第7話 命の価値②

「今ならっ!」


 ショットガンを撃つ。勢いよく飛び出した散弾が、スラングを狙って進み続ける。

 しかし、攻撃は当たらなかった。まるで背中に目でも付いているように、こちらを見もしないで避けたのだ。


「残念だったな。殺気が駄々洩れなんだよ」


 ギロッとした目で、スラングがあたしを見る。まるで虫でも見るような、あたしのことなど気に留める価値もないと言いたげな瞳をしていた。

 本能的に感じる。あいつは、自分よりも間違いなく格上の存在だという事を。


「小町、手を出すな! こいつは私が仕留める、絶対にね」


 カレンさんが強い口調でそう言う。でも、カレンさんだけで勝てる相手とも思えなかった。言い返そうと口を開くが、カレンさんの言葉がそれを止めた。


「ここは私に任せて、小町は早くロケットを止めるんだ」


 そこであたしはハッとした。そうだ、一番の目標は敵の計画阻止だ。ここで止められなければ、世界中が危ない。


「わかりました、やってみます!」


 あたしはカレンさんとスラングに背を向け、レーナさん達と合流する。

 敵は制御系を死守するために、機材の周りを固めていた。それを破ろうと、レーナさんの部隊が交戦している。あたしも、それに助力するためにショットガンを構える。

 相手もこちらも、障害物を盾にしながら撃ち合っている。こうなると、なかなか敵を倒すのに時間が掛かってしまう。

 その間にも、カレンさんとスラングの戦闘音が聞こえてくる。


「フィの仇、取らせてもらう!」


 畳みかけるように、カレンさんの拳銃が連続で発砲する。しかし、甲高い金属音が鳴り響いた。スラングの剣が、銃弾を弾いたようだ。


「悪いが、いちいち殺した奴の名前なんて覚えてないんだよな。誰だ、そいつは?」

「ふざけるなよ……お前が捕まった、あの時に殺された女性警官だ!」

「あぁいたな、そんな女」


 スラングはカレンさんへと一気に接近する。


「ってことは、お前はあの時いた警官の一人か」


 躊躇なく振り下ろされるスラングの剣を、カレンさんが両方の拳銃で受け止める。再び甲高い金属音が鼓膜を震わせた。


「ようやく思い出したみたいだね。そして、これからは嫌でも思い出したくなくなるさ!」


 剣を弾き、カレンさんはスラングの腹部に蹴りを入れる。打ち所が悪かったのか、スラングは小さな声で呻いた。


「私は、この日の為に探偵を続けてきた!」


 続けて拳銃が火を噴く。至近距離の攻撃に、スラングは避けようがなかった。銃弾は確実に命中した。


「それは……ご苦労なこったなぁっ‼」


 しかし、スラングは怯まない。剣を横薙ぎに振る。

 上体を逸らし、なんとか避けようとするカレンさん。だが、剣先がカレンさんの頬を掠める。白い頬に、赤い直線ができる。


「あれからオレも退屈な日々を過ごす事になっちまったよ。テメェら警官のせいでな! その分の鬱憤、お前で晴らさせてもらうぜ!」


 今度は、スラングが畳みかける番だった。素早い剣捌きで、一切隙を与えない攻撃が続く。必死に避けるカレンさんだが、次第に攻撃はその体を捉えていった。

 剣先が肩に触れ、ももに触れ、胸元を掠める。


「ほらどうした⁉ もっと必死になって避けてみろよ!」


 ハハハハハッ、と狂気じみた笑い声を上げながら、スラングが剣を振り続ける。その攻撃は、着々とカレンさんの皮膚を切り裂いていった。


「カレンさんっ!」


 あまりの光景に、あたしは見ていられなかった。助けに向かうために立ち上がる。


「来るな!」


 その声に、あたしは固まってしまう。今まで見たことのない形相で、カレンさんがそう叫んだからだ。

 しかしその瞬間、スラングの剣がカレンさんの右肩を貫いた。


「――ぁっ⁉」


 言葉にならない声が漏れ出てしまう。顔中から血の気が引いた。

 肩の根本を、剣が貫通している。背中側に突き出た剣先から、真っ赤な血が滴り落ちている。


「残念だったな。テメェの復讐ごっこも、これでお終いだ」


 ニヤリと笑うスラングと同時に、カレンさんの口元もニヤリとした。


「小町、これは所長命令だ。お前は発射を阻止するんだ。そして、世界を救え。私は、レーナちゃんにカッコいいところを見せて……甘いキッスを貰うからね」


 カレンさんは、突き刺さっている剣を刃ごと掴んだ。手から滴る鮮血を気にもせず、がっちりと掴む。


「最期の覚悟ができたってか?」

「いや、その必要はないね。覚悟をするのはお前だ」


 もう片方の手を、スラングへ真っすぐ伸ばす。その手には拳銃が握られている。銃口はスラングのみぞおちに向けられていた。

 そして、撃つ。撃つ。撃つ。

 対バイオソルジャー用特効弾は、スラングの体を貫通した。


「ぐっ――⁉」


 流石のスラングも、これは致命的なダメージだった。剣を手から離し、腹の傷を抑える。血を吐きながらむせ返り、その場に倒れ込んだ。


「痛いかい? 苦しいかい? でも、私はお前を殺しはしない」


 苦しそうに藻掻くスラングを見下ろしながら、カレンさんは冷たい表情を向けていた。


「な、何故だ……殺せ、殺せよ!」


 歯を食いしばりながら、スラングが顔を上げる。それでも、カレンさんは表情一つ変えなかった。


「フィは、優しい子だった。どんな悪人に対しても、情に訴えかけるような優しさがあった。そんなフィが、自分の敵討ちだったとしても人殺しは喜ばないだろうからね」


 すると、カレンさんはニコッと笑った。と思ったら次の瞬間、スラングを蹴り飛ばした。


「まぁ、私はフィほど優しくはない。だから、死よりも辛い痛みと共に、その身で罪を償ってもらう」


 容赦のない一言だった。


「流石カレンね。こっちも負けていられないわ」


 レーナさんは、膠着こうちゃく状態を解決すべく何かを取り出した。


「全員、目を閉じて!」


 そう言いながら、レーナさんは小さな筒状の物を相手に投げつけた。

 あたしは慌てて目を閉じる。おおよそ何が起きるのか予想がついたからだ。

 その瞬間、目を閉じていてもわかるほどの光を感じた。すると、敵陣営から悲鳴混じりの声が上がった。

 レーナさんが使用したのは、強烈な光を発するグレネードだったようだ。


「全員、前進!」


 その一声で、あたし達は物陰から飛び出す。混乱している敵を、ここで一気に叩く。

 立て続けに銃声が鳴り響く。激しい銃撃が一分ほど続いた。相手は反撃する暇も無く、一方的に撃たれるばかりだった。

 あっという間に、敵陣を制圧することに成功したのだ。

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