第4話 Gプロジェクト②
レーナさんを待つこと数分。バックヤードへの出入り口を見つめていたあたしの視界に、慌てた様子で出てくるレーナさんが入って来た。
「どうだったんだい?」
カレンさんもはやる気持ちを抑えられないのか、椅子から立ち上がり声をかけた。
「成功よ!」
小脇に抱えていたノートパソコンを机に置くと、急いでレーナさんは画面を操作する。
「中には何が入っていたんだい?」
あたしとカレンさんは、画面を左右から覗き込む。
画面には、端末に入っていたデータファイルの名前がずらりと並んでいる。その中の一つには、こう表示されていた。
「『Gプロジェクト』……」
「明らかに、愉快な内容ではなさそうだね」
「そうなの。このファイルに、Gグループの計画が入っていたの」
レーナさんは『Gプロジェクト』と記載されたファイルを開く。中には、沢山の書類データが並んでいる。その中の一つを開いて見せる。
「連中の大まかな計画が、ここに記されてるの」
そう言われ、あたしは画面に表示された文字を見つめる。
「バイオソルジャーの量産計画は成功した。これで計画の主戦力を整えることができる――」
文を読み上げるカレンさんの声が、少しずつ震えていくように感じる。
「Gプロジェクトは、その速やかな作戦実行力が必要とされる。各自、計画内容をしっかりと把握しておいてほしい。計画の流れを大まかに説明すると、まず量産したバイオソルジャーを打ち上げ用ロケットに搭載。準備ができたロケットを、各国の主要軍事施設へと発射させる。上空で分離したロケットからバイオソルジャーを降下させ、軍事施設を制圧。各国の軍事力を抑え、無抵抗な政府らに降伏を勧告。世界を瞬く間に制圧する――」
楽し気な店の中、あたし達の席だけに異様な沈黙が流れる。嫌な汗が止まらない。何を発声していいかもわからない。時が、僅かな間だけ制止したかのようだった。
とりあえず、あたしは場の空気をどうにかしようと口を開く。
「えっと、バイオソルジャーって……なんなんですかね?」
「きっと、さっき戦ったあの男達の事だろう」
いつにもなく険しい表情で、カレンさんは重々しく言葉を発する。
先ほどの男達――あの銃弾さえ受け付けない、超人的な身体能力を持った人間。
「あんな存在を、量産したっていうんですか……」
一人を相手にするだけでも必死だったのに、それが大勢いるなんて。考えるだけでも頭が痛くなってしまう。これは悪い夢か、冗談なんじゃないか。
「そういう事か。このバイオソルジャー量産計画のために、連中はスタッカートや死神さんを使った実験を繰り返していたのか……!」
カレンさんの頭の中で、バラバラだった線が繋がったらしい。
その推測なら、今までのGグループの動きに一貫性が見える。今までの事件は、全てこの計画のためだったんだ。
「こうしちゃいられないわね」
ハッとしたように、レーナさんが突然パソコンを操作し始める。慣れた手つきで、データをコピーしていく。
「よし、これでカレンにデータを送ったわ。それじゃ、わたしはこれで」
早口でそれだけ言うと、レーナさんは立ち上がった。そして店の角に立っていた髭の濃い初老の男性に声をかける。
「オーナー、今日はこれで帰りますんで」
「えっ? おい、レーナ! どうしたんだ⁉」
バックヤードへと小走りするレーナさんを、店のオーナーと呼ばれた男性が追いかけていく。その様子を見た店の人達は、何事だろうと視線を送っていた。
「どうしたんですかね、レーナさん」
「さぁね、彼女には彼女の事情ってものがあるんだろう。私達では踏み込めない領域のね」
意味深に言いながら、カレンさんも席を立った。テーブルにお代だけ置いていくと、出口に向かって歩き始める。
なんだかカレンさんの様子もおかしい感じだ。
「……それもそっか。あんな計画を知ってしまったんだし」
Gグループの世界征服とも呼べる野望。それは既に実行前の段階まで進んでいるようだった。いても立ってもいられないと思ってしまうだろう。
「ほら、小町。早くしないと置いて行くよ」
「あぁっ、待ってください!」
あたしも荷物を抱え、すぐに店を後にした。
煌びやかな街の中を、あたしとカレンさんは早足で通り抜けていく。賑やかな街の人々は、これから迫る未来の出来事など知る
そんな様子を横目に、カレンさんは怖いくらい無表情だった。それでもあたしは、尋ねずにはいられなかった。
「これからどうするんですか? ……って、どうするもこうするもって感じですよね」
あたしだってわからない。自分が何をするべきなのか。
今、こうしている間にも計画は着実に進んでいるんだろう。もしかしたら、あと三分もすればバイオソルジャーを乗せたロケットが打ち上がるのかもしれない。
そもそも、この問題があたし達の手に負えるような大きさではないんだ。ただの街の探偵風情なんだ。一般人に毛が生えた程度の存在。それが、世界を掌握しようとする連中の企みをどうこうできるのだろうか。少なくとも、無茶だというのはわかる。
でも、それでも思ってしまう。カレンさんなら、何か気の利いた言葉をくれるって。
「……私も、どうすればいいかわからないんだ」
宙を見つめながら、カレンさんはそうハッキリと言った。どこかを見ているようで、何も見えていないような瞳で、わからないと。
どこか微笑んでいるようで笑っていない表情は、虚しさを内に秘めたように見える。そんなカレンさんは、初めてだった。
「計画の内容を知って、はじめてわかったよ。途方もなく大きな相手と、私達は向き合っていたんだってね」
突然足を止め、カレンさんは視線を真上に向ける。つられてあたしも、視線を空に向ける。
「連中は、計画達成目前まで迫っている。回り始めた大きな歯車を止めるのは、きっと容易なことじゃない。奴らは、世界を相手にしようとしている。そんな規模の相手を、私達でどうにかできるんだろうか」
いつも自信たっぷりのカレンさんなのに、今は全くその元気さを感じられない。無気力ささえ感じてしまうほどだった。
「結局、ハウセンさんがデータを届けたかった相手すらも確認できていない。それに、データを渡したところで、バイオソルジャーに抵抗できるのかも怪しいところだね」
確かに、銃弾を受け付けない相手とどう戦うんだろうか。この世界に、バイオソルジャーを倒すことのできる手段を持ちえた存在がいるのだろうか。
「でも……」
カレンさんが視線を落とし、あたしを見た。そして、街を見渡す。
「ハウセンさんを殺害したかったという事は、まだ計画実行には時間が掛かる、と考えてもいいかもしれない。まだ計画内容を外部に漏らしたくなかった、ということさ」
「それってつまり――」
「あぁ、時間はまだあるかもしれない」
口の端を吊り上げ、少し嬉しそうにカレンさんは笑った。
「こんな所に居ても仕方ないね。さっさと事務所に戻ろうか」
「……はい!」
まだ何ができるかわからない。でも、何かはできそうな気がする。そうだ、こんな事黙って見ていられない。あたしが憧れた探偵なら、必ず何かアクションを起こすはずなんだ。
答えは出ていないけれど、あたし達は事務所へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます