エルフの「王女様」だって、英雄に憧憬(あこが)れてもイイじゃない! 3

天宮丹生都

第1話 あるエルフの“冒険”の始まり

見上げれば、どこまでも続いているかのような蒼いそら―――金の髪をなびかせ、頬を撫ぜる風の中に“少女”はいました。

種属として特徴ある長耳に、両親から遺伝うけついだみどりの眸…“少女”はエルフでした。

産まれた故郷を後にし、何処へと行く宛てもなく彷徨さまよい続ける……よわいは100年以上も紡いでいたけれども、いまだ少女のエルフに郷愁の想いはないのか……家族との別慕べつぼはなかったのか。

ない―――と言えばウソにはなる……が、しかし、少女は産まれ故郷を後にする時、胸に誓っていました。


少女の生まれ故郷は『スゥイルヴァン』―――少女と同じ種属のエルフの女王が一世一代にして建国した、この魔界一せかいいちと言っても過言ではない巨大国家。

今やその国家の首都ともなった『マナカクリム』が魔界せかいの中心と言っても差し支えない……そんな国家が少女『リルフィ』の産まれ故郷でした。


そんな、普通に暮らしていても不自由な事など何一つとしてない大都市から離れ、リルフィは何を思うのか……実はリルフィは大の読書家でもありました。

その読破した本の中でも特にお気に入りだったのが『緋鮮の記憶』と『アンゴルモア戦記』……『緋鮮の記憶』は今更ながら言うまでもなく、【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】という登場人物を軸に描かれた“英雄譚”にして“群像劇”、そして『アンゴルモア戦記』は【神意の射手アルカナム・シューター】と讃えられた英雄と、その仲間達が成し得た―――この魔界せかいを侵略しようとした外敵から魔界せかいを護った実録を基にした『戦記もの』でした。

{*この二つのお話しは同じくして“英雄譚”なのではありますが、大別をすると『緋鮮の記憶』は追々にして脚色された処があり、創作話的に捉えられていた処があった、けれども『アンゴルモア戦記』は実話を基にした“実録記”であるとされている。}

{*尚『アンゴルモア戦記』の研究が進むにつれ実は『緋鮮の記憶』も“実録記”なのではないか……との噂もなされている様である。}


そんな二冊もの愛読書に魅せられてしまったか、いつしかリルフィも―――


「(いつかは私も、この本の登場人物様達のような活躍をしたいなあ―――……)」


しかしそれは、言ってしまえば『冒険者になりたい』と同義、冒険者とは己の身一つで成り上がって行く職業、いつも“死”と言うモノが隣り合わせの、危険な職業―――

成功すれば―――栄誉・名誉はそのまま自分に与えられる……ものの、失敗すれば―――死はそのまま自分に舞い降りる……

自分の愛娘がそんな危険な事を望む等、リルフィの両親は認めませんでした。

特に父親などは自分の目にリルフィを入れても痛くない程溺愛していたため―――


『許しませんよ?私は…あんな―――あんな危険で野蛮な事をするような連中と、私の可愛いリルフィとを一緒にするなんて!』


父親からは“猛”反発を喰らうことは既に想定済み―――だからリルフィは父親よりも寛容な母親に意見を求める事にしました。


「お母様―――折り入ってお話しが……」

「どうやらその様子では、あの人とやり合ったのね……けれどまあ、あの人の言う処も判らなくもないわ―――」

「お母様まで―――それでは……」

「けれどね、リルフィ……私はあなたのその意思は、尊重したいと思うの。」

「それでは―――!」

「だけど、あなたのお父様の心配も、ちょっとは判ってあげてね。」

「はいっ!それはもちろん―――」


こうした経緯でリルフィは、自分の望み通り冒険者に成ることは出来ていました。

しかし……


「(―――とは言っても、私の知識なんて本の上での話しだしなあ……よし、ここは一つこの一カ月間腕試しのつもりで生き抜いてみよう。)」


リルフィが宛てもなく―――広大な大空、広大な大地のもと彷徨さまよっていたのはそうした理由があったからなのでした。

そのかん自分が読んだ本で得た知識が確かな事と、“先祖”譲りの弓の腕で期限に決めていた一カ月が間もなく終わろうとしていた頃……


           (助けてぇ―――助けてぇ―――…)


