第27話 魔人―――降臨  ~“人”にして“魔”より魔なる者達~

     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



      “とある世界”の―――   “とある場所”にて…………


「―――以上がワレからの頼みとなる……宜しいか、『リッチー』。」

「久しぶりだと言うのに、我に会いに来たという動機がとは―――哀しい限りだ【大悪魔ディアブロ】。」

「ワレもなるべくならこうした手は使いたくはなかったのだがな、この老い先短いワレの目の黒い内に何とかしてやらればと思うのは、ワレの単なる老婆心に過ぎん。」

「我より永き時間を紡いでいる汝がそう言うのは皮肉と言うものではないか。 しかしその想いこの『リッチー』にも判るぞ、それに憎まれ役を買うのも、もう慣れた。」

「この“借り”……いずれ誠心的せいしんてきに返そう、次元を超えたワレらが友誼―――不変のものと信じて。」


それは―――この事案が発生したほんのちょっと前の出来事、『リッチー』と【大悪魔ディアブロ】が自分達のよしみを通じて発生した事など、『リッチー』から指令を下された私達には知る処などなかったのです。


       * * * * * * * * * * *


そんな事とはつゆ知らず、或いは『幻界』に於いて―――或いは『魔界』に於いて“作戦キャンペーン”は開始されたのです。


その突端は幻界―――かつて魔界の逆襲の前に壊滅してしまったグリザイヤとはまた別の一都市に本拠を構えた、今となっては残存勢力に“災禍わざわい”は降りかかる…近くまた魔界からの逆襲がある―――との吹聴ふいちょうにより、各地に散っていた新たな『勇者』達は集結しました、しかしその事を恰好の餌場と見定めた存在により、蹂躙は開始されたのです。


「今までは手応えの無い者達を寄越してくれて何と感謝したら良いのか―――言葉が見つかりませんが……それもまあ良しとしましょう。 あなたは、この私の“敵”となりさらばえるものか―――精々持ち堪えて下さいね……」


「ぐ……ぬううっ―――まさかこの『剣聖』を圧倒するとは……貴様は何者だ!」


「自己紹介が―――必要ですか?これからお亡くなりになるのだと言うのに……」


「ぐ……くうううっ!ふ、不遜な!!一介の武人でもない尼の貴様がーーー」


「ふっ……ふふふ―――あなた、私の事が“そう”見えますか?何と滑稽な!外見みかけで判断する等愚直の極み!! ですが……まあいい、あなたは適当に食い散らかしてまた別の獲物を見つけに行くとしましょう。」


「おっ―――おのれワシを嬲るか!!」


「その程度の腕前で―――『剣聖』などとは片腹痛い……せめて『門前の小僧』くらいなら判らなくはないのですが―――」


「ワシの一太刀、貴様に届きさえすればあ―――!」


ラプラス達の新たなる主要都市『カイゼラムタウン』……その西方面に於いて戦端の一つはひらかれていました。 そしてこの地区の守備に就いていたのは『剣聖』『白魔導師』『狙撃手』『軽装剣士』……けれどその地区に現れた者に対処していたのは『剣聖』ただ一人だった……いやその前に他の者達は?

『白魔導師』は定石通り一番先に狙われたものでしたも“回復”や“治癒”或いは“蘇生”と言ったものは後に手をわずらわせる手段の一つとしてそう認識していた『尼僧』のような者の存在により斬り伏せられたものでした、そして仲間の斬られ様を目にしてしまった者達により即座に反撃は開始されたのでしたが……


「なっ―――なんだっ?!かっ……身体が思うように動かないッ!!?」

「い、一体私達は何をされているの?まるでっ……見えない重りが身体のあちこちにぶら下げられているよう……にっ!!」


『狙撃手』や『軽装剣士』と言った者のたぐいとはその身の軽さが信条―――と言った処でしたが、なぜかその者達は身動きが儘ならなかった…訳の分からない“負荷”がその者達の身に纏わりつき、身の自由が奪われてしまっていたのです。 しかもその原因は―――…

「あらあら、この世界の英雄足りえるあなた達でさえも私の『神域』は突破なりませんか、ひとつ参考までに―――この私の『神域』は、もともと私を中心とするある一定の範囲の生物の動きを緩和させるためのモノでした、されども血の滲むような努力の果てに、私は更なる力を手に入れた―――そう…“緩和”ではなく“停滞”、今やこの『神域』は重力すらも操るこの私……『静御前』を代表する“戦闘技能スキル”となりさらばえたのです。」


『静御前』を名乗る者の仕業―――しかしその者の真の恐ろしさを彼らは理解できていなかった。 なぜなら、彼らも理解できるようになってしまったのは、その事後だったから……

『静御前』が自らの能力を口にする前に、死に物狂いで放たれた『剣聖』の一太刀が『静御前』の両眼を覆っていた革製の両眼眼帯を切ってしまった……そして現れた『静御前』の両眼こそは……


「(『鬼』の……『眼』?)貴様は『鬼』の血が連なる系譜の者と申すかぁ!!」

「ふっふっふっふっふ……見られてしまいましたか―――この眼を、しかしそれでもと申しておきましょう。 一体何者がこの眼帯を切れるものか待ち侘びたものでしたが……中々に切れる者なぞ現れなくてね?敢えて今回切れるように仕向けて差し上げたのです。 そしてこれからが本題―――あなた達には私の“特殊戦闘技能アビリティ”の実験体となってもらいます。

私の“特殊戦闘技能アビリティ”―――【寂滅為楽】…その意味は滅する事に快楽を覚えてしまう……なのですが、私達の団長により歪められた技能はあたった者のことごとくが死を望むようになる。 保持者である私が殺さずとも、あなた達の方から『殺してくれ』とせがむようになる……そうでしょう、そうでしょう―――自らの死期を覚った時、生物は大凡おおよそどのような行動に及ぶものか。 それを生物界の頂点に於ける霊長類の頂きたる“人間”が判らぬはずもあるまい?さあ……受け入れるがいい―――あなた達の『死』を!!」


“舞う”は死神の刃か……だとしても『剣聖』が、『狙撃手』が、『軽装剣士』が見た者とは『死神』と言う例えすらも生易しいものだったと感じさせずにはいられませんでした。 それもそのばす、その場にいたのは『黄泉』の支配者にして女王―――だったのだから…


        * * * * * * * * * * *


かくしてカイゼラムタウンの西方面で展開されていた戦闘は収まりました。 そして今度はカイゼラムタウンの正面―――南方面に於いて……その地区は正面玄関口と言う事も相俟あいまり、主戦力である『勇者』を始め『守護騎士』『神殿騎士』『聖騎士』『枢機卿』『付与術師』『自然魔術師』と言った、上位職の錚々そうそうたる顔ぶれだったのですが……城塞の攻略面に於いて一番に固い方面に投下されたのは―――……


「(あれは―――…)私達の『司祭』や『神官』『僧侶』に値する者では?」

「そのようで……しかし『勇者』様、ご油断召さるるな―――このカイゼラムタウンを三方より襲撃して来ている者を思えば…」


「あら―――――――、あら―――、あら…このわたくしをお出迎えであるとは、気が利いていますわね。 では、手っ取り早く済ませると致しましょう…『勇者』とはどちら様?取り敢えずその者一人を差し出せば、お前ども全員の生命を奪うような事は致しません、えええ……致しませんとも。 このわたくしめが信奉する“我が神”の名の下に於いて。」


「くそうっ……バカにしてくれるじゃないか、私一人の生命で……だと?そんなお前の様な者の口から―――」


「おい……口の利き方に気を付けろ―――ですわ。」


攻撃力最低、防御力も最低の回復役である者から耳を疑いたくなるような言葉……いつも戦闘になると自分達に保護されながら傷付いた仲間達を癒す立場にあり、いつも後方で震えているだけの存在が……その世界で最強と謳われている『勇者』達を向うに回し、こううそぶく……『勇者一人の生命を以てこの場は下がろう』と。

しかし、己の武に勇を馳せさせた者は想う―――ようやく苦しい修錬の果てに掴んだものを、そうおいそれと手離していいものか……と。


そして―――その想いは“後”で“悔”いる事となる。 『この自分一人の生命で…』…と。


その『勇者』が口にした、不当な物言いの所為で聖職者(?)の周辺の空気が歪んだ―――かと思った次の瞬間


「ぐぶぉあはあっ!」

「『聖騎士』殿ぉ!!?」


信じ……られなかった―――私の仲間の中では守備力/防御力共に高い『聖騎士』殿が……その盾と共に貫かれた?!一体……“何”で??あの聖職者の装備は杖―――だったはずなのだが……その杖はあの聖職者が立っていた場所に捨て置かれたまま……いやだとしたら、一体“何”でオリハルコン製の盾を……??


