第2話 隠匿(かく)された名前

一流の冒険者【アルテミス】であるアグリアス―――と、この度新米冒険者となったリルフィ、そしてアグリアスの罠にかかり危うい処をリルフィに救助たすけてもらったバルバリシア―――そんな、その一件がなければ互いに交流まじり合うことさえなかった彼女達、しかしその一件を経て、また一つの“絆”が紡がれ始める……


「その……今、ダーク・エルフのあなた様は、その名を『アグリアス』と? 確かそのお名前は―――……『ネガ・バウム王国』の“姫”様のものですよね?」

「ああ、そうだ―――だがそれが何かな?そんな事はこの界隈……特に冒険者と言った連中の間では周知の事実だ。」


「(うえぇ~~ん、ヤッヴあいよう~~もおーーー勘弁してええ~~!)」


「そんな方と……私の命の恩人様とが、親しくしておられる……って―――」


彼女リルフィこそは、この“国”この“都市”では誰もが知らない者がいないほどの―――

いえ、一つ訂正を……彼女リルフィこそは、この魔界せかいでは知らない者がいないほどの“超”有名人―――


「私達は一つの括りとしては『エルフ族』だからな、交流することも少なくはない。」

「あ…っ、そ、そうだったのですか、変な事を聞いたりして申し訳ございません。」


「(くっそおぉ~~こんなハズじゃなかったのにいぃ~~それにアグリアスのヤツぅ~~直前に会う場所をここマナカクリムに変えてきてぇ~~一体何を企んでいるかと思ってたら―――あああ~~本来ならもうこんな処、一秒たりとも居たくないって言うのにぃ~~!)」


実は―――アグリアスとリルフィが会う場所は本来マナカクリムではありませんでした。(*本来会う場所に定めていたのはネガ・バウムの首都『オレイア』だった)

しかしそれが……今回アグリアスの方から場所の変更が申請され―――たものの、リルフィは抵抗をしたものでしたが…


『私が今回獲得した素材の換金率が当地マナカクリムの方が好条件なのでな、それにお前への“お祝い”、弾んでやっても良いのだぞう~?』


自分の性格をよろしく把握にぎにぎされている―――からこそ、断り辛かった……そこも理由の一つとしてあるのでしたが、なにしろ自分よりも50歳以上も年上で、人生の上でも……また冒険者としても経験のある者の言葉に逆らえなかった部分もあった事で、だからこそ渋々ながらも言う事を聞くしかなかった―――の、でした……が

根性の悪い先輩が、底意地の悪そうなニヤついた顔で、自分に詰め寄って来る―――


「で―――聞こうじゃないか、ぬあ~ぜ逃がした。」

「(あ゛~~そこは“横獲り”じゃなくて“逃がした”にしてくれたのね……)衰弱よわってたからだよ―――…」

衰弱よわっていた?解せんな。」

「その子……明らかに空腹だったよ、本来のハルピュイアなら不自然に落ちている食べ物は拾わないハズなのに……」

「(ふぅむ)それは本当なのか?」


けれど、ハルピュイアは返事をしませんでした。

返事をしませんでした―――が、逆にその沈黙は何よりも強い肯定を現わしていたのです。

“獣人”や“亜人”は今でこそ平等が謳われていますが、それも『あれから』500年も経った今日こんにちをしても―――

そう―――『あれから』……一人の奇抜な物の考え方をしたエルフの女性が、自分にもゆかりのあるこの地マナカクリムに自分達(魔族)の国をつくった―――

その昔王女者が、自らの国であるエヴァグリムをうしない、新たに女王としてスゥイルヴァンをつくったあの時から既に500年が経過、それだけの時間をかけてようやく定着してきたと思われていた“平等”―――なのに、王族の見えない処でまだ僅かに残る差別はここにこうして存在していました。


それを知ると、リルフィの左手が“ギュッ”と固く握りめられた感じがした―――……


「(怒っているのか―――だろうな、お前は……)」


何が気に食わない―――かと言うと、自分はその事を……


「(そう言えば、お母様が良く話してくれていた……自分達の都合が悪くなるような事を知られない様にと、この耳を塞いでくる人達がいると言う事を。)」


エルフはこうべを垂れると、そのみどりの眸より一滴ひとしずくの“後悔”のモノと思われるモノが伝わっていました。


「(えっ?)あっ…あの―――……?(泣いて―――いらっしゃる?私の命の恩人様が?なぜ―――?どうして―――?この方は悪い事なんかして……もしかすると私を救助すくった事で罪に問われてしまうのでは??それに……こちらにはネガ・バウムの姫様もおられる―――)」


バルバリシアは、自分の生命を救助すくってくれた恩人にただお礼がしたかっただけでした。

ただ―――それだけ……

ですが、本当は身分が卑しい自分の事を救助たすけた事で恩人であるエルフが罪に問われてしまったのではないか―――と、負の思考を紡いでしまったのです。


その一方では……


「(まずいな……本来ならここまでの事は、するはずではなかったのだが。)」


【アルテミス】であるアグリアスが、リルフィと合流する場所を急遽マナカクリムに変更したのには理由がありました。

その理由とは難しいモノではなく、ほんのちょっとお仕置きをするお灸を据えるつもりだっただけ…少し前からも言っている通り、リルフィはこの国この街では知らない者がいない程の“超”有名人―――もう少し突っ込んだ表現をしてしまえば、この魔界せかいに住む誰もがを知っている―――そう言っても過言ではなかったのです。

それが一介ただの冒険者と成った事で冒険者特有の名前に変え、本来からのしがらみからも外れた存在に成れた……けれども彼女は、それでも長くはマナカクリムには居たくはなかったのです。

それなのに、アグリアスが急遽合流場所を変えたと言うのも、この場所ならば“自白”する可能性が高くなると見たから…そう、リルフィの弱みを握っているのはアグリアスの方にあるイニシアチブ・アドバンテージともにこちら側にある……が、しかし―――予想外だったのはが出てきた事でした。

その“もう一人バルバリシア”の出現により、より自白する可能性は高まり実際事実を認めた……けれどはエルフの心をえぐり、差別がまだある事を知りだにしなかった『本来の自分』を責めてしまったのです。

そこの処を、アグリアス判っていた―――アグリアスダーク・エルフの国ネガ・バウムの姫―――なだけに、国の上に立つ人物の耳に届くのは“総て”の事柄ではないことくらいは周知していました。


けれど……“彼女”は知らない―――なぜなら“彼女”は……


「―――どうやら、引き際のようだな。」


そういうと、『隠者の外套』というあらかじめ高い隠匿能力ハイディングが付与された装備品を2人に多い被せると…


             〖転移:オレイア〗―――


【アルテミス】が一言そう唱えると、その場にいた3人の姿は掻き消えたのでした。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


【アルテミス】の転移魔法によりマナカクリムからオレイアへと飛んできた者達、そしてそこで知る―――自分を救助すくってくれた恩人“名”を。

そしてそれは、未だその顔を伏してまない者に対し、この国の王族の一人である姫の口からその名は告げられたのでした。


「(……)すまなかったな―――私が計画としていたのは誰が私の罠を破壊し、そこにかかっていた獲物を取り逃がしたのか……の、理由を聞きたかっただけなのだが、お前も知ってしまったようにまだ一部では獣人や亜人を卑下する嫌いはある。

、そうした差別かべを撤廃しようと努力されてこられたのです、それがようやく実を結び、目の見える処では差別は撤廃されたように見えました、ですが―――これが現実なのです……『王太子リルフィーヤ』様。」


『えっ…』―――と、小さく感嘆の声を漏らし、鳥の獣人の女性の目が大きく見開かれました。

自分の危うい処を救助すくってくれた恩人様―――その恩人様は当初『リルフィ』を名乗っていました、けれどそれは“彼女”の本来の名前ではありませんでした。


彼女の本来の名前こそ―――『リルフィーヤ』……


この魔界せかいで―――スゥイルヴァンで知らない者がいない程の、超有名人。 当然その事はバルバリシアも知っていました、現スゥイルヴァン女王シェラザードの実子にして8番目の娘……そして、次期女王の座を約束された『王太子』にして『王女』―――それがリルフィ本来の身分でした。


「(そんな大逸れたお方が……私の生命を、救助すくってくだされた―――?ああ…あああ……なんて、なんて私は罪深き存在―――!)」


ハルピュイアは、事態の大きさにおそおののき、思考も完全に停止してしまいました。


だから―――とて……


「ごめん……ね?気付いてあげられなくて―――」


その―――次代を約束された方がその頬を涙で濡らし、謝罪の言葉をかけてくる。

その事になかば飛びかけた意識は戻り……


「い…いいえ―――いいえ!そんな大逸れたことを、何と勿体の無い!!」

「(は・あ…)そんなに畏まることはない、バルバリシア。」

「ですがしかし―――!」

「そんな卑屈な処は、お前達獣人に深く根付いての事なのだろうが……」

「アグリアス!そんな言い方ってない!!」

「感情的になるな、これもまた“事実”なのだから。」

「“事実”……?」

「現在よりも昔―――獣人や亜人と言った者は軽く見られがちだった、これは否定したくとも否定できない“事実”だ、そうしたモノを―――“差別”を無くそうと努力されてきた方こそ、リルフィーヤの母上にして現スゥイルヴァン女王陛下であるシェラザード様なのだ、ただ…隔てた壁を取り払ってもお前達の“根”に深く潜むわだかまりは制度を変えただけでは取り払うことが出来なかったのだ。 現にバルバリシア―――お前はいくら私達がフラットに接しようとしても常に謙遜へりくだっていただろう?それこそがこのわだかまりの正体なのだ。」


