第2話 街の裏側②

「計画っ⁉」


 あたしは思わず大きな声を出してしまった。しかし、あたしとは反対にカレンさんは冷静な雰囲気だった。黙ってハウセンさんの次の言葉を待っていた。


「私は、Gテクノロジーの秘密研究チームに所属していました。そこでは、非人道的な実験や危険な薬の製造がされていたんです。自分自身がこんな事に関わっているのは、とても恐ろしかったです。でも!」


 突然ハウセンさんは声を荒げ、顔を両手で覆った。体は小刻みに震えているように見えた。明らかに怯えている様子だ。


「研究に関して外部に漏らせば命の保証は無いと、銃を突き付けられながら脅されたんです! 私は怖かった……研究で人殺しの手伝いをしているのも、命を握られている現状も全部!」


 冷静さを取り戻すためか、ハウセンさんはコーヒーをぐびっと勢いよく飲んだ。空になったカップは、カランッと軽い音を立てて置かれた。


「それでも、何人かは研究所を抜け出そうとしたんです。でも全員が、冷たくなって帰ってきました。まるで、残った人間全員を脅すためのように……」


 その時の光景を思い出すかのように、ハウセンさんは少し青白い表情で天井を見つめていた。


「結局、私は連中の思惑通りに怯えるだけでした。でもある日、たまたまGグループの秘密計画の一部を知る機会があったんです。非常に恐ろしい内容でした。それを見て、私は確信しました。この暴挙を許してしまったら、世界中が混乱に陥ることを」


 あたしは、カレンさんの顔をうかがった。目つきが細くなり、真剣にハウセンさんの話を聞いている。当たり前だ、今まであたし達が探していたものの答えがそこにあるのだろうから。


「この計画を何とかしたい。私はその一心で策を練りました。そこで、監視付きではありますが外出許可を得て、行動を起こしました。それは、外部へこの計画を持ち出し、然るべき機関に対処をお願いすることです。まずは監視に見つからないように、研究所の外に通信端末をセットしました。そして、内部からこっそり計画のデータを端末に送り込んだんです」

「という事は、既にデータは研究所の外へ持ち出せているってことですか?」


 思わずあたしは、まくし立てるようにハウセンさんに詰め寄ってしまった。突然の事に、ハウセンさんはぎょっとした顔で背中を逸らせた。


「小町、ステイ」


 カレンさんの手が、あたしの首根っこを掴むとぐいっと引き戻される。


「しかしハウセンさん、今の言いぶりだとまだ何かあるようですね?」

「え、えぇそうなんです。ここからが本題でして……」


 額の汗を再び拭い、軽く咳払いをしてから話を続けた。


「実は、データの入った端末をまだ回収できていないんです。早く回収したいのは山々なのですが、きっと連中が脱走した私を探しているに違いありません」


 そう言うと、ハウセンさんはちらっと窓の方を見た。そこでようやくあたしは納得がいった。焦った様子で事務所を訪ねて来たのは、追われていたからだろう。


「連中というのは、脱走者を始末するGグループの殺し屋という事ですね」


 カレンさんはコーヒーを片手に、ハウセンさんにそう確認した。


「はい。そこで、前々からGグループを探っていると噂の橘探偵事務所に来たのです」

「そんな噂になってるんですね」


 あたしは、今日までの成果を感じて笑顔になった。でも、カレンさんは微妙に困り顔だった。


「つまりそれだけ相手に警戒されてるって事さ。きっと素性もバレている。Gグループの協力者なんて、街中にいるだろうから探り放題だろうね」


 その言葉を聞いて、背筋に冷たいものが走った。


「その通りなんです。だから、ここから端末の回収、Gシティから脱出の間の警護をお願いしたいんです」

「それが依頼内容ですか。なるほど」


 カレンさんは腕を組み、少し考え込むような仕草をする。

 今回の依頼はかなり重要な内容だ。Gグループの悪巧みをおおやけにし、計画を阻止することに繋がる。きっとカレンさんは、受けるかどうかで悩んでいるんじゃない。警護のプランを練っているんだ。

 あたしの考えは間違っていなかったらしく、カレンさんは一人で納得したように頷いた。


「わかりました、やりましょう。まず手始めに、ハウセンさんには着替えてもらいましょうか。きっと連中も服装は把握しているでしょうから」


そう言いながら立ち上がったカレンさんは、スマホで何かを調べ始める。そして、しばらくすると画面を見せてきた。


「小町、ここのお店で服を取り揃えてきてほしい」


 画面には、海外に本店を構える有名衣料品店のホームページが映っていた。恐らく、この店を選んだのはGグループ傘下ではないお店だったからだろう。少しでもハウセンさんの足跡を残さないように、そう選択したんだ。


「わかりました、準備してきます」


 あたしは身支度を始める。その間にも、カレンさんはハウセンさんと話を続けていた。


「ハウセンさん。一つだけ、依頼を受ける条件を提示させてもらってもいいですかな?」

「えっと、どういった内容でしょう?」

「私達にも、Gグループの計画データを共有してもらいたい。連中の目的がわかれば、私も手の打ちようがあるという事です」


 この条件に対して、ハウセンさんは即答だった。


「勿論です。協力者として、情報共有は必須でしょうから」


 あたし達は、それだけ信頼されているという事らしい。益々やる気が湧いてくるというものだ。

 駆け足で事務所を出る。いよいよ、Gグループの裏の顔を暴く時が来るのだ。巨悪に立ち向かう探偵。その姿は、あたしの憧れそのものだった。

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