第5話 沸き立つ水

紆余曲折あり、厨二病患者が伸びている間よろしく偵察を終えてきたバルバリシアは―――


「どうやらここから先5km地点に、今回の討伐対象が固まっているようです。」

「ふぅん……そうかぁ―――(5km……) 道理で私達の≪索敵≫にもかからないわけだ。」

「そうだな―――と言う事で、ここから先は私達でこなそう。 何しろ達成期間も迫っている事だしな。」

「あははは……私達そんなにまで~」

「足手まといでした。(ドキッパリ☆) なので、バルバリシアと仲良くお留守番しててくださいね?」

「判りましたぁ~~~さげぽよぉぉ★」


「(この人、ちょっとお道化ふざけ感はあるんだけど、妙に聞き分けの好い処はあるのよねぇ……それに、気にはなっているんだけどこの人の魔法の所為で水浸しになったこの一帯、まだ乾ききっていない……)」


それは、リルフィも……そして恐らくはアグリアスの方も感じていた、ちょっとした異和ではありました。 今もリルフィが感じていたように、この一帯の土地柄は乾燥しやすく滅多と『水溜り』や『泥濘ぬかるみ』『水浸し』になる事なんてない……にもかかわらず―――


「―――どうしたリルフィ。」

「ねえアグリアス、ちょっと変だと思わない。」

「変?ああ、ここの処やけに水気みずけが多いな、しかもあのアンジェリカと言う者達が関わりだした途端に……だ。」

「それに―――バルバリシアの件もそうなんだけどさ……。」

「そうだな、キャラクターを作っていると言う事が判った、一体何者なのだろうな。」


やはり自分よりも先輩は、敏感に感じている処はあった……ものの、ではどうしてアンジェリカ達が自分達の前で取り繕う必要があるのか、そこまでは判りませんでした。


それに―――でも…………


「(偵察途中に『合図』を見かけたけど……やらなくちゃならないのかなあ―――こんな私と、“主”“従”の契りを交わして下さったあの方を…………)」


その思いは、この度エルフの索敵感知能力より上を行く、上空での偵察を行った者のものでした。

そうハルピュイアは、本来の目的である『今回の討伐対象の位置を探る』―――以外にも、“別の何か”をその目で捉えていたのです。


          * * * * * * * * * *


それからしばらくが経ち、期限である5日目になってようやく目的が達成することが出来た……は、いいものの達成できたのは陽も落ちかけようとしていた頃合でもあった為、仕方なく明朝一番に戻ることとしオレイア近郊で野営をしていた―――


その晩の事…………


あるPTから抜けようとしている足音がありました。

そのPTが野営をしている場所から離脱をしようとしている足音とは対照的に、近づこうとしている足音―――その複数の足音の正体こそ野盗の集団でした。

そして、PTが野営している場所から離脱をしようとしている足音こそ―――


「ハッ―――ハッ――――ハッ―――(お、追って来る!)」


今、バルバリシアは離脱―――いえ正確には逃走にげていました。

一体“何”から?

『もうお前は用済みだ』―――とばかりに処分をしようとしていた野盗達から?


            それは違う―――


ならばこの異変にいち早く気付いた【アルテミス】が?


             それ違う―――


何よりリルフィもアグリアスも今は夢の中……だとしたら?バルバリシアを追っていた者の正体―――それこそは……


          人のかたちをした『水』…………


{どこへと行きやる―――から逃れられるものと思うてか。}

「わ、わああぁっ!―――ひいぃ……」


乾燥するこの一帯で、なぜ『“水”の人』が現出してしまったか……心当たりならある、自分達が冒険をしている最中、常に辺り一帯は水気みずけが多かった。

その水が一つに集約し、人型を成した―――

あわよくば逃げおおせるものと思っていたハルピュイアの脚が、足下の泥濘ぬかるみに捕らわれてしまう、それに転倒してしまったのも偶然ではない、この『“水”の人』の権能の一部により、水を動かせただけ…しかもその水は意志あるかのごとくに、野盗の一味と思われるハルピュイアの脚を、離さない……


