第2話 街の裏側①
死神さんの事件が解決してから、ある程度の日数が経っていた。無事に依頼を解決し、犯人であるバレットさんも逮捕された。そして、彼女の証言から裏で暗躍する黒い服の男について、ファルネーゼさんが捜査をする事になっていた。なっていたのだけれど。
「すまない、なかなか捜査に集中できない状況が続いている」
いつもの喫茶店で、あたしとカレンさん、そしてファルネーゼさんで集まっていた。
申し訳なさそうに、ファルネーゼさんは軽く頭を下げながらそう言った。
「ふ~ん、珍しいね。マリーが素直に謝るとは」
反対に、茶化すようにカレンさんはニヤリと笑う。この人はファルネーゼさんの揚げ足取りばかりしようとしている気がする。
しかし、カレンさんの態度には何も言わず、ファルネーゼさんは言葉を続けた。
「黒い服の男を捜査しようとすると、急に別件の手伝いに駆り出されたり、人員を削減されたりしたんだ。そのお陰で、上手い事捜査をすることができていない」
本当に悔しそうに、ファルネーゼさんは目を伏せている。
「し、仕方ないんじゃないですか? 警察の仕事だって忙しそうですし……」
フォローの言葉をかけるけど、ファルネーゼさんは気落ちしたままだった。それほどまでに、この捜査へ力を注ぎたいんだろう。早く黒い服の男の情報を掴みたいんだ。
それは、あたし達も同じだった。黒い服の男について、あたし達もそれなりに捜査をしていた。だけれど、今のところは有力な情報を掴めずにいた。
「なるほどね。なんだか、警察はこの件に触れたくないようにも見えるねぇ」
「え、どういうことですか?」
カレンさんの発言に、あたしとファルネーゼさんの視線が集まる。
テーブルに置いてあるコーヒーカップを手に取り、ゆっくり傾けながら口をつけるカレンさん。香りを楽しむように、小さく息を吐いた。
「なに、まるで上層部がマリーの邪魔をしているように感じたのさ」
「橘、お前まさか……いくら古巣が嫌いだからって!」
静かな店内で、ファルネーゼさんの荒々しい声が響いた。周りのお客さんの目が、あたし達の席に向けられる。ちょび髭を生やしたマスターも、口元に人差し指を当てて静かにするようにジェスチャーを送っていた。
「すまない、取り乱した」
少し不満そうにしながらも、ファルネーゼさんは深呼吸をして落ち着こうとしていた。その様子を見て、カレンさんは再び話し始める。
「マリーにだってわかっているだろう? Gグループが持つ権力の大きさを」
「あぁ、だがそんなものに街の治安組織が与するわけが――」
焦燥感に駆られたように、ファルネーゼさんの目が大きく開かれる。しかし、カレンさんは冷たく笑うだけだった。
「警察だって所詮は組織。人間の集まりに変わりはないさ。社会の流れには逆らえない。特にこの街ではね」
「だ、だがっ……」
そう言って、ファルネーゼさんは続く言葉を探していた。しかし、自身でも納得のいく言葉は見つからなかったらしい。パクパクと口を開閉し、言いよどんでしまった。
「もし本当に、警察の上層部がGグループの仲間だったりしたら?」
あたしは恐る恐る、カレンさんにそう問いかける。
「少なくとも、この街にGグループを法的に止められる者は存在しないだろうね。グループの意向が全て、それが正義になるのさ」
「そんな……」
奥歯を噛み締める事しかできない。ただ突きつけられる言葉を、黙って飲み込むしかない。
「まぁでも、まだそうと決まった訳じゃない。マリーは、用心しといた方がいいんじゃないかって話さ」
カレンさんは再びコーヒーを口にする。
ファルネーゼさんは、店の外を眺めながら「そうだな」と呟いた。
「最悪の事態を考慮して、捜査を続ける。あまり身軽には動けないだろうが、やれるだけやってみるか」
そのまま、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がった。
「お前達も気を付けろよ。この事件、かなり危険な綱渡りになりそうだからな」
「言われるまでもないさ。それに、もうここまで関わっているんだから、逃げ出すこともできないだろうからね」
そうだ、もうあたし達の後ろに道はない。決着をつけるまで、あたし達は挑み続けなければいけないんだ。
黒い服の男について、大きな情報を交換することもなくこの日は解散となった。
それから真っすぐ事務所に戻り、あたし達は情報集めの準備を開始する。
「今日はどこを回るつもりですか?」
あたしの問いかけに、カレンさんは地図アプリを開いた。指先が、拡大と縮小の操作を繰り返し、目的の場所を表示させる。
「この地域はまだ行っていないだろう?」
あたし達はこの数日間、情報を知っていそうな人物を探し続けた。勿論、情報屋のレーナさんなどにも聞き込みを行っていた。それを地域ごとに回って行っている。
「今日こそは、何か掴めますかね」
全く成果無しの状況が続いているので、あたしはすっかり自信が無くなっていた。こうも手掛かりが無いと、虚しいだけの努力な気がする。
「さぁね。わからないから、探しに行くんだろう?」
「それもそうですけど……」
出発前から意気消沈。我ながら情けないとは思う。そんな事を考えていると、事務所の扉をノックする音が聞こえた。こんなタイミングにお客さんだろうか。
「はいどうぞ」
カレンさんが来客者に声をかける。するとすぐに扉が開き、小太りで眼鏡をかけた男性の姿が露になった。額に汗の玉を浮かべ、肩で息をしている。きょろきょろと目玉を泳がせ、落ち着きのない様子だった。
「ここが、橘探偵事務所で合ってるんですよね?」
扉を閉めながら、かすれ気味の声で男性はそう言う。事務所の看板は、表にもある。なので、ここが事務所かと訊かれることはそうそうない。ちょっと変な感じの人だなぁ、と何となく思った。
「ええ、合っていますよ。そして私が、所長の橘カレンです」
男性の元へ歩み寄ると、彼の手を取り握手をした。爽やかな営業スマイルをすると、若干声のトーンを落として言葉を続けた。
「どうやら、かなりお急ぎの様子ですね。何かあったんですか?」
「あぁええっと、そうです。緊急を要する内容で」
慌てたような声を聞きながら、あたしはコーヒーの準備を始める。その間に、カレンさんは男性を応接用の椅子に座らせた。
「まずは、お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。私は、カウェル・ハウセンです」
額の汗を拭いながら、太い指で眼鏡をくいっと上げる。
椅子に腰かけてから、ハウセンさんは少しずつ落ち着いてきたらしい。それでも、体は暑いようなのでアイスコーヒーをテーブルに置いた。
「あっ、どうも」
小さな声でボソッとお礼を言うと、コーヒーを一口飲んだ。
「さて、これで落ち着いたでしょう。早速、お話を聞きましょうか」
カレンさんの言葉にハウセンさんは、小さく頷いた。そして、慌てないようにはきはきと話し始める。
「はい。結論から言いますと、Gグループの計画を阻止したいんです」
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