第4話 Gプロジェクト⑥

 壁を走るほどの超人的な脚力から放たれる蹴りなんて、想像することもできない破壊力があるだろう。カレンさんの体は、紙屑のようにふわりと浮き上がり、後方へと吹き飛ばされていった。


「そんな⁉ カレンさん!」


 アスファルトの上を何度もバウンドしながらカレンさんは転がっていく。数十メートル進んで、ようやく止まった。

 体のあちこちから出血しているのが、遠目でもはっきりわかる。


「今度はお前達だ」


 男が狂気に満ちた顔でニッと笑う。それを見たリンちゃんは腰を抜かしたらしく、その場にへたり込んでしまった。


「い、いや……」


 か細い声を上げながら、リンちゃんは瞳に涙を浮かべている。

 このままじゃダメだ。あたしが、リンちゃんを守らないと。


「やらせない!」


 拳銃を構え、男に狙いを定める。


「お前、さっきの見てなかったのか? 俺に撃ったって、そんなの全部弾いてやるよ」


 そんな事、わかりきっている。今だって、恐怖で指先が震えて照準が合わない。それでもあたしは、立ち向かうんだ。せめて、リンちゃんを逃がさないと。


「ったく、そんな子犬みたいな目で睨んだってダメだぜ? 俺は手加減をしない。忠実に任務をこなすのが俺の仕事だからな」


 男は指先でナイフの柄を持つと、おちょくるようにフラフラと振ってみせた。

 あたしは、思い切って引き金を引く。真っすぐ飛ぶ銃弾だったが、やはり男がナイフで弾く。傷一つも付けられない。


「大人しくすれば、楽に逝かせてやるからよ」


 ナイフを逆手に持つと、男が腕を振り上げた。狙いはあたしだ。刃が、あたしの首を狙っている。まるで断頭台で、今まさにギロチンが降ろされようとしているようだった。


「――っ⁉」


 しかし、男が何かに気が付いたかのような声を上げる。次の瞬間、銃弾が何発も目の前を通り過ぎていく。そのうちの数発が、男の脇腹に命中した。


「くそ! 何なんだ⁉」


 男は咄嗟にバックステップで、あたし達から距離を取った。

 何が起きたかわからず、あたしは咄嗟に銃弾の飛んできた方向を見る。倒れ込んだカレンさんの、その向こう側。勢いよく走ってくる車が三台見える。

 車の上には真っ赤なランプがチカチカしている。覆面パトカーなどが使う、小型のパトランプが光っていた。

 車の窓からは人が身を乗り出し、銃を構えていた。その銃口が再び火を噴いた。

 狙いは変わらず、あの男だ。連射される銃弾が、容赦なく目標目掛けて飛ぶ。


「いきなりなんだアイツらは⁉」


 男は素早い動きで銃撃を避ける。しかし、絶え間なく撃ち続けられ、ついには男の肩に数発が命中した。


「あれは、警察? なんで⁉」


 遅れて到着したシェミーが驚愕の声を上げる。


「知るか! 予定外の事態だな……」


 シェミーと男は、車に向かって銃を撃ち返す。しかし、車側の銃撃の勢いは弱まることはなかった。

 じりじりと後ずさりをする二人。今がチャンスかもしれない。


「リンちゃん、立てる?」


 足に力の入らないリンちゃんに肩を貸し、路地裏へと運んだ。とりあえず、ここなら銃撃戦に巻き込まれる事は無いはずだ。

 続いて、倒れたままのカレンさんに駆け寄る。


「小町か? すまないが、起こしてくれないか?」

「はい! どこか怪我が酷いんですか?」


 カレンさんを支えながら、リンちゃんの待つ路地裏へと進む。


「怪我は多分大丈夫だ。ちょっとだけ、気を失っていたらしいね」


 そう言うと、カレンさんは視線を後ろに向ける。その先には、銃撃戦を続ける人物たちがいる。


「何者なんでしょうか、あの人たちは」

「さぁね。少なくとも、敵ではなさそうだが」


 あたしはシェミーと男のいる方を見やる。反撃を続けてはいるが、押されている状況は変わっていない。


「こんなイレギュラー、わたくし聞いてないですわよ!」

「あぁ、一度状況を把握したいな。一旦退くか」

「そんなことして大丈夫ですの、ゲルトさん?」


 ゲルトと呼ばれた男は、渋い顔をしながら頷いた。


「とにかく撤退だ!」


 その一声と共に、シェミーとゲルトは一気に飛び上がった。二人は近くの建物の屋根に着地すると、そのまま屋根伝いにどこかへと行ってしまった。


「逃げた、んでしょうか?」


 夜闇に消える二人のシルエットを見送りながら呟く。


「とりあえず、ピンチは切り抜けたかな」


 擦りむいて出血している腕を抑えながら、カレンさんがよろよろと立ち上がる。そして、車の人物達に声をかけた。


「ありがとう、助かったよ。君達は……」


 すると、車に乗っていた人物達がぞろぞろと出てくる。その中に、見慣れた顔があった。


「いざ来てみれば、とんでもない事になっているな」

「ファルネーゼさん!」


 なんと、車から出てきた集団の一人にファルネーゼさんがいたのだ。いつもは警察のバッジが付いたスーツ姿なのだが、今は違う。ラフなジャケットにジーパンを履いている。


「なんだいマリー、時間外労働かい?」

「残念だが、ボランティア活動と言った方が近いな」


 両手を上げ、やれやれと言ったようなジェスチャーを交える。車から出てきた他の人物達も同様な反応だった。


「私達は今しがた、警察を辞めてきた」

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