第3話 テトラポット④
あのカレンさんですら、この状況を打開できそうな様子はない。手の打ちようがないんだ。
「それが理解できたのなら、大人しくするんだな」
大柄の男――細身の男はゴウと呼んでいた。ゴウと呼ばれた男は、マシンガンの銃口を上げる。その先には、あたし達がいる。
「おいおい、オレにも遊ばせてくれよ」
そう言いながら、細身の男は背中の機械に両手を伸ばす。機械の横にある二つの突起物を、その手が握り締める。そして、そこから細長い鉄が引き抜かれた。薄鈍色に輝くそれには刃が付いている。あれは間違いなく剣だ。
「こいつでバラバラにしてやんよぉ」
細身の男は、血走った眼を向けながら舌なめずりをした。まるで肉食獣だ。あれは本当に、人の血肉を喰いかねない。全身の毛が逆立つ感覚が走る。
「害虫駆除は早いうちに限りますよ」
そう言うとゴウはマシンガンを撃ち始めた。咄嗟にあたし達は身を伏せる。足元の大きな瓦礫が壁となり、なんとか銃弾を防いでくれる。
でも、それでどうにかなる連中じゃない。
「早い者勝ちって事だな! いいぜ、やろうか!」
剣をぎらつかせながら、細身の男が飛び上がった。勿論狙いはあたし達だ。驚異の跳躍力で、何メートルもの距離を一瞬で詰めてくる。
あっという間に、あたし達を攻撃範囲に捉えてきた。
「まずはガキからだ」
細長い剣が、稲妻の如く落ちてくる。かがんでいたあたしは、避けようがなかった。ただ迫ってくる刃先を見つめる事しかできない。
しかし、あたしの身体は切り裂かれる前に大きな衝撃に襲われた。
「逃げるぞ、小町!」
カレンさんがあたしにタックルしたようだった。そのお陰で間一髪、攻撃を避ける事に成功したらしい。
「おっと、頑張るじゃねぇか」
細身の男はまるでゲームを楽しむかのように、余裕のある声でそう言った。
あたし達はその場から逃げ出す。瓦礫の上を必死に走り、ひび割れたコンクリートを駆ける。
しかし、背後からは聞こえる足音はピッタリと離れない。振り返るまでもなく、あの男だ。
「まったく、しつこさは相変わらずだね……」
小さな声で、カレンさんがそう呟いた。言い回しからして、まるであの男の事を知っているような口ぶりだ。
どういうことなのか、そう尋ねようとしたのだが。
「逃がさん!」
野太い声と共に、銃弾を連射する音が聞こえる。直後、体のすぐそばを何かが鋭く通過する感覚がする。
お願いだから、当たらないで! そう祈るほかない。
「小町、あっちだ」
カレンさんが指をさした。その先には、細い路地があった。あそこなら、ゴウの銃撃から身を隠せる。そういう意図なんだろう。
一目散に路地に逃げ込む。その通りは、人ひとり通行するのがやっとな細さだった。両脇には、崩れたコンクリート塀。その奥には、廃屋がある。昔は住宅街だったんだろう。
「そんなところに入って大丈夫か? 追いつめたも同然だぜ?」
細身の男も、勿論路地に入り込んでいた。進むか戻るか、この路地にはその二択しかない。
「マヌケはあんただよ」
カレンさんが突然振り向く。その手には拳銃が握られている。そして、男目掛けて発砲する。細い路地は一本道。逃げられるスペースなんてない。つまり、避けようのない攻撃だった。
銃弾は、男の懐に直進する。このままいけば確実に命中する。
しかし、そう上手くはいかなかった。素早い剣捌きで、銃弾は弾かれてしまったのだ。
「へへっ、やるじゃねぇかよ。面白い奴だ!」
男は再び卑しい笑みを見せる。だが、すぐに眉根を寄せた。
「ん? お前、どっかで見たような……」
まじまじとカレンさんの顔を見つめている。だが、そんな隙をカレンさんが見逃すはずが無かった。
塀に寄りかかっていた木材やゴミを倒し、男とあたし達の間に障害物を作ったのだ。これなら、少しだけでも足止めになるだろう。僅かながら、逃げ切れる可能性が見えてきた。
「いくらなんでも小細工過ぎるぜ、そいつぁ!」
男が勢いよく剣を振り下ろした。すると、刀身に触れた障害物がスパッと切れた。でも、一回では障害物を処理しきれない。何度も剣を振るう必要があるだろう。それだけでも、すでに何メートルかの差を広げることに成功している。
「鬱陶しいな畜生!」
イライラした様子で、男は何度も剣を振り下ろす。とても素早い剣捌きは、次第に障害物を細切れに変えていった。
「あんなに早く突破されるなんて……」
想像以上のスピードに、あたしは恐怖する。あんなの人間業じゃない。やっぱり、相手は人間を超えた存在なんだろう。Gグループが関わっているという事はそういう事だ。
でも、カレンさんは冷静だった。驚嘆の声を一つも上げず、鋭い視線を向けている。
「これならどう?」
拳銃を構え、再び男を狙って撃つ。障害物を超えたばかりの男は、さらに銃弾を捌かないといけない。それは、更なるタイムロスを生むことになる。
「くそっ、面倒だな」
思うように進めない男は、どんどんフラストレーションを溜めているようだ。銃弾を弾く動作も、先ほどのような鋭さはない。集中力が低下しているようにも見える。
「こいつで最後だ」
カレンさんは、近くの空き家に転がっていたガスボンベ目掛けて発砲した。すると、ガスが残っていたのだろう。勢いよく白い煙を吹き出した。
これで、あたし達と男の間には煙の壁ができた。お互い、向こう側の様子が見えなくなった。
「今のうちに
こうしてあたし達はいくつもの入り組んだ路地を抜け、Gグループの刺客から逃れることに成功したのだった。
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