そして、始まる―――


{では訊くとしよう、そなたが誘い出したあやつらは何者だ。}

「あっ……ああ、し、知りません―――」

{嘘を吐いても始まらぬ。 答えよ、明確に。}

「本当なんです!知りません!!ただ……あの方々のいる地点を教えたら、お金をやる―――って……。」

{金銭目的だと?そのような端金はしたがねでそなたは仲間を売ったというのかえ。}

「う、売るつもりは……だけど仕方がないじゃないですか!富める人達には所詮貧困にあえいでいる私達の苦しみなんて……判るわけが―――」

{そなた、本当にその様に思っているのかえ。}


自分かいくら逃げようが、何処までも追ってくる『水』……もう逃れられないものと観念したハルピュイアの足は、そこで“はた”と止まってしまいました。

そこから『“水”の人』による尋問が始まりました。

このハルピュイアが所属するPTから、ハルピュイアだけが抜けよう離脱しようとしている……それとは反対に、『ネガ・バウム』と『スゥイルヴァン』の重要人物がいる地点にたかろうとしている不逞の集団。

この状況証拠だけでもこのハルピュイアが野盗の一味だと断定するには十分でした。


……が―――


尋問をしていて判った事は、ハルピュイアは野盗の一味などではなく、単にお金に釣られてしまっただけだった……その理由に呆れもしたのですが、なぜハルピュイアがその行動に至ったまでの動機がまた―――とはしても、その理由だけで魔界の要人を売ろうとしている事には変わりはない。

それに、あれほどの性根の優しい者が貧富の差で差別しないことを知っていた一言に…『“水”の人』からそう言われると“ガクリ”と項垂うなだれるバルバリシア……


「(私は……ほんの少し前まではそう思っていました―――けれどリルフィ様にお会いして、富める人達が全員そうじゃないと思い始めたんです……。)」


それは、自分が罪ある事をしてしまった事が判ってしまったから、そうなっていた―――それは、まるで蚊が鳴くくらいの、か細い告白でした。


「(私が彼らの一人から声を掛けられ、その時に提示された金額は1万リブルでした…確かにあなた様方から見たら端金はしたがねのように思えるかもしれません―――だけども!この私達にとっては大金にも等しいんです!これで……これでようやく……飢えっぱなしの私の小さな妹弟達に、お腹一杯に食べさせてあげることが出来る……私達が生きる事―――って、そんなに罪な事なのですか? お答えしてください―――」


            ―――竜吉公主様!!―――


バルバリシアも知っている、この魔界での三つもの権威―――“三柱みつはしら”。

その一つをつかさどる〖聖霊〗は神仙族の有力者の事を知らないハズがありませんでした。 そんな方が自分を捕え、恩のある方を売ろうとしている―――のではないかと容疑うたがいをかけている…そんな事じゃない、自分はただ飢えた小さな妹弟達にこれ以上ひもじい思いをさせたくないだけ、だけど反面判ってしまっている―――だからこそ、こうも思うようになってしまっているのです。


「私……監視されていたんですね、常にあなた様方から……。」

{この地に不穏な空気が漂っていたからな、警戒しておくには越したことはない。}

「(えっ……?)不穏な空気?」

{今回は『大事の前の小事』―――とは言えど、それが呼び水となってしまう事も少なくはない、ゆえにが動いたまで……まあ、今回は見逃してやろう、だが次はない―――そう思うがよい………}


その最初から疑われていた―――そう思っても不思議ではありませんでした。

その証拠たる事実に、自分は今縛につき尋問を受けている…そして嘘偽うそいつわり無きを白日はくじつの下に曝した時、自分にかけられた疑いが晴れた気がした…とは言えその総てを信用されたわけでもなく、また不穏な動きをすれば今度ばかりは容赦がない―――そう思ってしまいました。


