第28話 幼き『皇帝』

「な……何だ―――それは……」

「これは、『ボースリッド・ルークマイ』―――互いに“生死”を分かつ時に、相手への敬意を表した上でなされるモノ。」

「(……)おかしなものだ、私達を遊び半分で蹂躙してくれたあなたからそんな言葉が聞けるとは。」


「それは当然でしょう?」


「なに?どう言う事だ。」

「だって、お前以外に『死に狂った』者は他に居なかったはず。 中途半端な覚悟をもってこの『破界王ジャガーノート』の前に立ったこと……その後悔をする前に滅殺をしたまで。 だけどお前は仲間の死に様を見て奮起し、覚醒にまで至った―――これを“当たりくじ”と言わずして何と表現いたしましょう。」


やはり―――狂っている……その思想、その思想こそはこの世界でも『拳王』や『闘神』と讃えられた人のみ、それを女の聖職者と見られる者が……


いや―――か……その油断こそがあったから、私達の仲間は死に絶えた……なんと言う事だ、こんな事態になるまで気が付かなかったとは!!


「くふふふふふ―――…お前、気付いたようね。 醜く屍を野に晒す愚か者どもと、今わの際に覚ったお前の差を。 さぁて、主食メイン・ディッシュを喰らう準備は整いました、そして甘味デザートが2つ―――この戦場に迫っている…お前も、もう十分に生を謳歌したのでしょう?でしたら……“お休み”の前の小便は済ませましたか?神への祈りは??済んでいるのなら安心して冥府へと旅立ちなさいな―――『黄泉』を支配する“あの女”の下へ……エイメン!!」


そのふざけた言動の端々はしばしに見える、その女の聖職者の愉悦―――だが私も『勇者』の権能に覚醒めた者だ、だから易々とは殺されはしない……


だが―――甘かった……それだけでは全然足らなかったのだ!『勇者』の権能に覚醒めた私の剣―――素材はこの世界でも最高の精製金属である『オリハルコン』、それで鍛造された一級品が彼女の身に届く前に躱される、それだけならまだしも、例え届いたとしても弾かれている?? 私は悪夢を見ているようだった、大体この世界でも最高―――最硬を誇るオリハルコンに当たれば無事で済むはずがない、それを彼女はことごとくを……? ?? ???


「くす          くす―――くす。 あともう少しで甘味デザート……いえ、お前の援軍である『拳王』と『闘神』が到着するでしょう……ですが―――自分達が到着をする前に、まるで娘の様に可愛がっていたお前の屍を見た時、その者どもはどう変化なさるのでしょう?! ああぁぁぁ……たまりませんわぁ?その感情!!その者どもはわたくしのことを“憎む”のでしょうか?それとも“うらむ”のでしょうか……けれど、無駄ですーーーー無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄あぁぁあああ! このわたくしの武術ムエボーランの前には、ただの人間は無力だと思い知るがいぃぃ……〖天地を分かつヴィシュヌのカウモダーキー〗」


そして私は―――覚醒の甲斐なく、無様な遺骸を野に晒すしかなかった……そんな変わり果てた私の姿を視た、私の養い親の2人は……


「おのれ……よくもワシらの養女むすめをぉおお!」 「『勇者』……あんたの仇敵かたき、必ず取ってあげるからね!!」


「くす くす くす。 いいですわねえ~~~その“テンプレ”、今まで可愛がって育て上げた人材を潰されたとあってはお前共の沽券にもかかわる話し。 そしてこの血塗られた戦場にはわたくし一人のみ……さあ、お前どもはどうします?」


「そんな……知れた事を抜かすなあーーー!!」 「達人級を同時に2人相手するあんたの不明、思い知るがいい!!」


『よくある話し』―――だと言う……可愛がっていた者を、或いは大切にしていた者を奪われる、そうした時にその者を可愛がっていた者が知ったとしたら、どうなるかを。

『まるで漫画の様な出来事』―――急に自分ですら知らなかった権能に覚醒め、やがてその者達は可愛がっていた者の仇敵を討つのだと、いう……

嗚呼―――嗚呼……なんて滑稽なのでしょう、例えそうしたとしても“神”に近しい実力を蓄えてしまったわたくし達の前では、お前共の様な人間風情がどうして敵うのだと!

