第4話 Gプロジェクト④

「おいおい、人様の事務所をこんな風にしてくれちゃってさ……!」


 身を出すや否や、カレンさんが拳銃を発砲する。あたしも狙いを定めて、引き金を引いた。目標は手前に立っている女だ。


「あらら?」


 しかし、銃撃は避けられてしまった。あたし達の攻撃を目視で確認した瞬間、驚異的な反射速度で身を逸らしたんだ。放たれた銃弾をそんな風に避けるなんて、やはり人間業じゃない。

 これが、バイオソルジャーの力なのだろうか。


「残念、仕留めそこなってたわ」

「まぁあの程度で片付くなら、俺達が動く事もなかっただろうからな」


 相手二人はまったく恐れる様子もなく、事務所へと足を踏み入れてきた。物陰へ隠れる事もなく、堂々と進んでいる。


「止まれ!」


 そんな事を相手が聞き入れるはずもないが、自分自身に気合を入れるように叫びながら発砲を続ける。今度の狙いは男の方だ。

 しかし、これも簡単に避けられてしまった。


「嬢ちゃん、それはおもちゃじゃないんだぜ? ちゃんと狙わなきゃな」


 イヒヒ、と高い声で男が嘲笑う。ダメだ、敵として認識すらもされていない。


「正攻法じゃダメって事よ見習い探偵ちゃん!」


 女が銃口をこちらに向けた。次の瞬間には、そこから弾が連続で撃ち出されていた。比較的小ぶりな銃だが、高い連射性能からしてマシンガンの類だろう。

 咄嗟に身をかがませる。何とか銃弾は外れてくれたらしく、痛みを感じることはない。


「あら、狙って撃ったんだけど」

「シェミー、だから日頃から言ってるだろう。銃の手入れはしっかりとだな――」


 しかし、男の言葉は遮られてしまう。シェミーと呼ばれた女が、床を思いっきり踏みつけたのだ。重い荷物でも下ろしたかのように、重々しい音が響いた。


「うるさいわね! こんなの、わたくしの本職じゃないのよ。もっと派手な爆発とか、毒ガスでじわじわ悶え苦しみながら息絶えていく様子とかが見たいのよ!」


 突然、ヒステリックにシェミーが騒ぎ出した。あまりのうるささに、鼓膜がギンギンする。男も困った様子で耳を塞ぎながら言い返した。


「テメェ、絶対化学兵器は使うなよ!」

「何よ! あんたも学会の連中と同じ事を言うの⁉」

「テトラポットに入った時にそう誓っただろう‼」


 その言葉を聞いて、シェミーはハッとしたように動きを止めた。


「そうね、そうだわ。あのお偉いさんに逆らえば、わたくしの楽しみだって無くなってしまうのよね……」


 自分をなだめるように、胸に手を当てながらシェミーは言葉を口にした。その声は、少し震えていて、何かに怯えているようにも見えた。


「な、なななんなのよあいつら……⁉」


 ガタガタと震えながら、カレンさんの背に隠れるリンちゃん。彼女は、こうやって戦闘に巻き込まれるのは初めてだ。あまりの恐ろしさに、まともに動くことすらできない状態だろう。


「あれがバイオソルジャー。Gグループが作り出した恐怖の殺人兵器さ」


 そう解説するカレンさんだが、表情に余裕がない。奥歯を噛み締めながら、何かを考えているらしい。きっと、この状況の打開方法だろう。

 逃げようにも、事務所の出入り口は一つだけだ。その出入り口を塞ぐように、あの二人が立っている。脱出するなら、そこを突破しないといけない。


「結局、戦うしかないじゃん!」


 拳銃を構え、狙いを定める。とにかく当てるんだ。効かなかったとしても、何かチャンスを作ることはできるはずだ。

 狙うは、シェミー。どこか精神的に不安定な印象の彼女なら、つけ入る隙があるかもしれない。

 銃弾を撃ち出す。狙いは、頭部と体、そして足。これだけ狙う部位を分散させれば、それだけ避けにくいはずだ。


「ふんっ、性懲りもなく!」


 シェミーは先ほどと同じように、目視してから銃弾を避けようとする。頭部への銃弾を避け、体への銃弾を避ける。しかし、足へ向かう銃弾だけは対処しきれなかった。回避は間に合わず、銃弾はふくらはぎに命中した。


「いっ……たい! 痛いじゃないの!」


 命中個所からは血が滴り、痛みでシェミーの表情は歪んだ。


「き、効いてる? これなら――」


 もしかしたら、銃弾は通用するのかも。そう思ったのも束の間、シェミーの傷口に変化が起きている事に気が付いた。

 血が止まっている。それどころか、傷口が徐々に閉じ始めている。


「この身体に感謝しなきゃな?」


 隣の男がニヤニヤと笑いながら、シェミーの肩を軽く叩く。


「そうだとしても、痛いものは痛いのよ!」


 怒声を上げながら、シェミーは何かを取り出した。野球のボールよりも大きく、ゴツゴツとした見た目。間違いなく、グレネードだ。


「許さないわ、探偵共! これでバラバラになりなさい!」

「不味い、小町!」


 シェミーが投擲のモーションに入る。それと同時に、リンちゃんの手を引きながらカレンさんが走り出した。その目は、あたしに着いて来いと言っている。向かう先は、割れた窓だった。


「まさか⁉」

「飛ぶよ、二人とも!」

「えぇっ⁉」


 リンちゃんは、悲鳴にも似た声を上げながら必死に足を動かしていた。

 ここは二階。飛び降りれない高さではない。けれども、怖いものは怖い。最悪、足の骨を折る事だって考えられる。でも、覚悟を決めるしかない。これしか、逃げる道はないんだから。


「弾け飛びなさい!」


 シェミーの荒げた声が聞こえる。きっとグレネードを投げたんだ。

 あたし達は窓枠に足をかける。そして勢いよく飛び出した。


「し、死ぬぅ~‼」


 重力に任せて、体が落ちていく。その感覚が怖いのか、リンちゃんは悲鳴を上げっぱなしだった。

 その直後、背後で爆発が起きた。閃光と熱を背中越しに感じる。一瞬遅れて、爆発の衝撃が体を襲った。

 内臓が震えるほどの衝撃で、バランスが崩れそうになる。でも必死に立て直し、なんとか着地に成功した。

 カレンさんとリンちゃんも上手く着地できたようだ。二人は、煙の上がる事務所を見上げていた。


「あぁ……アタシんちの物件が……」

「こうなっても、家賃って発生するのかい?」


 苦々しい顔つきで、カレンさんはリンちゃんに尋ねていた。

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