言葉を交わすまでもなく、その思念を伝達するすべ―――それを用いて自分の脳内に響く『警句』。

赦された……とはしても、この行為は『裏切り』でもあったが為に、一羽の鳥はその“心”に“翼”に傷を負い、彷徨さまようのでした。


       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


早朝一番に起きると、昨晩とは違っている事に気付かされた―――

自分の隣で眠っていたはずの、ハルピュイアの従者が……いない―――

それでもリルフィは用を足しに行っているものと思い、戻ってきたらすぐにでも出立できるよう準備をしていたのですが………


「(バルバリシアがいなくなったことも―――なんだけども、昨日とはなんかちょっと違うな……。)」


光景としては変わらない―――ものの、少しばかり感じられる違和。

そこの処も気にしながらも、準備は整えられたものでした。

そして―――……


「アグリアス、バルバリシア見かけなかった?」

「いや、見かけてはいないな。」

「そっかあ……どこへ行っちゃったのかなあ。」

「それより、これを見ろ―――」

「えっ?どうかしたの……?」

「昨夜まではあった水溜りが、無くなっている―――それに水気みずけの方も一切感じてこない……。」

「(……)本当だ―――どうしたんだろう。」

「その事も……なのだが、あの者達の姿も見えない。」


『異変』―――ばかりだった。

何故か昨晩を境に一変していた環境、リルフィの従者に迷惑コンビの失踪―――それに加え、昨晩までは確実にあった『水』に関わる諸々の事象。

それらが一切合財無くなっていた……これは一体何事が起ったのかと警戒する中―――


「おや、もう起きていましたか、では私達も支度をせねば。」

「は……はあ―――あなたも意外とまともな時あったんですね。」

「朝っぱらからハイ・テンションでは疲れますしな、それよりアンジェ~~~…………」


「(うーわ、おねしょしちゃってる……)」

「(成人になっても、する人っているんだなあ~~)」


華麗なる勘違い野郎共迷惑コンビの一人である厨二病患者が一体どこから戻って来たのか……そこはさておくとしても、華麗なる勘違い野郎共迷惑コンビ自体は失踪したワケではなかったことが知れたのです。

それはそれで良かったのでしたが、厨二病患者の相棒の寝床を覗くとなんとも不名誉の痕跡が(笑)

つまり“自称”ちゃんが今この場にいないのは、証拠隠滅を図ろうとしていた為??


「(いや、証拠隠滅と言った処で一番分っかり易い物的証拠残しといて、何の証拠隠滅なんだか……でもーだとしたんだったら、“自称”ちゃんは一体どこに?)」


「あーれ?皆さんどしたんですかあ~?」

「それよりアンジェリカさん……あなた今一体どこから?」

「はっ?えっ?い、いやあ~~ナンモヤマシイコトナイヨ?」


『なぜそこでカタコトになる』……などと、ツッコミ処はあるようでしたが、取り敢えずの処は―――


「じー」

「あ、あのさあ~~?昨日やけに暑かったじゃなぁ~い?だからさあ~~水分過量に摂取しちゃったところがありましてえ~~」(アセッ)


「じーー」

「そ―――そーよ!これは仕方のなかった事なの~!だって私体質的に、体内にある余分な水分を排出させる機能が、他の人よりは高いらしくてえ~~」(アセ・アセ・アセッ)


「じーーーー!」

「ごべん゛な゛じゃ゛い゛~~~ま゛に゛あ゛い゛ま゛ぜん゛でじだあ゛ぁぁ~~!」

「と、こう言う事だそうですが。」

「て言うかさあ~~だったらどうして一番目立つ物的証拠敷布団残しちゃったりなんかしたの。」

「お願いだからあ~~言いふらさないでえ~?言いふらされちゃったりしたら、私『小便小娘』にな゛っぢゃう゛~~!」


「(み……醜い―――そしてなんて憐れな……人間こうまで堕ちたくないものだわ?)」


その顔を涙とはなみずよだれでパックしたかのように垂れ流し、自分にすがり付いて許しを乞うてくる罪人……そのことについついほだされでもしたか、赦してあげる気にはなったようです。


