第3話 テトラポット①
ハウセンさんの変装も済ませ、あたし達はデータ端末の回収へと向かった。話によると、端末は再開発地区の廃ビルにあるらしい。
「なるほど、あそこならそんなに人も寄り付かないね。ここらの区画は、まだ再開発の
タクシーで近場まで行くと、あとは徒歩での移動だった。どうやら、タクシーにも監視の目があることを警戒しての行動のようだった。確かに、用心しておくに越したことはない。
「こちらです」
ハウセンさんは辺りをきょろきょろと見回し、警戒しながら歩を進めた。あたし達も目を光らせながら歩む。
再開発地区といっても、ここはほとんど廃墟群と言っても過言ではない。工事関係者が出入りしている様子はなく、浮浪者などの溜まり場と化しているのが実情だった。
バレットさんと対決した地区は、まだ開発の兆しがある所だった。でも今いる場所は、捨てられた町という印象だ。割れたネオン管が付いた看板。
「どうして、こんな場所に隠したんですか?」
あたしは堪らず、そう訊いてしまった。ハウセンさんは、少し考えを巡らせるように唸ってから口を開いた。
「人気が無いから、というのは大前提だったんですが。……昔、友人がその廃ビルに会社を持ってましてね。何度かお邪魔したことがあったんです。その印象が妙に残っていて」
そう言いながらも、あまり自分自身でも理解できていない様子だった。所々、首を傾げながら話してくれた。
「あ、あそこです」
歩き始めてから十五分ほどだろうか。こそこそ進んでいたから、きっとそこまで長い距離を進んだわけではないだろうが、ようやく目的地が見えた。
窓ガラスは全て割れ、あちこちにスプレー缶で描かれた落書きが多数ある。灰色の虚しさ溢れる巨大なオブジェが
「あの三階が、友人の会社だったんです。そこにデータ端末を隠してあります」
ハウセンさんの視線の先には、ビルへの入り口があった。あたし達は早速、ビル内部へと足を踏み入れた。
「だいぶ年季が入っているなぁ」
カレンさんは床や壁を見て、そう呟く。確かに、所々にひび割れが発生している。まだ崩れたりしている個所は無さそうだったけど、いつ崩落するかもわからない。そんな様子だった。
そんなビル内をぐんぐん進み、上階へ続く階段まで来た。手すりが外れてはいるが、階段自体はまだ丈夫そうに見える。ハウセンさんは、太い足で踏み出す。巨漢が乗っても大丈夫なら、あたし達が階段に上っても問題ないだろう。
あっという間に階段を上り終え、目的の三階へと到達した。
「ちょっと、埃っぽいですね」
あたしは口元を抑えながら、三階を見渡す。床には当時使われていたであろうカーペットが、今も撤去されずに残っている。そして、事務用机やら椅子やらも無造作に置かれていた。会社の備品は、いくらか置きっぱなしになっているようだった。
フロアの隅には、埃の塊が毛虫のように転がっている。机の上には、埃が薄い膜のように張られている。
「こりゃ確かに酷いね」
カレンさんは、いつの間にかハンカチで口元を覆っていた。あたしもそうしたいのは山々だったけど、生憎ハンカチを持ち合わせていなかった。仕方なく、服の袖を口元に当てる。
「ほら、奥に部屋があるじゃないですか。あそこに隠したんです」
ハウセンさんも手で口元を覆いながら、空いた片手で奥の方を指差した。そこには扉があった。
「それじゃ、さっさと回収しますか」
カレンさんは先頭に立つと、フロアを進んで行く。あたしとハウセンさんも遅れないようにその後を追う。
扉に近づくと、上に何かが書かれているのが見えた。
「社長室、ですか」
広い三階のフロアに、一つだけ隔離されたように存在する部屋。なるほど、納得がいく。
という事は、ここがハウセンさんの友人が仕事をしていた部屋ということだ。
そんな部屋の扉を、なんの躊躇もなくカレンさんが開ける。部屋の中も、外のフロアと同じように埃に
窓から入ってくる僅かな光を受けて、空気中の埃がキラキラと輝く。その中をカレンさんは進んで行く。
「どうやら、これのようだね」
部屋の奥、埃を被った段ボール箱がある。それにカレンさんは指をさした。
「どうしてわかったのですか?」
ハウセンさんは少し不思議そうに言う。まだハウセンさんは、隠した場所を細かく言っていない。それにもかかわらず、カレンさんは隠し場所を言い当ててしまった。
「簡単さ。床を見てごらん」
あたしとハウセンさんは、言われるままに段ボールが置いてある床に視線を落とした。
「あ、段ボールが移動した跡がある!」
思わず大きな声が出てしまった。
「そう、埃塗れの床に段ボールは置いてあった。けど、ハウセンさんが端末を隠した時に箱が移動してしまった。よって、埃を被っていない床が見えてしまった訳だ」
タネ明かしをしながら、カレンさんは段ボールから黒くて細長いデータ端末を取り出した。
「良かったよ、これなら気づく奴は気づいていただろうから」
データ端末に付いた埃を払いながら、カレンさんは安堵の笑みを見せる。
「はい、本当に良かったです。あとは、これを外へ持ち出せれば――」
ハウセンさんも笑みを浮かべ、カレンさんから端末を受け取ろうと近づいた時だった。カラン、と小さな金属が床に転がる音がした。どこからだろう、と振り返ると、社長室の扉の近くに何かが転がっていた。ジュース缶のような形と大きさだ。
「あれはっ!」
カレンさんが声を上げた瞬間、缶のような物から勢い良く煙が噴き出した。瞬く間に、小さな部屋は白煙で満たされていく。
これは毒ガスだったりするんだろうか。咄嗟に呼吸を止め、口元を強く押さえる。
「くそっ、スモークグレネードなんて……」
どこからかカレンさんの声が聞こえる。視界は真っ白で、何も見えなくなってしまった。カレンさんもハウセンさんも、どこにいるかわからない。
「ゲホッ、ゲホゲホッ!」
近くから、咳き込む音が聞こえる。その声質からハウセンさんだとわかる。どうやら、煙を吸い込んでしまったようだ。
「とりあえず、出口へ!」
咳が聞こえる方へ手を伸ばすと、大きな体に触れた。きっとハウセンさんだ。その体に手を添えて、扉の方へと歩き出す。
方向は、何となく覚えている。壁伝いに歩きながら、ようやく扉らしいものが薄っすらと見える。少なくとも、この狭い部屋よりかは煙は充満していないはずだ。そこで何が起きたかを考えなければ。
そう思いながら扉を潜る。すると、外に何かの気配を感じた。
「見つけたぜ」
低く掠れた男の声。それが聞こえた瞬間、空気を震わせる破裂音がした。銃声だった。
「うっ……!」
間髪入れず、今度はハウセンさんの唸り声が聞こえた。一歩、二歩と歩いたところでハウセンさんは膝から崩れ落ちてしまった。
「まさか!」
そのまさかだった。次第に薄れていく煙の中、胸元を真っ赤にしたハウセンさんの姿が見えてくる。
間違いない、撃たれたんだ。誰に? そんなの、さっきの声の主に決まっている。
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