幕間―――経緯

「お母様―――今一度……今一度、なんと言われたのですか!?」

「アルティシア、これよりあなたがリルフィーヤを護ってあげるのです。 その理由を、言わなくても判っているはず…今はまだなぎ水面みなもの様に穏やかにて靜かに見えますが、この私の後をいずれ……と、餓えた狼の如く狙っている者達もいるのです。 それはまあもちろんアルベルト達もそうなのですが、アメリアやメルセデスの取り巻きである貴族共は自分達が支援する者が王位に就ければその利潤うまみもいずれは……と思っている小物達ばかり、あの時悪しき芽は徹底的に潰したと思ったのに―――これでは元の木阿弥だわ。 まあこれは私の愚痴だとしてもあなたには幸い取り巻きという者がいない、それはあなたの身体を流れる半分の血がそうさせているのだろうけれどね、だけどこれはこれで重畳…あなたに取り巻きがいないと言うのはそれ以上のしがらみが無いと言う事にも繋がる、よって私はあなたに大事だいじを託します。」


末の妹であるリルフィーヤが産まれてから数日も経たない内に、シェラザードはアルティシアを呼び彼女をリルフィーヤの護衛の任に就かせました。

それにシェラザードのげんにもある様に一人だけ血の違う王族にしがらみを求める者などいなかった……それはまあそれで、厄介な事から逃れられるものだとしてアルティシアは気にはしていなかったのでしたが、寧ろシェラザードにしてみればその身軽さが良かった、いざという時になればリルフィーヤの盾になれる者を求めていたのです。

ただ……シェラザードがアルティシアに白羽の矢を立てたのはだけが理由ではありませんでした。


「それに…あなたは『あの人』と私の子だもの―――そう簡単にやられはしないわよ。」

「(え?)お母様と―――『あの人』?『あの人』とは一体……」


そこで、ようやく明かされた―――アルティシアの“父”なる者の名……“人”にして唯一『魔王』を冠する事を許された者の事を。

そんな者を父に持ったことをアルティシアは誇りに思いました、そこで彼女は彼女なりに考えたのです。 今現在の自分の実力では可愛い妹を護ってやれない―――ならばどうすればいいのか……


「(私に備わっている『歪曲ディストーション』……このスキルはこの魔界にはない異質なものだけど重宝している、私に害を加えようとしてくる兄や姉―――その取り巻き共から逃れるため『私がいる』と言う認識ことゆがませてしまえるお蔭で、私は不要な争いから回避する事が出来ていた…だけどこれからは別だ、こんな私の事を実の姉の様に慕ってくれるリルフィーヤを護らなければならない―――今までの様に逃げ回っていただけでは、護れるものも護れやしない……だからと言ってどうしたらいいのか―――そう言えば以前、お母様は戯れた事を言っていましたね、なんでもこことは違う別の世界へ行って、そこで大活躍をしてきたんだと。)」


そこで彼女は、蜘蛛の糸にも似たる細い可能性の糸を探り当てました。 あの時は所詮母の戯れ事だと、聞き流していたものを―――そしてその原因となったのが、【宵闇の魔女】であるササラの術だと言う事が判ってきたのです。


          * * * * * * * * * * *


「ササラ様、折り入ってお願いが。」

「どうしたのです、アルティシア。 随分と慌てているみたいですが。」

「どうかこの私を“彼の地”へ―――以前、私の母やあなたが行った事があると言う。」

「そう言う事でしたか、あなたが色々と調べていたと言うのは…それで?“彼の地”へ行って何を求めようと。」

「今の私では実力不足、護ってやらなければならないリルフィーヤを護り通すなんて出来はしません。」


あれからアルティシアは色々と調べて回りました、多忙を極める母にその時の記憶を―――と言いたかったけれど、手間をわずらわせてはならないと思い関係者にその事を聞きまわっていたのです。

その事は当然ササラの耳にも入っていました。 しかしまた、どうして『あの男』の娘があの世界の事に興味を示し始めたのか……その理由はアルティシア自身の口から語られる事になったのでしたが―――


「なるほど、あなたの熱意判らない―――までとは致しません。」

「それでは!」

「ですがなりません。」

「(え……っ―――)どうして……?」

「あなたが行きたいと求めている“彼の地”は、あなたが思っているより優しくありませんよ。」


たしなめられた……軽くあしらわれた―――ようやく掴みかけた蜘蛛の糸が“ぷつり”と切れた気がした。

しかし『捨てる神あれば拾う神あり』の例え通り、自分が頼みにしていた者から手を振り払われ、打ちひしがれているアルティシアに…


「どうしたの―――」

「(!)エニグマ―――お母様……どうか私をお導き下さい。」


望みを絶たれた者に近寄る“闇”―――本来なら忌避すべき存在でしたが、何を隠そうこの者こそアルティシアの育ての親の様なものでした。

しかし何故、一人だけ血の違う王族と―――“闇”の権化とが、そんな関係に?

その理由は至極簡単、その“闇”の権化たるエニグマなる者は、スゥイルヴァン女王であるシェラザードとは切っても離されない関係にあるのだから。

それにそう、アルティシア出生の秘密にはこのエニグマも大いに関与している―――と言ったなら?


「うふふ…可哀想な子―――頼りにしていたササラからも協力は取り付けられなかったのね、でも大丈夫……安心なさいな、あなたのその悩みこの私が解決させてあげる。」

「ほ―――本当ですか!?では……」

「“彼の地”――――へは、私が連れて行ってあげましょう。 そこで『あの人』と、『あの人』のお仲間達と語らい合ってきなさい。 その“拳”で、その“剣”で、その“ハート”で……それに、期日はそうね―――概ね2ヶ月を見込んでおきましょうか、その頃合いとなった時はこの私が迎えに参りましょう。

さあ―――お征きなさい、そして見せつけるのです。 “我が子”の様な愛する者の娘アルティシア―――あなたに秘められた『あの人』の遺伝『歪曲ディストーション』で『あの世界』を席捲するがいい!」


こうして―――アルティシアは、人知れず『別世界』へと飛んでいったのです。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その『7番目の姉』が戻って来た―――魔界とはまた別の世界で、自分の遺伝子を形成する“父”なる者達を向こうに回して。


これでやっと……これでやっと自分に与えられた使命が果たせる―――としたその裏側では、また別のある思惑が蠢いていたのでした。




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