まるで、蚊の羽音の様にか細く助けをもとめる声……喩え『蚊の羽音の様に』―――とはしていても、聴力が優れているエルフにとっては聞き逃すはずもありませんでした。

そして助けをもとめる声がした―――と思われる地点に向かってみた処……


「(ハルピュイア―――!?)」


狩猟者ハンターの罠にかかったと思われる“鳥”の獣人―――ハルピュイア。

腕が化したその“翼”は痛々しくも傷つき、脚も僅かながら負傷していた……しかも罠にかかってから相当な時間が経過していたものと見え、かなり衰弱をしていた……


「どうか……ご慈悲を―――冒険者様ぁ……助けて下されたならそのご恩、一生忘れません……ですからどうか―――どうかご慈悲を……」


するとリルフィは、躊躇すること迷う事すらなく手持ちの短剣でハルピュイアにまとわり付いていた罠を解除しました。


「ありがとう……ございます、そのご恩……そのご慈悲、一生忘れません……。」

「いいから―――喋らないで……〖癒しの力よ、我が風のもとにその効力を発せよ――リジェネレイト・ウインド〗」

「(!)この卑しい身分の、鳥の獣人である私の為に……高等な治癒魔法まで使って下されるなんて、なんてお礼を申したらいいやら……」

「いいのよ、困った時にはお互いさま。 この後もし私が困っていたらその時はあなたが私の事を助ければいい―――でしょ?」


そのハルピュイアは女性でした、そんな傷付いた彼女を瞬時に治してしまった“治癒”の高等魔法―――どうやらリルフィには魔法の心得もあるようです。

それにハルピュイアの女性は自分を救助たすけてくれた人物がエルフだと判ると、自分の事を『卑しい身分の、鳥の獣人である私の為に』と言っていた。

その事にリルフィは眉を曇らせました。

彼女自身やその両親は『差別はしない』―――それは、リルフィの出身である『スゥイルヴァン』の女王陛下が定めた事でもあるから……なのに、旧き慣習は余程に根付いているモノとみえ、だからこそこの鳥の獣人ハルピュイアもそう言わざるを得なかったのではないか―――そう思われたものでしたが、実はリルフィの“懸念”はそれだけではありませんでした。


「(まずいなあ……この罠、のだ―――)」


“幸”なのか“不幸”なのか―――このハルピュイアの女性がかかっていた罠を仕掛けた人物の事をリルフィはよく存知しっていました。

冒険者の中でも『狩猟の女神』『弓の名手』と讃えられている―――【アルテミス】の二ツ名を冠するリルフィもよく知る人物……そんな知人の罠を壊してまで一つの生命を救った……けれど、救った生命は“獣人”―――この時代に於いても“奴隷”にされてしまう程の低俗な種属……そんな生命を救助すくった事に、果たしてリルフィの知人は納得するのでしょうか。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


自分が仕掛けた罠を見回りする【アルテミス】―――その収穫は上々、手早く手慣れた手つきで獲物を捌き、必要な素材を獲得する。

それはまた彼女が優れた一級の冒険者である事を示しており、『狩猟の女神』となぞらえるほどの二ツ名に恥じないモノでした。

ところが―――自分が仕掛けた罠の一つが破壊され、自分の獲物が横獲りされてしまった事を知ると【アルテミス】は少々難しくも険しい表情をしたのです。

確かに、『他人の獲物を横獲りしない』という行為は不文律ではあるものの冒険者同士の間では暗黙の了解ともなっていた…にも拘らず、自分の罠を破壊した者がいる―――実は【アルテミス】にとってはその事自体が彼女の表情を難しくも険しいモノにしていたのです。

そう…一流の冒険者でもある【アルテミス】の罠を―――そうそう破れる者などいない……なのに破った者がいる―――……

それに横獲りされてしまった獲物はハルピュイアである事が瞬時にして判りました。 それだけでなく、罠の破壊までは実に見事な技術……ではあったものの、その後の処理がお座成ざなり―――


「(これは―――私に気付いてほしいという“兆しサイン”なのか……?)全く―――どう言うつもりなんだ……」


【アルテミス】は『ダーク・エルフ』の女性…既出の『エルフ』とは、似ているようで似ていない種属―――けれど彼女は知っていました、自分の罠を破壊した者こそエルフだと、なぜなら…一級の冒険者である【アルテミス】の高度な罠を破壊できる者こそ、たった一人を除いて出来る者などいない事を知っていたから。

すると【アルテミス】は、これまでに得た素材を換金する為か…それとも【アルテミス】自身の知人の“ある祝い”をする為か…はたまたは、今回の首謀者を洗い出すためか――― 一路その足を『マナカクリム』へと向かわせるのでした。


         * * * * * * * * * * *


そして、素材を総て換金し終え、あらかじめ約束していた『待合い喫茶のラウンジ』で待たせていた旧知の友人の真向いの席に座ると…


「待たせたな、リルフィーーー~~~」


何故だか?【アルテミス】が友人の名を呼ぼうとした時、凄まじいプレッシャーが飛んできた―――???そのプレッシャーに屈してしまったかのごとくに【アルテミス】が知人であるリルフィを呼ぶ名が少々間抜けたものとなりました。 しかしそれにはそうせざるを得ない複雑な理由もあったのです。

その事に【アルテミス】は少々呆れた感じで……


「全く君ってヤツは、気難しいモノだなあ?」

「(言うんじゃないよぉお~?)それは、お互い様だよ―――『アグリアス』。」


【アルテミス】本来の名は、『アグリアス』と言いました。

しかしながらリルフィが一流の冒険者である【アルテミス】(アグリアス)と、の友人―――と言うのは……?