「“退かぬ”“媚びぬ”“省みぬ”―――さあ篤とこの『破界王ジャグワーノート』の矜持、その五体に刻み込むがいい!!」


「な……何故―――だ……なぜ…刃が立たぬ……」 「す……すまないよ……お前の仇敵かたきを討てなかった私達を……どうか許しておくれ―――…」


“神”に等しき者の前に、“人間”風情が敵うはずもない。 だからこそ、この世界の“人間”共は“神”にその名を捧げるのだと言う。


何とも滑稽で浅ましい―――おのれの実力はおのれで勝ち取るもの。 それをご利益もない“神”に祈って力を得ようなどと……そんな事で強くなれるのであれば、この世界は強き者で満杯になっているはずですよねえ? それを、“神”に祈ってならば、その“神”とやらも多寡が知れると言うもの。

ですが……まあ―――この世界はやがて『世紀末』の舞台と同じになる。 中々……食いでのある“食材強者”ではありましたが―――わたくし達の役目も、もう……


        * * * * * * * * * * *


幻界の主要都市グリザイヤで勃発した戦闘、そのうち西と南は迎撃に当たった部隊との連絡が途絶えたまま―――そうした事を鑑みた者の手により、事実上この世界の人間の支配者の身の確保を―――と、東に……


「(むっ)―――お待ちなされ。」

「ど、どうしたと言うのだ?」


「ふっ…なるほどな、あの者より言いつかせられた事によれば西と南を同時に攻撃すれば、いずれ空いた東より何者かが逃げ去ると言っておったが…それにその幼子の高貴な身形みなり……そうか、その幼子おさなごがこの世界を支配する人間の『皇帝』なのだな。」


“赤”備えの鎧に顔半分を覆い隠す『面頬』なる武具を装着する武者―――その者の前にこの世界の『幼き皇帝』と見られる者と、『幼き皇帝』の身の回りの安全を確保する者…『傾奇者』―――この世界の武を得意とする者の一派にして、その特異な恰好より他の者から奇異な目で視られるものの、その外見おもてむきから察するにはうかがい知れることのない“教養”“礼儀作法”“風流”を解する者でした。

互いは、これが初見―――なれど、『強者は強者を知る』……その諺通り、互いを判別した。 そして無言の内に始められる剣閃の中で……


「ふっ―――中々にやりおる、それがしとここまで渡り合えるとはな。」

「それはこちらのセリフだ、俺もかふぶいて数十年になるが、この俺と対等に斬り合ったのはお主が初めてだ。」


互いに認め合う―――それは例え“敵”であろうとも“味方”であろうとも…人と人との交流ではいつかは嘘を吐き、齟齬そごを生じさせなければならない時もある、しかし武は―――剣は嘘を吐かない、もしそこに偽りが生ずればどちらかが肉塊と成り果てるやもしれないのだから。

だからとて、迷いも生じてくる―――果たしてこれで良いのか……果たして、ここで“好”き“敵”(手)を失ってしまうのは―――と。


「……止めだ―――」


「うん?なんと?」

「止めだ―――と言ったのだ、そなたほどの者を死なすのは実に惜しい、そう思ったまでの話しだ。」

「(……)そいつは本来なら喜ぶべきなのかもしれんが、俺にしてみれば不当そのものだ。」

「止めておけ、それがしにはそなたを殺す気は失せた―――が、それがしを殺す気でいるそなたですらも、それがし……『覇王ウオー・ロード』には敵わぬとだけ、言っておこう。」


覇王ウオー・ロード』と名乗る者からの不当な言葉嬲りが終わらないままに振り下ろされる『傾奇者』からの“必殺”の一撃―――しかしそれを、片手で受け止め刀を握りしめてしまう『覇王ウオー・ロード』。 彼の者が言うが如くに幼き『皇帝』の護衛でもある『傾奇者』ですらも敵わないものなのか……


