第3話 テトラポット③

 一瞬、気が遠くなった。でも、何か大きな衝撃で意識を取り戻した。


「な、なに……?」


 体はまだ宙にある。でも、あたしの落下は止まっていた。握りしめていた机の脚が、崩れた天井に引っかかって落下を阻止したらしい。下を見ると、地面はすぐそこにある。どうやら一階の天井に脚が掛かったようだ。少し高いけど、手を離せばすぐに着地できた。


「ふぅ、ラッキー」

「無事かい、小町」


 振り返ると、塵塗れのカレンさんがいた。あれだけ綺麗だった黒いスーツも、今は真っ白だ。


「よかったぁ、カレンさんも無事そうですね。そうだ、データは⁉」

「あるよ」


 ズボンのポケットを叩きながら、カレンさんはニヤッと笑う。ハウセンさんから託された、大切な物だ。カレンさんなら、命に代えてでも守るだろう。

 カレンさんがスーツに付いた塵を払うと、白い煙となって空気中に舞った。その様子を見て、さっきの男達を思い出した。


「あいつら生きてますかね?」

「さぁね。できれば一生会いたくないけれど」


 しかし、そんな希望は簡単に崩れた。瓦礫の山から、何か音が聞こえる。


「安心しな、すぐにこの世とお別れさせてやる」


 そんな事を呟きながら、二人の男が現れた。状況から考えて、さっきの二人だろう。


「しつこい連中ですね。今のでくたばってしまえばよかったのに」


 強面の大柄男が呆れたように言う。その男の服装は、カーキーの防弾チョッキに迷彩柄のズボン。いかにも軍人、もしくはサバゲ―野郎にしか見えない。しかし、背中から首にかけて何やら機械のようなものが見える。そこから管が、後頭部や背中に伸びている。まるでサイボーグのような不気味な容姿をしている。


「アンタらこそ、瓦礫の下でおねんねしていればよかったのにねぇ」


 カレンさんが大柄男に目をやる。あたしは、細身の男を睨みつける。

 まるで蛇のような、爬虫類じみた顔つき。大柄の男とは違い、タンクトップにジーンズとシンプルな服装をしている。でも、その背中には先ほどの謎の機械がある。これも同じように、管が体に向かって伸びている。


「なんだか、ヤバそうな雰囲気してますよね……」


 思わず声が震えて出てしまう。あの機械、何かのコスプレとかだったらいいけど。そんな訳がない。連中は、あのGグループの手先だ。本当に、あの管は体に繋がっているのかもしれない。


「そうだとしても、やることは変わらないだろう?」


 カレンさんは、落ち着いた様子で弾丸を装填する。あたしも続いて弾を入れる。


「いつも通り、壁は壊すだけ――っ⁉」


 突然、言葉が途切れる。カレンさんの顔を見ると、目を見開いて何かに驚いているような様子だ。

 あたしは、その視線の先を辿る。相手は、細身の男だった。


「なんで、あいつが……? いや、そんなはずはない」


 ぼそぼそと呟く姿は、いつも自信あり気なカレンさんとは程遠い印象だった。

 そんな細身の男が、あたし達を見てへらへらと笑った。


「そんな拳銃でオレ達とやり合おうってのか? ハッ! 話にならねぇな」

「無駄に抵抗するようなら、楽には死ねませんよ」


 大柄男も、あたし達なんて相手にならないと言いたそうに口端を上げる。そして、手に持ったマシンガンを構えようと体が動いた。


「考え事は、あとだ!」


 一瞬でカレンさんの拳銃が火を噴いた。狙いは大柄男のようだ。きっと先手を打つために攻撃したんだろう。

 銃弾は狙い通り、大柄男の腕へと飛んで行った。瞬きよりも速く、弾は腕に命中する。


「……腕前は、確からしい」


 静かな口調で、大柄男はそう言った。


「そ、そんな! 命中したのに⁉」


 弾丸は確かに大柄男の腕に当たった。でも、痛がるどころか血すらも見えない。まるで攻撃など無かったかのように、平然としている。


「こんなもので自分を止められるとでも思ったんですか?」


 大柄男は、弾丸が命中した部位に手を伸ばした。そして、トゲでも抜くような動作をする。太い指の間には、ギラリと光る物があった。


「あれって、今撃った銃弾?」


 現実的に考えられない。でも、状況から察するにはそういう事だ。


「こいつはとんだ化け物と巡り合ったもんだね」


 カレンさんの眉間に皺が寄る。眼を鋭く尖らせて、今度は細身の男を狙って発砲した。


「おぉっと」


 細身の男は慌てて、蚊でも捕まえるように手を空中で横一文字に振った。


「あぶねぇじゃねぇか。オレはゴウとは違って、そんなに丈夫じゃねぇんだよ」


 そう言うと、先ほど空を切った握りこぶしを開いた。手のひらから、弾丸らしき物が落ちていく。

 弾丸は瓦礫の上に落ちると、乾いた金属音を響かせた。


「これでわかっただろ? お前らはオレ達には勝てない」


 気持ち悪いほど口角を上げ、細身の男は「イヒヒッ」と卑しく笑った。

 銃弾が効かない? 銃弾をキャッチされる? こんなの、どうしろって言うんだろうか。あたしの脳内はグルグルにかき混ぜられてしまっている。考えがまとまらない。対抗手段も、攻略法も閃かない。


「あの笑い方……奴は……っ!」


 カレンさんも、一人で何やら呟いている。余裕のなさそうな雰囲気に、あたしはさらに混乱するばかりだ。

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