「ふっふっふっふ……貧弱―――貧弱―――貧弱ぅうう!! こんなものか?こぉんなものなのですかぁあ?音に聞く『聖騎士』とやらの守備力/防御力というものはあぁぁ…まぁるでラワン合板の試し割りをしているようですわ、お前共……このわたくしと正面切って立ち向かうからには全身全霊を以て当たりなさい、それがお前共に課せられた使命……へと赴く前、抑制しておかねばならなかったこの想い……お前共に理解できますか?ええ出来ませんでしょうとも、ですからこの話しに乗ったのです―――わたくし達の監視の目が行き届かない場所で、わたくしたちがどう立ち振る舞おうとも問題はない―――と……ですから―――さあ―――お前共も捧げるのです、わたくしが唯一信奉して已まない『人中の魔王』様へその魂を!!」


「おっ―――おのれえぇぇっ!そなたは聖職者でありながら魔王信奉者であったかあぁっ!!」


「黙れ―――老いぼれ…お前の、その腐ったような魂など要らない……この『破界王ジャガーノート』の“特殊戦闘技能アビリティ”―――【破壊蹂躙】の余波で消え去りたくなければ、醜態を晒して逃げ惑うがいいぃぃ…。」


「ひ、ひいぃぃ……お、お助けをぉーーーっ!!」


「見苦しい……やはり見るに堪えませんわ。 うふふふふふ、ではあいつから粉微塵にしてくれましょう―――」


「させるかっ―――『守護騎士』殿、『神殿騎士』殿、『枢機卿』殿の保護を! そして『付与術師』殿、『かんなぎ』殿、『自然魔術師ドルイド』殿は彼らへのサポートを!!」


たった一人の異常なる者への対処として、その考え方は間違いではありませんでした。 『聖騎士』には劣るとは言え、その次点で守備力/防御力の高さに定評のある2名を対象に張り付かせ、ただでさえ高い守備力/防御力に上乗せする能力上昇系の魔術付与、これで大概の攻撃は防げる―――そう思っていた…………のに。


「『“いわお”も砕く悪魔アースラの槍尾』」


「ごぼぉっ!」 「ぐがぁぁ……っ!」

「(……な?!)『守護騎士』殿ぉ―――『神殿騎士』殿ぉぉ!」


「あっははははは!ナニソレ、ケッサクぅ~~一体何をしたのか、わたくしには意味不明でしたが……ほんのちょっと触れただけで構築されていた付与魔術の術方式までふっ飛んでしまいましたわぁ~! とは言え、今のは生命いのちるまでのものではございません……さぁさ立ち上がりなさい―――早く、早く、早くハリー・ハリー・ハリィィイ!! 早く立ち上がり、その身体の奥から湧き上がる闘争心を奮い立たせるのです!お前共にはそれが出来る!そうでなくてはわたくしは満足できないのですから……からああ!!」


『狂っている』―――ひと言で片付けてしまえばそうなのでしょう……けれど、私にはまだうかがい知れない“ナニカ”が、その女の聖職者に取り巻い……いや取り憑いているようにしか見えなかった。

あれは“人”じゃない―――“人”でなければ“魔”なのでもない……では一体何なのだ。

私達は……この世界の“神”に選ばれた者達だ、“神”に選ばれたからこそ生まれ持った名前を捧げ、“神”に忠誠を誓った―――なのに、外見上みかけのうえでは聖職者に見える者によって戦検分役でもある『枢機卿』共々全滅の憂き目に曝された。 護れた者達を……護らなければならなかった者達を殺されてしまった―――その悔恨は私の内に秘められた権能を目覚めさせ……


「ゆ……許さんーーー今まで共に闘ってきた仲間達の無念、ここでそそぐ!!」


「くす――――くす くす……あらあら、ようやく仲間を殺されて覚醒に至りましたか。 どうやらわたくし、今回ばかりは“当たりくじ”だったようです。」


「なにぃ?!」


「くす―――――――くす        くす。 あらあらそんな怖い顔をなさらなくても。 けれども、お前が本気になったというならば、わたくしも本来の姿を晒すといましましょう……」


それは―――『死の舞い』と言うべき……だったか、その女の聖職者は私にそう言うと一見して不思議な舞を舞ってみせた。

しかし……私は知らなさ過ぎた―――私“達”は、知らなさ過ぎた。 その舞いこそはある武術の、“生”と“死”を賭けたものである事を。






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