「無駄だと言ったであろう。 それよりそなた、“茶”は解するか。」

「(む?)一応、たしなみ程度には……それよりどうしてそのような事を聞く。」

「なに、それがしが知り得る者の中に、そなたと同じ様にして傾きながらも風流・風情を解する一流の武人がおりましてな。 それに…血塗られた戦場にてすささんだ心を癒してくれる一服の清涼剤―――とでも言えばよろしいか、いかがか、それがしにもいささかの心得がありますれば、野点のだてにて一献いっこんかたむけるなど…」

「(……)俺も他人の事はとやかくは言えんが―――お主も大概傾くものよな。」


互いの武器を数合交り合わせたとて、相通ずるところがどこかにあったものか…『傾奇者』は呆れもしながらも『覇王ウオー・ロード』からの申し入れを受け入れたのです。

そして『覇王ウオー・ロード』よりの点前てまえで、たしなむ為の用意をしていると……

「うわぁぁ……綺麗な人だな、まるで女の人みたいだ。」

「これ、若―――済みませんな、まだ年端も行かぬ故……」

「気に召さるるな、その様な些事、気にはしておらん。」


無粋なモノを身に付けていては―――と、おもむろにして『覇王ウオー・ロード』の顔に装着した『面頬』を外すと、そこには厳つい表情をした強面こわもてかと思いきや思いの外に美丈夫であった……しかしその無骨者と思われた者は意外にしても点前てまえの方でも上達であったことに……

「ふむ―――中々のものだ……しかしまた血塗られし戦場でかたむける一献いっここんが、こうも風情たっぷりであったとはな。」

「中々乙なものであろう?それにしてもそなたの茶器、それがしと同様の“楽”のモノとお見受けするが……また墨の様な黒が趣深い。」

「そう言うお主の赤の“楽”も、お主の造詣深さを物語っているではないか。」

「止めぬか、身体のどこかがこそばゆいわい。」


一流の武を知りながらも、また一流の風情・風流をかいたしなむ。 それはそれはまるで異風ながらも戦国時代の一光景を切り取った様な有り様なのでした。


       * * * * * * * * * * *


……が―――その本来の目的を違わしてはならない。 なぜこの場所に『覇王ウオー・ロード』が―――そして幼い『皇帝』の手を引いた『傾奇者』が“都落ち”をしようとしていたのか……

“一服”を愉しんでいた束の間は終わり、この東の地に足止めをしていた―――足止めからこそ幼き『皇帝』の臣下達も集まり…


「へ、陛下―――まだこんな処に!?」 「何をしていたのだ『傾奇者』よ!お前が陛下と共に落ち延び、野に隠れ雌伏の時を経て魔界への逆襲を試みようと……」 「ええい!こんな事になるのならお前の言に耳を傾けるのではなかったわ!」


「俺の考えは間違いではなかった。 ただ一つの誤算が生じたというのなら、この俺よりもこわき存在がこの地に張っていたからなのだ。」


「ええい、己の失策を余所に身の保身を図りおるとはこの不届き者めが!」 「さあさ陛下、その者の下を離れてこの忠臣達の下にお戻りなされ。」

     「さあーーー」 「さあーーー」 「さああーーー!」


「(ひぃ…っ)い―――いや……だ、ぼ、僕はもうお前達の下には戻りたくない……!」


一見すると忠義深き者からの諫言―――そうも思えなくもなかった。 けれど、分かつたのは幼き『皇帝』の―――……それによって、真の“忠義”“不忠義”が露わとなり。


「醜い……やはり、醜いものよ―――のう?『傾奇者』殿。 今まで散々幼『帝』の旨味のみをむしゃぶり尽くした“蟲”の戯れ言は、聞いていて反吐が出る―――虫唾が走る!! よって……それがしが総てを斬り伏せる。」