「テヘヘ~~ありがとあじゃます!旦那様ァ~~☆」

「は?いや私女だし?」

「まあまあそんな難い事おしゃらず~~☆ あっ、お鼻のお掃除しときましょーかぁ?」

「要らんことだっちゅーのに!それ以上するんだったら……言いふらすぞ。」

「あ゛っ!それだけはご勘弁をぉ~~!★」

「全くぅ……い~い?今度調子に乗るんだったら、判ってるわよねえ?」


「(……)彼女―――ヤ●ザかなんかですか?」

「違う……と言ってやりたい処だが、否定できない処もあるしなあ、何しろ彼女の“母親”と言うのが―――……」


「ア゛~グ~リ゛~ア゛~スぅ~~~?」


「ま、今ので察するべきは察する処だろう?」

「ハッ!そう言う事でありましたか!判りやしたあ―――姐さん!」


「(ん゛~~~? 何で私、ヤク●゛稼業の跡目みたいになっちゃってるのかなあ?)」


言うまでもない事なのですが、リルフィーヤの母上は『キレさせたらヤヴァイ人物の上位』にいただけに、外交上や交渉事でも魔界で一番権威のあるお方に次いでその手腕の確かさに定評がある人物でした。

しかも他国との折り合いをつかせるためには妥協しなければならない場面もある一方、ある一線を引いておいてそこからは一歩も退けない、退いてはならない強硬な姿勢をも見せなくてはならない部分もあっただけに、その(ヤク●゛な)一面は殊の外重宝されていたのです。


閑話休題それはさておくとして―――


「それよりバルバリシアが見当たらないんだけど……コーデリアさんやアンジェリカさんは見てない?」

「えっ?ああ彼女なら―――お~~い、ほら、こっちへおいで~~」


「どこへ行っていたの―――心配するじゃない、本当に。」

「あ―――あのっ、実は私……」

「実はさあ~この子ったらぁ、私よりもさきに用を足すのに絶好の場所コンディション見つけたらしくてねぇ~、そぉーこまでは良かったんだけどさぁ、帰り道が判んなくなっちゃってて迷っちゃってたみたいなぁ~のよ。」(プークスクス)


「(えっ―――……?)」


「なあーんだかさあーー笑っちゃうよね~~こーんな迷う事なんてあろうはずのない場所で、どぉーこほっつき歩いてたんだか。」(プヒヒヒヒ)

「(……)おねしょしたあんたが言う事かよ―――」

「ヒョッ??!」

「あんた……今また調子乗りおったな?」

「正直に申告しま゛ずぅ~~乗っちゃってしまいましたあ~~!だから、どうか、何卒なにとぞご勘弁をぉぉ~~!旦那サマぁ~~!!」

「ええい!離せえい!見苦しいんじゃ―――本当に……それに私は、女だっちゅーのっ!!」


「(……)そこは両の腕でおっぱい挟んでやらないと―――」

「(それ、いつの時代のネタだよ……。)」


今回自分が犯してしまった罪ある事を、正直に告白しよう―――とした時、そこに被せるようにして違う事実を上塗りしようとしていた人がいました。


「(えっ……どうしてこの人―――そんな事を?それに私は、もう二度と会わないようにする為に彷徨さまよったと言うのに……でもなぜかこの足は、リルフィ様を目指していた……ああ、私はどうしたらいいんだろう―――胸が、痛い―――苦しい……もうこのまま―――いっその事、消えてなくなりたい……)」


自分が犯してしまった罪ある事を、正直に告白しようと思っていた―――なのに妨げられてしまった……しかも自分の望まぬ方向に雰囲気は向かい、一時いっときその場は嘲笑わらい坩堝るつぼになりました。

それでも罪ある者は、自分の罪たるところを許すことが出来なかった。

だから―――こそ、この世から消えていなくなりたい……と、そう願ったものでしたが。


{それは、が赦さぬぞ。}


「(えっ―――)」


{そなたの罪ある処は、このすべからく請け負いはらい落としてしんぜた。 そなたはもう、おのが罪を感じる処ではない。}


「(ですがっ―――)」


{二度は、申さぬぞ……そなたの罪はが赦したのだ。 よって、そなたが罪としたる処は不問に処する。 よいな……}


また―――自分の頭の中に直接語り掛けてきた“声”……

自分の『悪事』を余すことなく、隅々まで視ていた【“水”の神仙竜吉公主】。

しかしその場に【“水”の神仙竜吉公主】の姿は見当たりませんでした。


その場にいたのは自分を含め、いまだ喧噪を止めない―――仲間達がいた、だけ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る