「(私は―――知らない内にこの方の事を傷付けていたんだ……ああ……折角この生命を救助すくって頂いたのに―――私はご恩に報いるどころか、仇でかえそうとしている!謝るべきはこの私なのに―――!罪深きはこの私なのに―――!!)」


その瞬間から……“ある者”による勧誘いざないが始まる―――

その身を呪いで染めてしまった者により……負の情念が、ハルピュイアの身を取り巻き、堕落へ勧誘いざなおうとする……


「ダメだよ!その勧誘いざないに乗っちゃ―――!!」


「リルフィー……ヤ    様ぁ―――」


黒き帯―――手腕かいなにも似たモノがハルピュイアの身に取り巻こうとした時、その身をていしてかばった者こそリルフィーヤでした。

超大国の次代を約束され、また高貴な身分であられるにも拘わらず自ら危険に飛び込んでくるなんて……

その、また勇気ある“行動”によりハルピュイアは救命すくわれたところとなりました、自分を見失いその“なにもかも”を放棄した《なげすてた》時、“その者”は手腕かいなを伸ばしてくる……けれど一人の勇気溢るる者の、勇気ある行動のお蔭で暗冥あんめいからの勧誘いざないは収まりました。

しかしそのお蔭もあり“その者”からの呪いはリルフィーヤに取り憑きはした……ものの―――?


「リルフィーヤ様……の、呪い―――が?」

「うん、心配はいらないよ。 私はどうやら呪いが効きにくい体質みたいだからね。」


バルバリシアにまとわりつかんとしていた暗冥あんめいなるモノは、呪い耐性の無いバルバリシアの身体を侵蝕し“しるし”となってあらわれようとしていました。

それをリルフィーヤが直接バルバリシアの身体に密着接触し、しかし当然その呪いはリルフィーヤにも作用する―――ものと思われていたのです。

……が、何かしらの作用によりバルバリシア、リルフィーヤ両名に及ぼうとしていた呪いは浄化されて行きました。


「(驚いたな―――まさかこの眼で直接視る事が出来ようとは……)」


アグリアスも、その“噂”は耳にしていました。

それに…リルフィーヤが彼女以外の他の姉兄きょうだい達を差し置き、なぜ末っ子である彼女が次期女王の座に推奨されたか…確かにリルフィーヤ以外の他の7人の姉兄きょうだいも、その誰もが次代のスゥイルヴァン国王の座に就いてもおかしくはありませんでした。

けれど…その歴史が物語っているように、優秀―――有能では次期スゥイルヴァン国王は務まらない。

それは“ただ”有能・優秀、凡庸とさして変わりない事を証明している様なものだったのです。

ただ……リルフィーヤは、その資格次期国王の条件を十分満たしていた……それはリルフィーヤがこの世に生を受けた瞬間から定められた事だったのです。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「亜子様も母体も、無理することなく……また難とする事無く安定しているようですね。」

「君の時には難産中の難産だったからねえ~。」

「それは仰らないでください―――【大天使長】様。」

「それにしても対照的よねえ……母親の方はもう大いびきなのに、この子ったら静やかな寝息を立てているなんて。」

「存外、手のかからぬ子に育つやもしれませんなあ。」

「公主様に“地”の熾天使様も、後で知られでもしたら大変ですよ?」

「それにしても、ようやく“望まれた子”の誕生となったようだ、さきに産まれた7人の子達も次代の王としては何ら遜色ないところではあるのだが……」

「この国―――スゥイルヴァンを継承する王つぐるものは“普通”では務まりませんからね。」


今……【宵闇の魔女】の腕の中にいだかれ、安らかに眠る一人の女の赤子こそリルフィーヤでした。

そしてリルフィーヤは、この世に産み落とされたその瞬間から、母から“あるモノ”を引き継いで生まれてきた……リルフィーヤのさきに産まれてきた7人も優秀である事は間違いなかったのですが、“ただ”優秀なだけではこの国スゥイルヴァンの王には相応しくない……それは、女王シェラザードの出産に立ち会った“四人”の見解の一致でもあったのです。

そして、“ある事”を確認し終えると、その場で一番権威のある〖神人〗天使族の長である【大天使長】の宣言により、リルフィーヤが次代のスゥイルヴァン女王と成ることが取り決められたのです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る