第4話 Gプロジェクト⑤

「くそがっ! 逃がすか!」


 濛々と上がる黒煙の中から、男の姿が現れる。手には拳銃を握っていた。


「隠れろ!」


 カレンさんの声と共に、あたし達は近くに駐車してあった車の影に逃げ込んだ。その間も、男はしつこく銃を撃ってきた。


「どうしますかカレンさん?」

「どうもこうも、まともにやって勝ち目なんてないからね。やっぱり逃げるしかないんじゃないかな」


 ちらりとカレンさんが顔を覗かせると、男は素早く銃を放つ。弾丸が車体に当たり、金属の甲高い音が辺りに響いた。


「向こうとしても、あんまり目立った襲撃はしたくないはずだ。繁華街へ逃げ込もう」


 確かに、連中はバイオソルジャー。Gグループの秘密兵器だ。それがド派手に街中で暴れるとは考えにくい。

 銃撃が止んだ瞬間を狙って、あたし達は車の影から飛び出した。しかし、丁度何かが車の方へと飛ぶのが見えた。

 グレネードだ。


「木端微塵になりなさい!」


 シェミーがグレネードを投げたらしい。それは、放物線を描いて車のフロント部分へと落ちてくる。


「う、嘘でしょ!」

「二人とも、走れ!」


 あたし達は振り向くこともなく、全力で車から離れる。少しでも遠くへ逃げるために。

 グレネードが車に当たり、バウンドするような音が聞こえる。すると、激しい爆発が背後で起きた。さっきの事務所の爆発なんかじゃ比べ物にならない、とても大きな爆発だ。間違いなく、車のガソリンに引火して強力な爆発が起きたんだ。

 熱気を纏った爆風に背中を押される。一瞬体がふわりと浮き上がると、あたし達は揃って倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫かい?」


 すぐに身を起こし、カレンさんが声をかけてくれる。


「なんとかね……」


 リンちゃんはおでこをぶつけたらしい。擦りながらも、他に怪我はない様子だ。


「これ、本当に繁華街に逃げても大丈夫なんですか?」


 派手に車を爆破する敵が、一般市民を巻き込まない保証は無さそうだ。カレンさんも苦笑いを返してくる。


「ビルの一つや二つ、簡単に破壊しそうな勢いだからねぇ」


 そう言いながら、カレンさんは爆破した張本人に目を向ける。


「おーほっほっほっ! やっぱり爆発は芸術的な美しさがあるわね!」


 ダメだ、シェミーはまともな思考回路を持ち合わせていないらしい。あんな相手を、人通りの多い場所に誘い込むのは得策ではないだろう。


「撒くのは骨が折れそうだね……」


 あたし達は立ち上がり、逃走を再開する。しかし、簡単に見逃してくれるほど敵も甘くない。


「逃がすかってんだ!」

「これで、穴だらけの現代アートにしてあげるわ!」


 シェミー達は、窓から飛び降りながら銃を連射してきた。銃弾が近くの地面を抉るような音がする。


「結局、どこに逃げるのよ⁉」


 息を切らしながら、必死の形相でリンちゃんが尋ねる。あたしも、それは知りたかった。無我夢中で逃げるだけじゃ、あいつらを振り切ることはできないだろうから。


「悪いけど、考え中さ!」

「そんなので大丈夫なの⁉」


 そうこう言っている内にも、銃弾はあたし達を狙って飛んできている。何とか命中せずに済んでいるが、外れた弾丸が近くの家や店の窓を割っていく。

 こうなると、騒ぎは大きくなる。人々の悲鳴や、野次馬の雑踏で通りが賑やかになってしまった。このままじゃ、誰かが被害に遭うかもしれない。こんな事に巻き込むのは、絶対に避けたかった。


「クソったれが、これじゃ埒が明かないぜ。接近する!」


 男はそう言うと、勢いよく助走をつけて跳んだ。男の進行先にはビルや家などの壁がある。

 何をするつもりだろうか。そう思って、男の行動に目を向ける。

 すると男は、なんと壁を走り始めた。壁伝いに走り続け、あたし達との距離を一気に縮めようとしているようだった。


「こいつでどうだ!」


 ある程度まで近づくと、男は壁を蹴って飛び上がる。狙いはあたし達だ。


「悪いけど、びっくり人間コンテストの受付はしてないんだよね!」


 素早く拳銃を取ると、カレンさんは背中越しに発砲した。勿論、迫りくる男を迎撃するためだ。

 銃弾は狂い無く男目掛けて進んで行く。しかし、相手は普通じゃない。


「俺の曲芸を冥途の土産にするんだな!」


 男は懐からナイフを取り出すと、眼前へと迫る銃弾を横薙ぎにした。甲高い金属音と共に火花が飛び散り、一瞬だけ男の横顔を照らす。


「悪い冗談だって言って欲しいね……」


 カレンさんは奥歯を噛み締めながら、銃弾を撃つ。二発目、三発目と発砲する。しかし、これも男のナイフで弾かれるばかりだった。


「諦めな! あんたらは運がなかった、それだけだ!」


 男がナイフを構えてカレンさんへと接近した。勢いよく振り下ろされる刃。鈍色に輝くナイフが、カレンさんの血肉を求めて突き立てられようとしている。

 だが、飛び散ったのは血しぶきではなく、火花だった。


「運なんてもの、残念だが私は信じない」


 拳銃でナイフを受け止めている。カレンさん自身に攻撃は命中していないようだ。


「私が信じるのは実力と、それに伴う結果だけさ!」

「ならお前は、その実力差で死を味わうんだよ!」


 すると男は、カレンさんの胴体に蹴りを入れた。ナイフを受け止めるだけで手一杯だったカレンさんは、その攻撃をもろに受けてしまう。

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