第4話 Gプロジェクト③

「遅かったわね、大分待たされたんですけどー」


 事務所の戸を開けると、中にはカレンさんの椅子でふんぞり返るリンちゃんの姿が飛び込んできた。ツンとした相変わらずな態度が、何故だか安心する。外であんな事があったからか、平穏な日常を感じてそう思ったんだろう。


「なんでシャオが所長面して座っているのかなぁ?」


 早くも喧嘩腰なカレンさん。先ほどの弱気な素振りが嘘のようだ。


「所長よりも偉い家主のアタシなんだから、ここに座っていても文句は無いでしょ」

「ありまくりなんだけど」


 小さくため息をつきながら、カレンさんはジャケットのボタンを外してソファに腰かけた。あたしは全員分のコーヒーを用意し始める。


「こんな時間に事務所に来るなんて珍しいね。何か用だった?」


 コーヒーカップを並べながら、リンちゃんにそう訊く。すると、カレンさんとは比べ物にならないぐらい大きなため息が出てきた。


「実は、夕方からずっと待ってたのよ。まだ家賃の回収ができてないから」

「あぁ……いつもの、ねぇ」


 掠れた笑い声しか出せなかった。

 死神さんの仕事の時は、確か未払い家賃の立て替えとして働いていた。そして今回、依頼主のハウセンさんは依頼達成前に亡くなってしまった。つまり、報酬を払う人がいなくなってしまったのだ。まさに、橘探偵事務所は火の車だった。まぁ、けっこう前からなんですけど。


「本当に、そんな事で長時間待っているとは……。君もかなりの暇人らしい」

「うっさいわね! こっちだって商売なんだから! っていうか払いなさい!」


 この件に関しては、間違いなくこちら側に非がある。それなのに毎度こんな態度のカレンさんって、かなりダメな大人なんじゃないだろうか。

 やるときはやる、カッコいい人ではあるんだけど。


「まぁでも、もしかしたらお金なんてすぐに紙切れに変わるかもしれないけどね……」


 俯きながら、へらへらとした笑みを浮かべるカレンさん。しかし、その声音は決して楽しそうなものではない。

 おかしな雰囲気に、流石のリンちゃんも首を傾げた。


「なによそれ。どういうこと」


 椅子から立ち上がると、カレンさんとは反対側の椅子に腰かけた。

 丁度準備できたコーヒーを運び、テーブルに置く。そしてあたしは、リンちゃんの隣に座った。


「お子様には関係ない話さ」


 取り繕ったように笑いながら、カレンさんがコーヒーを飲み始める。でも、そんな言葉でリンちゃんが納得する訳がなかった。


「ちゃんと話しなさいよ! 子ども、子どもって言うけれど、アタシだって高校生よ。全部じゃないかもしれないけど、あんたの話だって少しはわかるんだから!」


 テーブルを叩きながら、身を乗り出すリンちゃん。いつもの漫才の時のような怒り方じゃない。真剣なオーラが漂っている。


「なんか元気無さそうだけど、今の話と関係あるの?」


 椅子に座り直し、腕を組む。リンちゃんのその姿は、まさに頼れる姐御と言ったような雰囲気だ。

 しかし、カレンさんが口を開くとは思えない。現に、ムスッとした表情で明後日の方向を見ている。

 話していいものか迷うけれど、このままではリンちゃんも納得しないだろう。


「あのね――」


 あたしはGグループの計画の事について、一通りリンちゃんに説明した。


「……」


 話を聞き終えたリンちゃんは、難しい顔をして黙り込んでしまった。当たり前だろう。突然、世界のピンチだ、世界が悪い奴らに支配されそう、なんて言われても言葉に詰まるだけだ。


「これでわかったかい? もし連中の悪巧みが成功すれば、今の常識なんてひっくり返る。通貨だって価値を無くすほどの混乱が待っているだろうからね」


 カレンさんが鼻で笑いながら、ソファから立ち上がる。手を大きく広げて、おどけた態度を見せる。


「もし、この先安全に生きていきたいなら私達に関わらない方がいい。なんだって、私達は連中の計画を邪魔した目の上のこぶだからね」

「……」


 リンちゃんは黙ったままだった。いつもなら、元気よくツッコミを入れてくれるだろう。それが彼女の性分だ。でも、それすらもできないほどの衝撃がリンちゃんを襲ったんだ。

 こんなにしおれたリンちゃんは、見たくなかった。


「リンちゃん――」

「危ないっ‼」


 慰めの言葉を遮ったのは、カレンさんの大声だった。

 何が起こったかも理解できないまま、カレンさんに引っ張られる。あたしもリンちゃんも、カレンさんに押し倒されるように床に転がった。

 次の瞬間、窓ガラスが割れる音が聞こえた。続いて、何か固い物が床をバウンドする音がする。あたし達から離れた、部屋の隅に入って来たらしい。


「な、何よっ⁉」


 リンちゃんがパニック気味な声を上げた。

 しかし、そんな言葉すらも爆発音がかき消してしまった。投げ込まれたのは、グレネードのような爆発物だったんだ。

 衝撃が体を襲い、部屋の照明器具が割れて明かりが消える。突然真っ暗になった事務所内で、あたし達は床に這いつくばる事しかできない。


「今のって、爆弾⁉」


 暗がりでも、リンちゃんの表情が青ざめているのはわかる。体を震わせ、怯えているようだった。


「これって、まさか――」

「あぁ、言った傍から連中のお出ましらしいね」


 カレンさんはすぐに立ち上がると、拳銃をホルスターから抜く。あたしも続いて戦闘態勢を整える。

 敵はどこか。慌てて事務所内を見渡す。しかし、それらしい影は見えない。ただ、無残に散らかった机や椅子、棚や書類が視界に入った。全ての窓ガラスは割れ、事務所内はあの再開発地区のような寂れ具合になってしまっている。


「さて、ねずみちゃん達は死んだかなぁ?」


 事務所の扉が、軋む音を立てながら開いた。そこには、長身の女性が笑いながら立っていた。

 初めて見る顔だ。胸を強調するような派手な服。ヒールの高いブーツに、シルエットがはっきり出るピッチリとしたパンツ。それらとは対照的に、片手には銃が握られている。


「これでミンチにでもなってくれてたら、楽な仕事なんだがな」


 女性の奥には、全身真っ黒な服装の男性が立っている。声からして、それほど若い印象ではない。悪人面に下衆な笑みを浮かべ、ヒヒヒと笑い声を上げている。いかにも悪そうな雰囲気だ。

 その二人に共通しているのは、背中から首にかけて機械のような物が付いている事だ。これは間違いなく、ハウセンさんを殺したあの男達と同じ物だ。やはりこの二人も、Gグループの手先で間違いないらしい。

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