をすればあの者達はあの者達で無頼の輩を取り纏めてくれていた―――しかし今はそうした者はもういない、一体誰が権威無き『皇帝ボク』なんかの言う事を聞いてくれる?聞きはしない…そんな事に嫌気がさしてこちらへと来た―――ボクが今魔界にいるのはこう言った理由からさ。」

なるほど…やはりそう言う事情でしたか―――だとするならば、今の彼の地には統治者不在…と言う事になりますね。 とは言え、『皇帝この方』ご本人が証言してくれた通り、我が身可愛さからの保身に走る者共は退きも切らず―――と言った処でしょうか、かと言って私には同情する余地などないのですけれどね。


それに―――…


「あっ、トキサダーーー大丈夫だった?…みたいね。」

「ああリルフィ殿、心配して下されたのか。」

「ま、まあそりゃあね?だって魔王様がこんな小さな祝い事に出席して下されるなんて思っていなかったし…ね、それより呼ばれていたけど、どうしたの?」

「ああいや、拙者もクローディア殿と同じくラプラスなのでな、ゆえに会って見たかっただけの事なのだそうだ。」

「そうか、そうだったんだ―――」

「リルフィ殿?」

「ううん、なんでもない……心配してたから“ホッ”と一息―――安心したよ。」


リルフィーヤ様はまだ恐らくこの方ご自身がラプラスの『皇帝』だと言う事には気付かれてはいない―――けれどこの方はリルフィーヤ様がこの国の王太子だと言う事は気付かれている…

はてさて、状況としては興味深くおもしろくなってきているというものです。 これまでの関係性のままでは必ずと言っていいほど手を取り合えない人達…しかしこのお2人が出会われてからと言うものはお互いを認め合っている―――と言うのは見ていて判りました。 ……?このまま関係性を良好に持って行ければ―――?


しかしそこは所詮私如きが考えを巡らせる程の事でもありませんでした。 だって、私(達)があいだに割って入る余地なんてございませんでしたものね。


         * * * * * * * * * *


これはそのある一幕―――シェラフィーヤ様もこの国の王族だと言う事がよく判る催事イベント…それが『シェラフィーヤ様ご自身のお誕生日会』。

この日は文字通りシェラフィーヤ様がこの世に誕生された事を祝う日、この前の様な経験を積み重ねて成長をした―――と言うような小さな出来事ではない、国家の最重要人物が誕生するという大きな催しなのです。

ですから、いつもは女王や王女としての公務を“影”に丸投げされているトップのお2人も『ご本人様』が出ない訳には行かず……

「(ひ、久々の公務…緊張で胃がキリキリしてきたあ~~~)」

「大丈夫でござるか?リルフィ殿。」

「うん…まあ……大丈夫だよ、ヘーキヘーキ…」


「とは言いつつも、リルフィーヤ様顔色青褪よくないですぅぅ~~」

「まあーーー今まで宮廷行事ほっぼり出して冒険三昧だったしのぉ~~」(カンラカンラ)

「その点私は気楽なものだ、日頃は鼻つまみな私でも自分の誕生日くらい慎ましやかにしたいものだよなあ~。」

「(お前も一応王族だろうが…)そこへ行くと私なんぞは定期的に公務をこなしているからな、王族と冒険者の2つの顔を使い分けるのはそれはそれで大変なものだぞ。」


「一応…クローディアの助言通りに様子を伺ってきたが―――なんだか心配だなあ。」

「まあ…あの方も久方ぶりな事なのでしょうが、私達が心配するまでもございませんよ、直に勘を取り戻されることでしょう。」

「そんなものか…」

そんな事を言っているボクも、本来の身の上はラプラスの『皇帝』―――リルフィ殿の心労も痛いほどよく判る。 これが周辺国家の小国ならば家臣達を集めての祝いの席なのだろうが、『帝国』や『超大国』ではそんなわけにも行かない…国家の威信や示威を高めるべく、その周辺国家の領主や国王を呼ぶのはどこの世界も同じと言った処だろうか…


すると、そんなボクに近づいて来たのは―――


「楽しまれているご様子ですね。」

「………。」


「ああ―――はい……(?)あの、どこかでお会いしましたか?」

「トキサダ様、そちらのお2人は“影”でございますよ。」

「(影…)ああ、もしかすると―――」

「はい、私がシェラザード様の“影”である『シルフィ』と申します。 そしてこちらが、リルフィーヤ様の“影”である『オフィーリア』。」

「……。」(ペコペコ)

「(な…なんというか)以前お会いした時とは印象が違わされておりましたが故、ご無礼な事をしてしまいましたな。」

「いえいえ、そう感じて下されたならこちらもやりがいがあると言うものです。」

「それに、この様に下々の民草たみくさには印象操作はなされていますからね、シェラザード様には魔王様への交渉の窓口よろしく貞淑且つ尊厳の籠った印象を―――リルフィーヤ様には次代の女王としながらも可憐にして無口な印象を与え、国民に愛される王太子としての印象は定着していますからね。」

「なるほど…のう、だからそなたは何も喋らないのか?」

「……。」(フルフルフル、アセアセアセ)

「この子単なる恥ずかしがり屋さんなのよ、そこを(リルフィーヤ)殿下が見初めて…ね?」

「……。」(コクコクコク)

なる……ほど―――な、他人には色々な事情があるとは言っていたが…この少女にもリルフィ殿にもそれぞれおありのようだな、そこはボクも同じ事か―――ボクの事情はリルフィ殿にはまだ話してはいない…ながらも、ごく一部の者には知れる処となっている、恐らくは大事おおごとにならないように上の方達が取り計らってくれている事なのだろうが…こうした関係性がいつまでも続くわけでもない、隠しおおせようとすればするほどに隠しおおせなくなる―――いつの時機となるか…き頃合いでボクの事情コトを話さなければ…


そうして式次第も消化されて行くに従い、ようやく束縛から解放されたものか―――

「は~~~ちかれたびぃ~~~オフィーリアが作ってくれた印象崩さないようにするの、苦労するわぁ…」

「おいおい、全く何様のつもりなのやら―――お前が王族としての公務をしている間にも、この子は立派に務めていたと言うのに。」(ニヤニヤ)

「そう言う言い方……ないんじゃないのかなあ、アグリアスぅ。」(ぷぅ)

「それに、この子を見初みそめたのはそもそもお前だろうが―――まだ王太子としてのイメージが定着しない内に、大人しそうで可愛いイメージを植え付けさせようとしたのは、どこのどなただったかなあ~?」(ニヨニヨ)

「アグリアスう!ちょっとあんたねえ?!」

「……。」(アセアセアセ、ウルウルウル)

「え、なに?周りの人が見てる……? …………あ、こりゃどーも。」(ヘコヘコ)


「悪い事はできんぞよ~~」

「だけどオフィーリアさんて可愛らしいですよね、なんだかご主人様に忠実なワンコみたいで。」

「となると、さしずめバルバリシアは“テノリブンチョウ”か?」

「いやいやいや、こんなでかい《手に乗らない》“テノリ”もいたもんじゃなかろうぞよぉ、まあラ・ゼッタが考えるに~“鷹狩り”に使う鷹とかどうぞよ?」

「しかしそこは今一いまいち精悍さに欠けるというか…いっその事喋るからインコかオウムではどうかな?」

「も゛~~~お2人とも!私は鳥なんかじゃなくて鳥人族(ハルピュイア)な・ん・で・す!!」(ぷんすこ)


堅苦しい祝いの式典でも、心許せる仲間達がいればこそ―――か…それに、今尚思う事がある。 リルフィ殿は誰がどう言った処でこの国の次代を担う者だ、なのに周囲に垣根と言うモノを作らない……作りたがらない―――その事は、ボクがラプラスだからと気付いた時でもそうだった…しかも、これは後で判った事なのだったが、どうもリルフィ殿はご母堂であるシェラザード様の若い頃にそっくりだと言う事だった、あの方も若い頃には窮屈な王族のしがらみから抜け出し、仲間の冒険者達と共に自由に世界を駆けていたと言っていた。 ボクはリルフィ殿の兄妹達の事まではよく知らないが、リルフィ殿が自由を求めているというのはどことなく判って来た、その上で別の王国の『姫(アグリアス)』や『公女(ラ・ゼッタ)』と交流をする一方で、オフィーリアやバルバリシアの様に庶民達にも気軽に接触している―――…


「リルフィーヤ、175歳のお誕生日おめでとう。」


「……」(キュッ!)

「まっ゛―――魔王様!!こ、これはどうも…」(ナハハ)

「そんなに緊張しなくてもいいよ。 私も恒例で呼ばれただけだからね。」


「(しっ…しかし―――恒例いつもならご出席の代わりにご挨拶状だけ出される方が…なあ?)」

「(はは…そ、それほど私の妹には目に掛けて下されると言う事じゃ、ないかなあ~~?)」

「(ええええ~~~だっ、だだだだとしたらリルフィーヤ様は魔王様のお墨付き??)」

「(…と言う事でも、ないようだぞよ?)」


ま、まさかこの御仁魔王様が出席されていたとは―――とは言え当然の事か。 聞く処によるとこの『スゥイルヴァン』の女王とは、魔界各国の取締役を務める一方で、魔王への諫言や助言さらには各国が魔王に直接交渉を持ちたい時の窓口役も兼ねていると聞く、だから次代の女王を確約されているリルフィ殿とも好い関係を築いておきたいとの思惑も―――…と、思っていたのだが、どうやらお仲間内では違っていたみたいで?? て、言うか―――あれ?ボクに視線を移していないか?


「トキサダ様―――後で魔王様がお会いしたいと…」

「ご心配されなくとも、今回は私達2人もついていますから…」


特に何も言うでもなく、ボクに視線を移した後すみやかに席を外した魔王カルブンクリス、しかしてその後クローディアとシルフィがボクに随行する形でまたも魔王カルブンクリスと接触する機会を与えられたのだ。 しかし以前は非公式の場で―――それが今度は公式の場で…これは絶対に何事かあるかもしれないと腹の帯を結び直し、ボクは魔界の王と再び接見するのだった。




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