第7話 命の価値①

 壁が爆発したことにより、沢山の破片が飛んできた。あたしは大丈夫だったけど、カレンさんは無事だろうか。

 そう思いながら周囲を見渡す。すると、壁にできた大穴から人影が出てきた。部屋の照明が完全に消えているから、ハッキリとその姿は見えない。


「クソっ! 何なのよ一体⁉」


 遠くの瓦礫の山から、シェミーが顔を出した。周りの瓦礫を雑にどかしながら、壁から出てきた連中を見つけたようだ。


「わたくしのお気に入りの服が台無しじゃないの! 誰であろうと、ぶっ殺してあげるわ!」


 敵の正体を確認することもなく、シェミーはいきなり撃ち始めた。


「各自、散開!」


 すると、人影達はいきなりの攻撃に臆することなく、素早く動いて銃撃を避けた。


「小町、無事かい?」

「うわっ⁉ ――って、カレンさん! 驚かせないでくださいよ」


 突然、背後から声をかけられたと思ったら、塵を被って汚れたカレンさんだった。


「そんなお化けみたいな扱いは悲しいねぇ」

「それより、あれはいったい?」


 あたしは、散らばっていく人影に視線を送る。

 人影達は、上手く障害物に身を隠しながら移動をしていた。素人の動きには見えない。


「なんなのよ、ちょこまかと!」


 シェミーは、複数の敵に戸惑っているようだった。物陰から飛び出した人影を、見つけ次第撃っている。しかし、銃弾はいずれも命中していないようだった。


「よし、撃て」


 その掛け声で、物陰に潜んでいた人影達は、一斉にシェミーを狙って射撃を開始した。シェミーを見事に囲むように展開した人影達。あちこちから狙い撃たれ、さすがのシェミーも回避するので精一杯な様子だ。


「今の声は……」


 なにやら、カレンさんが呟いている。しかし、それもシェミーの悲鳴にかき消された。


「くっ……! 痛い! なにこれ、痛いんだけど‼」


 銃弾が命中したようだ。それにしても、カレンさんが撃った時と反応が違う気がする。今のシェミーの悲鳴は、何か生命的な危機感を感じさせる叫びだった。


「撃て、撃ち続けろ」


 シェミーが苦しむ中、攻撃は弱まるどころか、強くなる一方だった。次々と、銃弾が撃ち込まれていく。

 次第に、シェミーは避ける事も出来ないほど消耗していった。


「いや、嫌よ……! 痛い、苦しいぃ‼」


 シェミーは倒れ込むと、何度もむせ返した。起き上がろうとするけれども、手足に力が入らないのか、何度もよろめいて倒れてしまう。


「わたくし、死ぬの……? バイオソルジャーなのに、わたくし……! 嫌だ、嫌だ」


 だんだんと弱っていく姿は、愚かにも悲しくも見える。


「まさか、バイオソルジャーを倒せるんですか……」


 あまりにも驚きの光景に、あたしは開いた口が塞がらなかった。

 しばらく藻掻いていたシェミーだったが、だんだん動きが鈍くなり、遂には動かなくなってしまった。

 そして、体が泡立ちはじめ、数秒で完全な泡に変わってしまった。


「隊長、効き目は間違いありません!」


 一人の人影が嬉しそうに報告している。


「どうやら、上手くいったみたいね」


 隊長と呼ばれた人物も、満足そうに頷いているように見えた。

 その様子を物陰から見ていると、突然カレンさんが立ち上がった。


「ちょっと、カレンさん⁉」


 正体もわからない人達がいる中で、身をさらすなんて何を考えているんだろうか。もしかしたらあたし達も撃たれて、同じように泡にされてしまうかもしれないのに。


「まさか、こんな場所で君に会えるなんてね」


 カレンさんは、隊長と呼ばれた人物に声をかけているようだった。

 突然現れたカレンさんに、人影達は銃を向けた。不味い、撃たれる! そう思ったが、隊長と呼ばれる人物は射撃の命令を出さなかった。


「やっぱり、ここにいたのねカレン♪」


 この声、聞き覚えがある。というか、聞き覚えしかない。


「も、もしかして……」

「やぁ、愛しのレーナちゃん」


 カレンさんがウィンクで挨拶した。


「え、うそ、レーナさん?」


 あたしも思わず立ち上がる。暗がりの中、薄ぼんやりと浮かぶ顔。それは、キャバ嬢として働きながらも、情報屋の顔を持つレーナさんだった。


「これだけ暗いのに、よくわたしだってわかったわね?」

「愛する女の麗しい声を忘れるなんて、ありえないだろう?」


 得意気に笑うカレンさん。今の話が冗談とは思えない。


「それにしても、隊長ってどういうことですか?」


 ひとまずカレンさんは放っておいて、あたしは気になることを聞いてみた。


「説明したいのは山々だけど、頭を下げた方がいいんじゃない助手ちゃん?」


 どういう事だろう。何か謝ることでもあっただろうか。なんて思っていたら、カレンさんに頭頂部を掴まれた。そして、地面に叩きつけそうな勢いで頭を下げられる。


「ちょちょちょっと⁉」


 思わず目を瞑った途端、頭上を何かが通過した。その感覚と共に、銃声が聞こえた。


「相手を一人忘れていないかい?」


 カレンさんの言葉にハッとする。そうだ、まだゴウがいる。そこにはバイオソルジャーが残っている。


「各自、散開!」


 レーナさんはそう命令すると、身を屈めながらこちらに歩いてきた。


「まず二人には、謝らないといけないわね。わたし、キャバ嬢でも情報屋でもないの」

「え、そうなんですか?」

「どこの世界に、敵基地に乗り込むキャバ嬢がいるんだい?」


 カレンさんが冷静にツッコミを入れる。


「じゃあカレンさんは何だと思うんですか?」


 すると、カレンさんはレーナさんの腕を指差した。いつもの薄着とは違う、レンジャー服の袖に付いているワッペンを示しているらしい。


「これは、大陸の特殊部隊のものだ。つまり、レーナちゃんは軍人って事だろう?」

「流石の洞察力ねカレン」


 レーナさんがにっこりと笑う中、頭上を銃弾が掠めて飛んで行く。正直、生きた心地がしないんですけど。


「そう、わたしは海の向こうから来たの。この街を仕切るGグループを監視するために。簡単に言えば、スパイってことね☆」


 得意気にウィンクをする、大陸のスパイさん。

 という事は、大陸側はGグループの悪巧みについて薄々気が付いていたという訳か。


「そうか、だから私達がハウセンさんのデータ端末を見せた時驚いたんだね」

「うん。あれは、わたしとは別で動いていたチームの物なの。そのチームは行方不明になっていたから、諦めてたんだけど。でも、カレン達が持ってきてくれてわかった。内部の人間に接触して、情報を持ち出せたんだってね」


 確かに、レーナさんは言っていた。あの情報端末は、街の外で作られた物だと。そして、情報を読み取る機器は数が少ないとも。つまり、レーナさん達スパイチーム専用の端末だったんだ。


「そして内部のデータを読み取って、連中の計画が分かったから、急ピッチでこっちも動かざるを得なくなったってこと」


 そう言うと、レーナさんは自身の持っている銃を見せてきた。特に外観は何の変哲もない銃なのだが。


「あの情報のお陰で、対バイオソルジャー用の特効弾が用意できたわ」

「特効弾⁉」


 確かに、あれほどまで攻撃を受けつけなかったシェミーが、レーナさん達の銃撃だけは通用した。そこには、そんなからくりがあったとは。


「なるほど、これならバイオソルジャーとも渡り合えるんだね」

「っていっても、さっきのでぶっつけ本番だったんだけどね」


 かなり危ない綱渡りだったらしい。でも、お陰であたし達の命は助かったんだ。まだ敵は残っているけれども。


「これ、使って。二人の持ってる物にも対応してると思うから」


 そう言って渡してきたのは、拳銃とショットガンの弾だった。これが、バイオソルジャー用の特効弾なんだろう。


「ありがとう。有難く使わせてもらうよ」

「数が少ないんだから、無駄撃ちしちゃダメよ二人とも」


 そう言いながら、レーナさんは周りを見渡す。どうやら、部下の配置を確認しているらしい。


「よし、撃て」


 レーナさんの号令と共に、あちこちから発砲音がし始めた。


「チッ、こいつらプロか」


 ゴウの舌打ちが遠くから聞こえる。

 現在、こちらが数的有利だ。ここで一気に押し切りたい。そう考えているのは、カレンさんも同じらしかった。


「手を貸すよ。いくら軍人だからって、レーナちゃんの手を血で汚す訳にはいかない」

「ありがと。まぁ、もう返り血でベトベトな人生だけどね」


 サラっと恐ろしいことを言った気がするが、それを無視してあたし達は弾を込める。先ほど貰った特効弾だ。これなら、ゴウの体にも通用するはずだ。

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