第7話 命の価値④

 吐き気がする。こんな人間とあたしは、同類だって言うのだろうか。ガエリオに抱いていた黒いものが、あたしの中にもあるのだろうか。そう考えると、冷汗が止まらない。

 それでもあたしは、なんとか口を開く。これだけは、言いたい。


「……でも、あなたは間違っている」

「何が間違いだって言うんだい? 僕が行う事は、正義なんだ」


 ガエリオの言葉を聞いた瞬間、カレンさんが拳銃を撃った。銃口は、天井を向いていた。


「選民思想を語る奴が、正義を語るなよ。ガエリオ、あんたがやろうとしている事はただの虐殺だろう」


 カレンさんの瞳は、怖いほど鋭かった。しかし、その視線にガエリオは怯える様子もない。


「うむ、それは間違いないね。Gプロジェクトの『G』は『ジェノサイド』からきているからね」

「平然と語るなっ!」


 そう言って銃を撃ったのは、レーナさんだった。しかし、銃弾はガエリオには届かなかった。銃弾が何かに弾かれたのだ。ガエリオの机の周りを、見えない何かが覆っているように感じた。


「バリアーがしっかり作動してくれて良かったよ。開発チームには感謝しないと」


 その時、全てのパソコンから一斉に音声が流れた。


『ロケット発射の準備完了。これより最終チェックを開始。終了次第、発射カウントダウンに移行します』

「しまった! ロケットが発射する⁉」


 このままじゃ、バイオソルジャーが各国へ送られてしまう。ガエリオの、人類選別が始まってしまうんだ。


「小町、なんとしても止めるんだ!」

「は、はいっ!」


 あたしは近くのパソコンを操作し始める。


「わたし達もやるよ!」


 レーナさん達も、それぞれパソコンを操作する。


「ガエリオ、あんたは私が捕まえる。償うべき罪を全部背負わせて、独房へ送ってあげるよ」


 カレンさんはガエリオに向かって走り出した。

 でも、カレンさんの背中ばかり見ていられない。何とかして、ロケットを止めるんだ。

 色々と操作をしてみる。しかし、まったく止め方がわからない。意味の分からない単語が画面いっぱいに広がっている。


「奴らを止めろ!」


 突然、部屋の扉から物々しい声がした。量産タイプのバイオソルジャーだ。基地に残っていた者達だろうか。一番嫌なタイミングで登場してきた。


「全員、応戦!」


 レーナさん達が、敵の足止めに動き始めた。あたしも動きたかったけれど、それでは誰もロケットを止める人がいなくなってしまう。


「くそーっ! どうすれば止まるの⁉」


 一か八か、手あたり次第に操作してみる。しかし、特に変化は起きない。

 焦るあたし達を嘲笑うかのように、スピーカーから再び音声が流れる。


『最終チェック終了。これより、発射カウントダウンを開始します』


 そう告げると共に、パソコンの画面に数字が並ぶ。どうやら、三分のカウントダウンがあるようだ。この数字がゼロになった時、ロケットは発射される……。


「はははっ、君には無理だよ。ロケットは飛ぶ。そして、世界は僕が手に入れるんだ」

「そうなる前に、止める方法を吐かせてあげるよ!」


 カレンさんは走る。ガエリオの周りがバリアーで覆われているのなら、その内側に入り込むしかない。

 しかし、それはガエリオも承知の事だった。


「そう上手くいくかな?」


 胸元から拳銃を取り出すと、カレンさんを狙って撃ち始めた。

 咄嗟に近くの机に身を隠すカレンさん。


「無様だね橘。君はそうやって僕にひざまずくしかないのさ」


 少しでも顔を出せば、ガエリオは引き金を引いた。

 カレンさんは動けない。レーナさん達は応戦するのに手いっぱいな様子だ。今ロケットを止められるかは、あたしにかかっている。


「でも、どうすればいいかわかんないよ……」


 その時、一瞬で視界が真っ暗になった。あたしが絶望したからじゃない。この場にいる全員が、この暗闇に飲まれたんだ。


「な、何が起きたんだ⁉」

「うろたえるなっ!」

「攻撃を続けろ!」


 突然の出来事に、敵味方関係なく動揺が広がっている。かく言うあたしも、半ばパニック状態だった。


「パソコンが切れた⁉ これじゃ、どうやってロケット止めるんですかぁ‼」


 しかし、カレンさんの呟きであたし達は落ち着きを取り戻せた。


「そうか、マリー達がやってくれたんだ」


 別で動いていたファルネーゼさん達が、この施設の中枢でもあるPCルームを止めてくれたんだ。

 この制御室は、あくまでロケットを管理するもの。しかし、ファルネーゼさん達が行ったのは、この施設全てのコンピューター系のものを管理する部屋だ。そこが止まれば、必然的にロケットも止められる。

 つまり、ロケットの発射は阻止できたんだ。


「ほぅ……。予想以上にやるようだね。でも、これで終わりではない」


 ガエリオのどこか自信に満ちた声が聞こえる。ロケットが止まったというのに、まったくうろたえるような様子もない。どういう事だろうか。

 しかし、その答えはすぐにわかった。

 突然、パソコンの画面が映った。眩しいモニターに目をやると、ロケット発射のカウントダウンは止まっていなかった。


「うそ、なんで? ロケットは発射できないはずなんじゃ……」

「対策を取っておいて正解だったよ。この基地のコンピューター系統がダメになった時の為に、外部に制御が移るように仕組んでおいたのさ」


 つまり、ロケットはこのままでは発射する。


「ど、どうすれば……。本当に、ロケットは止められるんですか……」


 外部に制御が移ったという事は、もうここでできる事は何もない。ガエリオの言う外部とは、いったいどこなのか。そこを止めないと、ロケットは止められない。

 でも、圧倒的に時間が足りない。もう既にカウントは残り二分を切ろうとしている。


「万策尽きた、か」


 カレンさんは机に背を預け、俯いている。カレンさんでも、もう打つ手はないらしい。これ以上、何もできないのだ。あたし達は、負けた。

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