第6話 突入!①

 バイオソルジャーと戦うのに、拳銃だけでは火力不足だった。そう言う訳で、あたしはレーナさんから購入したショットガンを持ってきた。カレンさんも、自前のライフル銃を装備している。他にも、ファルネーゼさん達から手榴弾を数個ほど譲ってもらった。


「なぁ、橘。本当にこのルートで合っているのか?」


 万全の武装で、あたし達はGグループ本社に向かっていたのだけれど。


「情報によれば、こっちに通路があるらしい」

「でもカレンさん、この方角は本社と真逆ですよね?」


 ハウセンさんのデータには、Gプロジェクトをメインに進めている地下ブロックへのルートが入っていた。その地下ブロックは、本社の真下にあるらしい。


「こんな所に、本当に通路があるのか?」


 ファルネーゼさんもあたしも、不安になっていた。あまりにも、方角が違いすぎる。騙されているんじゃないか、とさえ思ってしまう。


「大丈夫、安心しなさいな。この街を発展させたのは他でもない、Gグループだ。なら、街の至る所に秘密の通路があったっておかしくはないだろう?」


 確かに、これほどの力を持った組織だ。秘密の通路を用意している可能性もある。


「情報によれば……。あった、あそこだね」


 そう言ってカレンさんが指差したのは、公園の公衆トイレだった。


「やっぱり騙されてないか?」

「疑う前に、自分で探したらどうだいマリー?」

「はいはい、わかったよ」


 ため息混じりに、ファルネーゼさんは仲間達に指示を出した。そして、トイレの調査が始まった。

 しかし、なかなかそれらしい入り口は見当たらない。数十分ほど探したが成果はなかった。


「おかしいなぁ」


 頬を掻きながら、カレンさんは内部を見渡す。そんなに大きなトイレではない。女子トイレは二つ。男子も、小便器一つに個室二つだけだ。

 考えながら歩き回っていると、カレンさんが掃除道具入れを前に立ち止まった。


「誰か、このモップを動かしたかい?」


 その問いに、誰も返事をしない。つまり、誰も触っていないんだ。


「このモップの周りだけ、埃が付いていない。だから、最近誰かが触れたんだ……」


 そう言うと、カレンさんは道具入れを隅々まで見渡す。そして、蛇口から水がポタポタと垂れている流し台に注目し始めた。


「まさか……」


 そう言うと、流し台の淵に手を掛け、横へと引っ張り始めた。すると、鈍い音と共に流し台がスライドし始めた。


「見つけた。どうやらここらしいね」


 流し台の奥には、地下へと伸びる梯子はしごが掛かっていた。


「なんて古風なギミックなんだ……」


 ファルネーゼさんは感心を通り越し、呆れた表情で地下を覗き込んでいた。


「さて、善は急げだ。移動しよう」


 あたし達は順番に、梯子を降りて行く。トイレの地下にある通路なんて、かなりじめじめしていそうだと思ったのだが。


「意外と中は綺麗だな」

「ですよね。臭いとかも気にならないですし」


 イメージは下水道だったが、全然そんな雰囲気はなかった。

 梯子を降り終えると、人が二人並んで歩けるほどの通路に出た。一面コンクリートの壁に、真っすぐ伸びる通路。天井に設置された蛍光灯が、等間隔に床を照らしている。決して明るい訳ではないが、歩くのに支障はない程度に配置されていた。


「もし、挟み撃ちにされたら終わりだな」


 通路の前後を見渡しながら、ファルネーゼさんは冷静に分析している。確かに、通路には障害物が何もない。真っすぐな道があるだけだ。


「そうなる前に移動しようか」


 カレンさんは躊躇うことなく、通路を歩き始めた。あたし達も遅れないように、すぐ後ろを付いて行く。

 いつ敵が飛び出してきてもいいように、拳銃を取り出しておく。これほど視界がハッキリしていて障害物も無いなら、先に敵を察知したほうが圧倒的に有利だ。気を張りながら、あたしは通路を進む。

