第8話 泡沫のユートピア①

 しかし、この階段が長いこと長いこと。二人して、ぜぇぜぇ言いながら必死に足を動かした。


「あ、あと……どれぐらいですかね?」

「さぁね? 多分まだ地上には到達してないんじゃないかな」

「えぇっ⁉ こんなに上っているのに⁉」


 だけれど、よく考えてみればそうかもしれない。地下深くにあった秘密基地からスタートしているんだ。

 しかも、Gグループ本社のビルもかなりの高さがある。地上まで出ても、さらに上らないといけないという地獄だ。


『発射まで残り一分』

「ほら、休んでいる暇はないよ小町!」


 無慈悲なカウントダウン音声に急かされ、あたしは無理やりにでも階段を上る。

 窓も無く、階数表示もない真っ暗な階段は、自分がどこまで上ったのかさえあやふやになる。いつまでも、この階段が続いているのではないかとさえ錯覚させられてしまう。

 しかしそれでも、いつかは成果というものが見えてくるものだ。


「あ、カレンさん! 明かりが見えますよ!」

「本当だね……もう地上なのかな」


 ようやく地下の世界から脱出できる。ゴールはまだ先なのに、あたしは少し浮かれ気分だった。

 それとは反対に、カレンさんは元気がない。辛そうな表情を浮かべている。そんなに階段が険しかったのだろうか。

 階段は一旦、地上で途切れていた。Gグループ本社ビルの地下室へ続いているであろう階段の踊り場に出たのだ。その階段を上ると、ビル一階の広いエントランスに繋がっていた。


「もしかして、ビルのエレベーター使えませんかね?」


 そう思った時だった。地面が小刻みに震え始めた。だんだんと揺れは大きくなり、地震のように激しくなった。


「この揺れは……⁉」

「多分、ロケットに関連したものだろう。発射まで、あと三十秒!」


 残り時間が少ないとわかっても、こんなに揺れていてはまともに歩くこともできない。近くの壁にもたれかかり、揺れに耐えるしかなかった。

 すると、ビル内の電気が突然消えた。きっと、この揺れのせいだ。


「そんな……エレベーターも使えないなんて!」


 がっかりしながら外を見た。すると、街に異変が起きていた。ビル前は大きな幹線道路が走っている。その向こうには、大きなビル群が遠くまで立ち並んでいる。

 その中で最も奥に見える二つ並んだビルが、横にスライドするように動いていたのだ。


「そうか、あれが計画書にあったロケットの発射口か。でも、あんな所からロケットほどのものが飛び立てば……」


 あたしはその光景を想像する。ロケットエンジンが全力で噴射し、街中から飛び立つ姿を。


「そんな……街が大変なことに!」

「周囲の建物や人を吹き飛ばし、とてつもない被害を出しながら発進するだろうね」


 ガエリオは何を考えているんだろうか。このGシティは、いわばガエリオの王国のようなもの。それすらも破壊して、彼は世界を手に入れようというのか。


「そんなの、身勝手すぎる」


 しばらくすると、揺れが収まった。つまり、ロケットの発射口が開ききったんだ。


「先を急ぎましょう!」


 エレベーターが使えないのなら、階段を上るしかない。屋上へ続く階段に向かうが、カレンさんの足取りは重い。

 流石に心配になり、声をかけようとした時。


「撃てぇっ!」


 突如、銃弾が飛んできた。急いでかいだんの踊り場に向かい、壁越しに敵を確認する。


「こんな所にもバイオソルジャーが……」

「ま、ガエリオの差し金だろうけどね」


 でも、今は戦っている時間は無い。急いで屋上に向かいたいのに。

 すると、カレンさんがあたしの肩を叩いた。


「ここは任せて、小町は先に行きな」


 二丁の拳銃を取り出し、カレンさんはニコッと笑った。

 しかし、敵の足止めぐらいならあたしにだってできる。確実に妨害装置を破壊するなら、あたしよりカレンさんの方が適任だ。


「でも――」


 と言いかけて、気づいてしまった。


「カレンさん、血……血が‼」


 スラングの攻撃を受けた肩から、再び血が染み出していた。階段を駆け上がったから、傷口が開いてしまったんだ。


「見ての通り、私はお荷物にしかならない。敵は私が引き受けるから、小町は装置を頼むよ」


 笑顔につとめているカレンさんだが、その表情は少し苦し気に見える。

 いくら百戦錬磨のカレンさんと言えど、この怪我でバイオソルジャー数人を相手にするなんて無茶にもほどがある。

 最悪、ここでお別れになるかもしれない……。


「そ、そんな……カレンさん……」


 あたしの心中を察したのだろうか。笑顔から一転、眉間に皺を寄せ、目を見開いて大声で言った。


「行くんだ小町! お前が世界を守るんだよ‼」


 鬼気迫る雰囲気に、あたしは走り出すしかなかった。

 銃声を背に受け、振り向くことなく階段を駆け上がる。

 カレンさんは、あたしに全てを託したんだ。それだけじゃない。レーナさんやファルネーゼさん、リンちゃんからだって託されてるんだ。

 小脇に抱えた爆弾をぐっと抱きしめる。重い。期待や信頼、今まで培ってきたもの全てがこの中に詰まっているような気さえする。

 あたしはただ、無我夢中で足を動かし続けるしかなかった。

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