第8話 泡沫のユートピア②

 どれほど上っただろう。再び、地面が揺れだした。


「ま、まさか⁉」


 あたしは慌てて踊り場に設置してあった窓を開ける。そこからは、ロケットの発射口が見える。銀色のビルが並ぶ中、不自然に黒い穴がある。

 その穴から、轟音と煙が溢れ出ていた。すると、白く細長いロケットの先端が姿を現した。ロケットはゆっくりと、確実に上昇している。


「発射してる……⁉」


 しかし、聞こえる轟音はそれだけじゃない。他の場所からも、同じようにロケットが飛び立とうとしているのが見えた。ぱっと見ただけじゃ、どれほどの数があるのかわからない。


「だめ……だめだめだめぇ‼」


 窓から離れ、急いで階段を上る。

 もう間に合わない? 既に手遅れ? そうだとしても、あたしは走る。まだ一握りの可能性があるのなら、それに賭ける!

 気が付くと、屋上の扉前まで来ていた。


「ここに、装置が――」


 扉を開ける。すると、物凄い風があたしの体を包んだ。ロケットのエンジンによって発生した風だ。油断すれば、体が浮きそうなほどに強い。


「遅かったじゃないか宮坂小町。もう既に、ロケットは空にあるよ?」


 広い屋上の中央。そこには、大きな黒い装置がある。パラボラアンテナのような見た目で、高さは五メートル以上ありそうだ。

 そんな妨害装置の下で、ガエリオは満面の笑みを浮かべていた。


「どいてください! 今からそれを破壊します!」

「させると思うのかい?」


 ガエリオは、綺麗に整われたスーツの胸元から銀色の拳銃を取り出した。そして、親指で撃鉄を起こさせる。


「君は僕と同類だ。いや、普遍的な人間のさがを背負った者同士だと思うんだよ。誰だって考えたことはあるだろう。自分よりも価値の低い人間なんて、大切にする必要などないってね」

「それは――!」


 しかし、脳裏には先ほどの会話が過ってしまう。カレンさんとスラングの命、どちらも本当に等しいものなのか、と。


「僕は、正しく生きる人間がより良く過ごせる世界を作るんだ。だから、邪魔する必要なんて無いと思うんだけどね?」


 言い返せない。ガエリオの言う通り、あたしの中にも同じようなエゴが渦巻いているんだろう。

 そう頭では理解しても、心は否定する。心はあたしの意思関係無しに、体へと命令を送る。あたしは、走り出していた。


「でも! あなたの身勝手で誰かの自由が奪われるのは、絶対に間違ってるっ‼」

「……そうかい」


 ガエリオは躊躇うことなく、引き金を引いた。その瞬間、右足に痛みが走る。太ももを撃ち抜かれたらしい。血が溢れ出てくる。

 痛い、苦しい。そんな思いが、血液と共に溢れてくる。それでも、あたしは足を止めない。こんな辛い思いよりも、成し遂げたい事があるから。

 ガエリオは、再び発砲するために撃鉄に指を掛ける。でも、そんな事はさせない。


「このっ! 自己ちゅーがぁっ‼」


 思いっきり、全体重を乗せてタックルをかました。ガエリオの懐に確実に当てた。


「くっ⁉」


 あたしのタックルを受け、ガエリオは姿勢を崩す。綺麗に後方へと倒れた。床に体を打ちつけ、その衝撃で拳銃を落とした。

 それをあたしは見逃さない。すぐさま、床を転がる拳銃を蹴り飛ばす。勢いよく飛んだ拳銃は、広い屋上の端まで転がっていった。


「確かに、あたしはあなたの言っていることを否定できる立場じゃない! でも、だからってこんな事していい訳じゃないでしょ!」


 すぐさま時限爆弾を包んでいた紙を引き剥がす。すると、大きな黒い箱が現れた。その中央には、タイマーが付いている。


「人は、誰かと比べて悦に浸るような生き物だけど! それでも、誰かを助けたいって思える生き物でもあるから」


 タイマーを五秒にセットする。そして、爆弾を妨害装置に取り付ける。


「あたしは、人の善意を信じたい! 悪いことをする人間だって、やり直したりできる! 人は何度も間違えて、学んでいく存在だから‼」


 タイマーのスタートボタンを押す。そしてすぐさま、ガエリオの元へ走る。


「あなただって、間違えてもやり直せるはずだから」


 ガエリオの腕を肩に回し、半ば引きずるようにして屋上の出口を目指す。


「やめろっ! 僕の、僕の計画が‼」


 暴れようとするガエリオを無視して、必死に引っ張る。屋上扉の目の前まで来た時、背後で爆発が起きた。衝撃と熱を背中で感じる。


「あぁ……そ、装置が――」


 あたしも振り返り、妨害装置を見る。爆発によりバランスを崩した妨害装置は、ビルの外へと、その体を傾けていた。

 ゆっくり軋んだ音を立てながら、装置はビルから落ちていく。


「ロケットは――⁉」


 装置の破壊を確認した後、あたしは空を見上げる。既にロケット達は、爆音と光を放ちながら、青い空を悠々と飛んでいた。

 ここから見ると、小指の爪ほどの大きさに見えるほど、ロケットは遠くにある。


「もう、間に合わないの……?」


 あんなにもロケットは遠い。撃墜できる高度には既にいないのかもしれない。


「いや、そんな事はなさそうだよ」


 突然扉のほうから声がする。聞き馴染みのある声。あたしはその姿を視界に入れる前に、誰だかわかった。


「カレンさん‼ 無事だったんですね‼」

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