第7話 命の価値③

「これで、あなたの計画も終わりだね。イシュール・ガエリオ社長さん」


 カレンさんは肩に刺さった剣を引き抜きながら、最上段でいまだにふんぞり返るガエリオを見上げた。

 あたしは慌ててカレンさんに駆け寄る。血が溢れる傷口を押さえ、簡単な手当てをする。


「見事だったよ。特に、橘カレン。君の活躍が以前から悩みの種だった。僕の計画をことごとく邪魔してくれたからね」

「そして、その計画も私達の手でおじゃん。有名社長さんの経歴に残る、数少ない傷になれて嬉しいですねぇ」


 すると、ガエリオは何かを納得したようにフフッと笑った。


「そうだね、僕にもたくさん落ち度はあった。もう少し、テトラポットの人員は考えるべきだったかもしれない。やっぱりゴミの寄せ集めじゃ、出せる結果も限られているという事だ」


 そう言いながら、スラングに視線を送った。すると、スラングは急に青ざめ始めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ旦那! オレはまだ暴れられる! あんたにとっても、まだ利用価値のある存在だろ⁉」

「いや、必要ない。スラング君を選んだのは、最初から間違いだったよ。君ほどの気性の荒い暴れ馬を乗りこなすのは、一流のジョッキーでも難しかっただろうからね」


 ガエリオは呆れたようなため息をつき、ポケットからリモコンのようなものを取り出した。それをスラングに向ける。


「ご苦労様、もう君は楽になると良い」

「や……やめろ、やめてくれぇ‼」


 必死の形相で訴えるスラング。しかし、ガエリオはそれを無視し、リモコンのボタンを押した。

 すると、スラングの首の後ろについていた装置からピピッと電子音がした。それと同時に、スラングの体が大きく跳ねた。まるで、電気ショックでも与えたかのような様だった。


「ガエリオ、いったい何をしたんだい?」


 異様な光景に、カレンさんはガエリオを睨みつけた。


「ゴミの処分さ。原理は、そこの彼女達が持ってきた銃弾と同じだろうね」


 ガエリオはレーナさんを指差して、そう言った。

 同じ原理? そこで脳裏を過ったのは、泡に変わっていくバイオソルジャーの姿だった。


「――ぁがっ‼ ぐぅ……が、ぁぁっ⁉」


 スラングは藻掻き苦しみながら、みるみるうちに泡へと変化していく。十秒ほどで、完全に泡と化してしまった。


「元々、外部に情報が漏れないようにするための装置だったんだよ。まぁ、いつでも消されてしまうという恐怖感が、良い塩梅にテトラポットのメンバーに働きかけてくれた。お陰で扱いやすい存在だった。上手く使えるかは、別問題としてね」


 一人の命が消えたというのに悪びれる事もなく、さも当然のように語るガエリオ。スラングをはじめとしたバイオソルジャーなど、自身の使う道具としか見ていないようだった。


「許せない……。散々、沢山の人の命をもてあそんで、なんでそんなにヘラヘラしてられるんですか⁉」


 あたしの怒りは、抑えられないほどに燃え上がっていた。これまで、様々な人を巻き込みながら、こんな計画を進めていた男の平気そうな態度が許せない。


「ひとつ、いいことを教えよう。『人の命は平等だ』なんて言葉があるが、僕はそうは思わない。命の価値は、明確に存在するんだよ」


 椅子から立ち上がり、ガエリオは両手を広げた。まるで、王が民に語るような横柄な姿だった。


「例えば、さっき消えてしまったスラング君。彼は多くの殺人を犯し、盗みを働き、暴力の限りを尽くしてきた男だ。一方、宮坂小町の上司である橘カレン。彼女は警官として街の治安を守り、探偵となった今でも誰かの為に働いている。罪に汚れた男の命と、気高く生きる女の命が平等だと本当に思うのかね?」


 ガエリオが、そう問いかけてくる。あたしは言い返そうとして、言葉に詰まった。何とか言ってやりたいけれど、なんて言えばいいのかわからない。


「咄嗟に答えられないというのは、心の奥底では命に価値を付けてしまっているという事なんだよ。宮坂君、君は命というものに上下があると思っているんだ」

「そ、それは……っ!」


 否定、できなかった。あたしは、真っ当に生きる人と罪人の命の価値を決めつけてしまっていたんだ。無意識に、優劣を決めてしまっていた。それに気づいた途端、膝に力が入らなくなってしまった。思わずしゃがみ込んでしまう。


「いいんだよ、宮坂君。人という生き物は、そうやって優劣をつけて生きているものなんだ。じゃあ、それはなぜか? 答えは簡単さ。自分に有益な存在かどうかを判断するためだよ」


 そう言うと、ガエリオは目の前のパソコンを操作した。すると、この部屋にある全てのモニター画面が切り替わる。

 そこには、グラフが映っていた。よく見てみると、これは世界人口の推移を表したものらしい。


「知っての通り、人類という種は増え続ける一方だ。これでは、様々な問題も発生してくる。僕は、それによって人類の質が落ちる事を危険視しているんだよ。食糧危機や貧困問題、それらが引き起こすのは犯罪などの野蛮な行為だ。高潔な人類は、猿にまで落ちるだろう。だから、このままではダメなんだ!」


 突然、ガエリオがテーブルを叩いた。必然的に、全員の視線がガエリオに集まる。


「誰かが人類を導き、管理するしかない。スラムで生きるような汚らしい人間は排除し、社会へ貢献するような人間を残す。優れた人間を選び、効率的に間引くことで、人類の気高さは守られる。僕がしたい事は、そういう素晴らしいことなんだよ」


 言いたい事を言えたからか、ガエリオの表情は晴れやかだった。


「僕は全ての命が平等だとは思わない。価値のあるものを選び、ないものは消す。君が心の中でやっていることを、僕は実際に実行するだけなんだよ。ほら、人類の未来は明るいだろう?」

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