第14話
彼が戦場に旅立った次の日にリデルの部屋は本邸に移された。フリードリヒの代わりに執務をこなすためだ。
執務室に入ると残された書類は几帳面に整理され、リデルのために目録まで準備されていた。リデルはそれに目を通し領地の現状把握に努めた。
最初の仕事は彼が途中までやりかけた、領地の冬支度の準備だ。彼とハワードの計算によると、今年は薪が足りないとのこと。
フリードリヒはきちんと申し送りと指示書まで用意していた。
「すごいです。旦那様は、これを戦争が決まってから準備されたのですか」
「ええ、それはもう、この一週間は連日徹夜で残される奥様のためにと、ご準備なさっていました」
心なし「奥様のため」に力を入れて話す。
ハワードは、夫婦が普通に仲良く暮らすことを望んでいるのかもしれない。
彼の言葉の端々からそう感じることがままある。しかし、こればかりはフリードリヒ次第だ。なにせ会えないのだから、距離を詰めることすらできない。
「そうだったのですね。ありがたいことです。でも、また隣国と戦争なのね……」
結婚したという実感もわかないまま夫は遠い戦地に旅立ってしまった。
「はい、残念ながら外交問題がこじれたようです。二年前終結したと思っていたのですが、再び始まってしまいましたね」
ハワードが残念そうに言う。
現在、外交を担当しているのはこの国の第二王子だ。彼はプライドが高く気性が激しいと聞いている。それに臣であるフリードリヒが巻き込まれたのかと思うと暗澹たる気持ちになった。
「旦那様は、お強いお方なので、きっと今回も大丈夫ですよ」
慰めるようにハワードが言う。彼はフリードリヒとは違い、心づかいが細やかだ。この家に来てどれほど救われたことだろう。しかし、執務室にずらりと並んだ使用人たちを見てふと疑問がわいてきた。
「この城には女性の使用人はいないのですか?」
「御入用ならば、別邸から奥様の気に入ったものを連れてきますが」
澄ました顔でハワードが答えるが、これは異様なことだと思う。
「そうね。ドロシーをお願いします。順次メイドを増やしていくつもりですが、かまいませんか?」
「奥様の仰せのままに」
そういってハワードが頭を下げる。
女嫌いか、噂通り男色……。しかし彼は、自分は感情が欠落していると言っていた。
リデルはそこで考えを中断し、まずは目の前の仕事に集中することにした。
帳簿に目を通すと戦争のため、フリードリヒは専属の騎士と領兵を連れている。それから軍備も持ち出しだ。随分とそちらに予算が割かれている。王命ならば戦いに行かないわけにはいかないのだろう。戦争が長引けば、領地の経済を圧迫する。戦争は領地の財政にとても響くものなのだと初めて知った。
しかし、今はしなければならないことがある。
まずはフリードリヒの残した指示書の最優先事項を実行しなければならない。
「薪を仕入れるために、隣のシルノフ領へお願いに行きましょう。できれば明後日までには出発したいのですが」
「まさか、奥様がいらっしゃるおつもりですか?」
驚いたように、ハワードが言う。
「もちろんです。お隣同士、ご挨拶も兼ねてお伺いするつもりです」
「しかし、道中宿もありませんし。こちらの夜は王都と違い冷え込みます。お辛いと思いますが」
戸惑ったように眉尻を下げる。
「大丈夫です。体だけは丈夫ですから、心配しないでください。それからこちらの特産品である毛織物を用意してもらえますか?」
ノースウェラー領唯一の特産品だ。
「毛織物をどうなさるのです?」
「まさか手ぶらというわけにもいかないでしょう?」
ハワードだけでなく他の使用人たちも目を丸くする。
「旦那様は今まで、そのようなことをされたことはありませんが」
「ふふふ、私は領主ではなく、あくまでも代行ですし、新参者ですからお隣にご挨拶も兼ねて。それに何かお願い事をするには手土産は必要ですよ」
何といっても指示書には細かいことはリデルの裁量に任せると書いてあったのだから、これくらい構わないだろう。
◇◇◇
二日後、リデルは薪を仕入れるため、隣の領地へ旅立つこととなった。ことは急を要する。
フリードリヒが前もって用意してくれていた親書を携えて、馬車に乗った。本格的に雪と氷に閉ざされる前にどうにかしなければならない。
彼とは領を守ると約束をしているのだ。
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