第4話 Gプロジェクト①
息を乱しながら、ようやく再開発地区から抜け出せた。追跡を振り切れるように、何度も回り道をしたからだった。
「もう大丈夫ですかね……」
人通りの少ないビルの狭間で、室外機に腰を下ろす。カレンさんは壁に背を預けている。さすがに疲れているようだった。
「さぁ、どうだろうね。言わば、この街自体がGグループの目だから。いつ位置がバレてもおかしくないだろう」
確かにカレンさんの言う通りだ。ここからさらに人目を避けて行動しなければならないのは、骨の折れる非常に面倒なことだった。
「だから、さっさとこいつの情報を見ないとね」
そう言いながら、カレンさんはハウセンさんの端末を取り出した。細長い六角形の形をした端末だ。いつも見慣れている情報端末とは形が違う。初めて見る種類だった。
「これって、パソコンでも使えるんですかね?」
「……わからない」
困り顔で返されてしまった。カレンさんも、この端末の扱い方を知らないらしい。
じゃあ、どうやって情報を取り出すんだろうか。
「まぁこういうのはレーナちゃんに任せれば大丈夫だろう。と言う訳で、彼女のお店に行こうじゃないか」
他力本願だった。でも、あたし達だけでもどうしようもないので、その選択をするしかない。全てはレーナさん頼みだった。
そういう事で、あたし達はレーナさんのお店へ向かうこととなった。勿論、なるべく人目に付かないように道を選んで進む訳だ。時間がかかる。
道中、カレンさんはスマホを取り出した。少し何やら操作をすると、耳にスマホを当てる。誰かに電話をかけているようだった。
「もしもし、マリーかい?」
相手はいつものファルネーゼさんだった。
「少し調べて欲しいことがある」
突然、カレンさんの声のトーンが真剣な雰囲気になる。いつもなら、もう少しファルネーゼさんをからかう冗談を言ったりするものだ。でも、様子がおかしかった。
「デイビッド・スラング。奴の事を覚えているだろう? 今あいつはどこにいるか調べて欲しい」
低く冷たい声。何か因縁があるような、含みのある話し方をしている。
『お前だって知ってるだろ。あいつは服役中だ!』
大きな声が、スマホから漏れ出ていた。ファルネーゼさんが語気を強めたらしい。
「あぁ、そのはずだ。でも調べて欲しい」
ファルネーゼさんの大声にたじろぐ事もなく、カレンさんは冷たい声でハッキリとそう言った。
しばらく沈黙が続いたようだが、ファルネーゼさんが了承したらしい。通話はそこで終わったのだった。
デイビッド・スラング。この人物がいったい何者なのか。カレンさんに訊ねたかったけれど、電話の後から少し雰囲気がピリピリとしている感じがする。
だから、何となくこの事は訊けなかった。
二人黙って道を歩き続けた。気が付けば、レーナさんの店の前まで来ていた。
「……入ろうか」
咳払いをしながら、カレンさんは笑顔を作る。レーナさんの前ぐらいは、取り繕っておきたいんだろう。
扉を潜ると、目が痛くなるほど
それにしても、さっきまでは灰色だらけの再開発地区にいたのに、今はその真逆。輝かしい照明、お洒落なドレス姿の女性達と談笑の声。温度差が酷いものだ。
しばらくすると、ドリンクが到着すると同時にレーナさんがやって来た。
「いらっしゃい、待たせてごめんね」
ひらひらと手を振りながら、レーナさんがあたしとカレンさんの間に入ってくる。
座りながら、あたし達の服に目を向けてきた。
「なんか、汚くない?」
悪意などもなく、純度百パーセントの気遣いの台詞だった。これにはカレンさんも、後頭部を掻きながら苦笑いした。
「いやぁごめん。仕事帰りに直接来たものだから」
あはは、と乾いた笑い声で答えていた。
「そうなの、ご苦労様。ってことは……お仕事関連な感じ?」
少し声を潜めて、ちらりとカレンさんに視線を送った。レーナさんのアイコンタクトに、小さく頷きながらカレンさんはドリンクに手をつける。
事務所を出てから、これといって水分補給ができていない事を思い出した。そうなると、突然喉の渇きを感じ始める。あたしもドリンクに口を付けた。
「じゃあ早速、今日の厄介事を承りましょ」
少しワクワクしたような瞳で、レーナさんはカレンさんに催促した。すぐにポケットから、例の端末が出てくる。ハウセンさんが最期に託した、大切な端末を。
「この情報端末からデータを取り出して欲しい」
テーブルに六角形の形をした変わった情報端末が置かれる。
それを見たレーナさんの眉が、ぴくっと動くのが見えた。
「どうして、これが……」
「この端末を知ってるんですか? あたしは、初めて見たんですけど」
ちょっと普通じゃない反応に、思わず前のめりになって尋ねてしまう。その問いに、レーナさんはゆっくりと頷いた。
「この街の外で作られた、最新式の端末よ。使用するには専用のコネクターが必要なの。きっと、この街で端末を使えるのは数少ない人間だけ」
レーナさんは端末を手に取ると、鑑定士のように見定めていた。そして、底面を見て手が止まる。そこには、ナンバーが書かれていた。
「……なるほど、ね」
自分自身に聞かせるように、レーナさんはとても小さな声でそう呟いた。
「それで、これの情報は取り出せるのかい?」
カレンさんが流し目で見ながら、心配そうに問う。あたしも、先ほどの話を聞いて端末が使えるのかどうか不安になっていた。
「大丈夫、わたしならね」
そう言うと、レーナさんはスッと立ち上がる。自信あり気な笑みを見せながら、バックヤードへと向かって行った。
「本当に、なんとかなるんですかね?」
まだ拭いきれない不安から、カレンさんに尋ねてしまう。そんな事を確認しても仕方ないのに。
「きっと心配いらない。レーナちゃんは、いつだって最適で最高の仕事をしてくれるからね」
グラスを片手に、カレンさんは優雅に微笑んでいた。
そうだ、いつもレーナさんには助けられてきた。今回だって、なんとかしてくれるはず。そう信じる事しか、あたしにはできない。
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