それはそれとして―――


「それよりも、まずは『おめでとう』と言っておこうか、一ヶ月間よく生き抜いてこられたな。」

「まあ~ね~~何と言っても、私の血筋……って、がいいらしいから。」

「相変わらずのようだな、それよりも冒険者私達の仲間入りを果たした事―――歓迎しよう、今日は私のおごりだ、好きなだけ頼め。」


ここは―――今や魔界の中心都市ともなっている『マナカクリム』…この大都市を“首都”と定め、数多あまたの種属の坩堝るつぼともなっている魔界一の巨大国家『スゥイルヴァン』、そしてその国家を統治おさむる『女王陛下』のお膝元でもあるのです。

しかし実はリルフィにとってこの都市は少しばかり居心地の悪い処となっていました、それはどうしてなのか……


それは―――


「―――なあリルフィ、一つ聞きたい事があるんだが……」

「ふぁ? ふあひい~?」(もぐもぐ子リスの様な頬

「…まず口に入れているものを呑み込んでから喋れっ!全く……」


彼女はこの“国”で―――この“都市”で―――


「実は……今回の話しなのだがな、私が仕掛けていた罠を回収していた事の出来事だ―――」

「ああ~~へえ~~ふうう~~~ん、な、何が一体あったのかしらねえ~?」(アセアセ)


“超”のつく有名人…………だったから―――???


「あの……もし、もし―――?」

「ふほっ?!はっ…はい―――……って、誰?」

「あの……以前は救助たすけて頂いて、ありがとうございました!」

「助……けた?いや私、あなたの事なんて知らないよ?」

「ああ、恐らくそれは救助たすけて頂いた時には“形態フォーム”を変えていましたから……。」

「“形態フォーム”―――だと?」

「はい、私は『ハルピュイア』の『バルバリシア』と申します。」

「えっ?ハ……ハルピュイア?は~~人型の姿だとそうなるんだ……。」


ダーク・エルフとエルフの女性がその会話に華を咲かせていた時、割って入る様に参加をしてきたのは以前危うい処をリルフィに救われた事のあったあのハルピュイアの女性でした。

けれどハルピュイアの種属としての姿―――頭から生えた2本の“飾り羽”、枝につかまり易いような形状をした“カギ爪”に“脚”、そして両の腕が大空を舞い易い様にと変化をした“翼”……けれども今、自分達の目の前にいるのは人と何ら変わりのない姿をした一人の少女だった……その事にリルフィもすぐさま自分が救助すくったハルピュイアとは気付かなかった―――のは、良かったのですが……


「なるほどな……それに、バルバリシアとか言ったか?ならば君が救助すくわれた経緯とやらを是非とも聞きたいものだなあ~?」(ジロリン☆)


「(えっ、ナニコレ……ヤッヴあ~~い!それにしても何でこんなタイミングで私にお礼をしようとするかなあ―――この子……ああ~~っ……誤魔化しきれるものと思ったのにいぃぃ~~)」


アグリアスは、自身でさえ知らないこのハルピュイアの出現により疑問としていたことが晴れる予感がしていました。

そう、アグリアス自身が先程リルフィから聞き出そうとしていたことが“当事者の一人”の証言によって明るみにされようとしていた……しかもこの事によって見る見るうちに表情が青褪めていく表情に余裕と言うモノが無くなってきたエルフと―――真逆に勝ち誇ったように嬉々とした笑みを浮かべるダーク・エルフ―――


「あ……あのぉ~~アグリアスぅ?どしちゃったかなあ?そんな(卑下した)眼で私を見下みくだすなんてぇ~~」

「いやなに、たった今しがた私が疑問としていたことが晴れたからなあ?」

「あ……あのぉ~~ソレ、どゆ意味かなあ??」(ダラダラ冷汗脂汗

「私が疑問に思い、先程お前から聞き出そうとしていた事とはな…今回どうやら私が設置していた罠を破壊し、かかっていたとみられる獲物を掠め取った不届き者がいたのだ、それに私の罠を破壊出来る者などそうはいない……だからリルフィ、まずお前に訪ねたかったのだよ。」

「(う゛ぃ~~)い―――いやあ……あのぉ……そのぉぉ……だってさあ~~」

「『だって』ぇえ?『だって』何だね―――まさかお前、この私が獣ではない“獣人”を殺処分できる―――等と言う極悪非道人血も涙もないヤツだと思ったのじゃなかろうなあ?」

「(ひいぃ~)そ―――そんな事……」


「あのぉ……その前に―――」

「どうした、バルバリシア―――」

「その……今、ダーク・エルフのあなた様は、その名を『アグリアス』と?確かそのお名前は―――……」




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