“情”にあつい―――と言った処か、それとも“情”にほだされたのか…己が討つべきものを判別した者は、その立ち待ちの内に変貌を遂げる。 先程『面頬』を取ってみせた時は都の華すらも霞んで見える程の美貌だった者が、“人間”としての醜い一面を目の当たりにした時、修羅でさえも裸足で逃げ出しそうな形相となり―――


「貴様の様な者達に情けをかけるいわれなどないが……覚悟はよろしいか。」


「ひっ……ひいいっ!た、助けよ『傾奇者』!」 「そ、そうだ我等を助ければ先程の失態なかったことにしてやるぞ??!」 「いやそれどころか以前よりお前が言っていた事、聞き届けてやらんこともない。」


「(…………)すまんが―――これも陛下の御為…」

「なぜだ?そなたほどの忠義の士が、あのような者達の言に従う等。」

「陛下は、いずれこの世界に立つお方。 いささか不本意なれば、あのような臣もまた陛下の臣、このような無骨者には為せられぬ事を為す者達なのだ。」

「憐れな者よな……宮仕えというものも、あればそれがしもまた不本意に従うと致そう。」


「(!)やっ……やめろぉ~~やめてえぇ! 僕の―――僕の……」


制止の手も―――声も届かなかった。 やはり『覇王ウオー・ロード』が言っていたように、『覇王ウオー・ロード』と対峙した『傾奇者』の結末は、『覇王ウオー・ロード』が放った刺突により―――絶命…

しかし、それだけでは終わらなかった。 『覇王ウオー・ロード』が上官である『破界王ジャグワーノート』から下りた命令、『彼の地点から逃げおおせようとする者総てを亡き者とせよ』―――その下りた命令の如く、その場に集いし官吏達を……

「斬り応えの無い……こやつらの様な者を斬り捨てたとあってはそれがしの腕もなまろうと言うもの。」


そうは言ったものの心ゆくまで発散させた―――が、ゆえに、“誰”が“誰”であるか、判別し難かったのです。


         * * * * * * * * * *


そして粗方終えさせたものとみえ、各方面に担当をしていた者の説明により、“戦”の目付をしていた段取りで。


「ふむ―――やはり……と言いますか手抜かりの一つもないみたいですわね『静御前』。」

「この程度を相手に『手抜かり』もない話しだわ。 それより……どうして私達姉妹はこうもくじ運がないものなのかしらねえ?」

「それを言ってくれるな姉さま。 しかしそれがし、こ度は満更でもありませんでした。」


「満更も何も……あなたねえ―――ねえ『覇王ウオー・ロード』、あなた心ゆくまで斬ってしまった……と言う事に関しては別に言う事はございません……が、わたくし誰が誰か判別し難くなるまで―――とは一言も申し付けたつもりもないのですが?」

「それに関しては言い訳のしようもない、しかしですな……」

「あ、の!しかしもかかしもないのですよ。 確かこの地は幼きと言えど『皇帝』が逃げ延びる為の道―――この道には『静御前』を当てるつもりなのでしたが……なんであなたってくじ運―――姉妹間の“じゃんけん”にも負けてしまうのでしょうかしらねえ?」

「それは言わないでぇ……私ちょっとショックなのよ……」

「いくらくじ運の無い我等とて、姉さまとのじゃんけんには些かの自信があるのだよ♪」


自慢するような事でもないんですけれど……それにしても、思いの外やってくれたものですわね。 それが例え、腹の虫の居所が悪かったとしても―――少しばかり鎌をかけてみますか。

「ねえ……『覇王ウオー・ロード』、とは思いますが、ハズはございませんわよねえ?」

「な?!なにを仰られるやら……『破界王ジャグワーノート』殿、戯れはほどほどに。」

「(…)そうでしたわね、少し疑ってしまいました。 『静御前』を姉に持つが、情にほだされて後の禍根ともなるかもしれない者を野放しにするなど……有り得ない事ですよね。」


むぅぅ……油断ならざるはそれがしの姉ではなく、寧ろこの御仁だったか。 だが今のは明らかなる“鎌かけ”―――疑いは5分と5分なのだろう、なのだとすればこのまま成り行きに任せておけば―――






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