 しかし、結局敵が現れる事は無かった。その前に、通路が終わりを迎えたからだ。


「いかにもって扉ですね……」


 重々しい鉄扉が、通路を塞いでいた。扉には一言『危険』とだけ書いてある。扉のすぐ傍の壁には、開閉用のスイッチらしいものがあった。


「これで開くんですかね」


 スイッチに手を伸ばそうとすると――。


「待つんだ小町」


 その手を、カレンさんに掴まれる。


「きっと、これはトラップだね。あまりにもセキュリティが低すぎる」


 そう言うと、カレンさんは周りを見渡し始めた。


「確かに、このスイッチで開閉は安直な感じだな。もう少し、小細工を仕掛けてきそうなものだ」


 何か周りにないか、ファルネーゼさん達も探し始める。あたしも一緒に探すことにした。こういったギミックは、探偵ものにつきものな印象だ。なんだかテンションが上がってきた気がする。

 鉄扉と、開閉スイッチ。それ以外には、特に何も見当たらない。ただコンクリートの壁があるだけだ。なら、きっと壁の中に何かが隠されているはず。定番な隠し方だ。

 近くの壁をノックする。何ら変哲もない、コンクリートの固い音がする。ついでに指も痛い。しかし、あたしはめげない。立て続けに、他の個所もノックする。静かな通路に、ノック音が何度もこだまする。

 しばらくすると、一か所だけ軽い音がする壁があった。


「カレンさん、これって!」

「あぁ、間違いない。その奥は空洞になっていそうだね」


 ダメもとで探していたが、どうやらあたしの予想は当たったらしい。カレンさんもその壁をノックして、空洞があることを確かめていた。

 しかし、奥が空洞だとしてもどうやって開けるのだろうか。灰色の壁には、特に目立ったものはない。強いて言うなら、多少凹凸があるだけだ。


「ん? この凹凸って……」


 一か所だけ、やけに深いへこみがある。まるで、指をひっかけられそうな感じだ。思うままに、指をひっかけて引っ張る。すると、文庫本程度の大きさの小さな扉が開いた。


「でかした、小町」


 カレンさんに、頭をわしゃわしゃと撫でられた。扱いがまるで犬のようだ。

 気を取り直して、開いた個所を見てみる。内部には、テンキーとICカードの読み取り機が入っていた。


「やっぱり、これで開けるらしいな。それにしても、どうやって開けたもんか……」


 ファルネーゼさんの言う通り、開け方はわかっても開けようがない。パスコードも、開錠用のカードも持ち合わせていないのだから。

 しかし、カレンさんの表情はあんまり深刻そうではない。何か術があるんだろうか。


「もしかしたら、何かわかるかもしれないね」


 そう言いながら、カレンさんはポケットからスマホを取り出した。


「そうか、あのデータか」


 ファルネーゼさんは画面を覗き込みながら、納得したように頷いた。きっと、ハウセンさんが残したデータの事だ。その中に、ここのパスコードがあるのかもしれない。


「でも、カードがないですよね? 見た感じ、カードとパスコードの二段階認証みたいですけど……」


 あたしの疑問にも、カレンさんは不敵な笑みで答える。


「きっと、これが使えるはずだよ」


 そう言って取り出したのは、ハウセンさんの社員証だった。


「い、いつの間に……⁉」

「データ端末を受け取った時、一緒に渡されたのさ。こういう時のためだった訳だ」


 社員証を読み取り機にかざすと、ピッという電子音が鳴った。この様子を見るに、どうやら使用できるらしい。


「脱走者のパスカードがまだ生きてるなんて、随分と荒い警備だな」

「そう言うなよマリー。お陰で私達はここを通れるんだからさ。おっと、この番号がそれらしいねぇ」


 スマホとテンキーを交互に見ながら、パスコードを打ち込むカレンさん。コードを入力し終え、エンターキーを押す。すると、再び電子音が鳴った。それと共に、通路を塞いでいた鉄扉がゆっくりと開き始める。


「ビンゴっ!」


 得意気に笑いながら、カレンさんは指を鳴らす。ここが敵地だってわかっているんだろうか。

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