第3章 ラストダンス

第1話 終末の予兆

 薄暗く広い部屋の中、一人の男が青白く光るモニターを見つめていた。四十代に見える男は高級なスーツを身に纏い、ネクタイを首元までしっかりと締めている。折り目のハッキリした真っ白なビジネスシャツは、男の真っすぐな性格を表しているかのようだ。


「なるほど、ね……」


 男はボソッと呟くと、キーボードを叩き始める。男のいる机には、パソコン以外にも、書類などが多く積まれていた。

 黙々とタイピングを続ける男だったが、しばらくすると動きを止めた。部屋の扉からノックをする音が聞こえたからだ。


「どうぞ」


 低く、落ち着いた声で男が入室の許可を出す。すると扉が開き、がたいの良い男が入って来た。サングラスをかけ、黒服姿のその容姿はまるでエージェントかSPのようだった。だが、短く生えた顎髭とニヤついた口元から、軽薄そうな雰囲気を感じられる。


「ガエリオさん、緊急事態ですぜ」


 そう言いながら、黒服の男はガエリオと呼ばれたスーツの男の元へと向かう。黒服の手にはタブレット端末が握られている。


「第三科学研究班の研究員、カウェル・ハウセンが脱走したようで」


 手に持ったタブレット端末の画面に映像が映し出される。そこには、監視カメラから撮影されたであろう、廊下を見下ろす映像があった。

 映像には、鞄を抱えて走る小太りの男の姿がある。その様子を見て、ガエリオは鼻を鳴らしながら顎に手を当てた。


「確か、Gテクノロジーの秘密研究員だったかな?」


 その問いに、黒服は黙って頷く。すると、ガエリオはため息をつきながら椅子に深く座りなおした。


「あそこの役割はほとんど終わっているんだ。いつも通り、処分していいよ」

かしこまりました。では、他のテトラポット連中にも伝えておきます」


 黒服は頭を下げると、回れ右をして扉目指して歩き始めた。その後ろ姿を見ながら、思い出したようにガエリオが声をかける。


「ちゃんとデータだけは取っておいてくれよ。テトラポットには、そういう役目もあるからね」

「はい、承知しておりますよ」


 黒服はもう一度お辞儀をすると、静かに扉を閉めて出て行った。

 再び、広い部屋に一人となったガエリオはモニターに目をやった。


「障害となるものは、なるべく早く取り除くべきなんだよ。そう、がんなんかを摘出するのと同じさ」


 モニターには、何かの手筈などが記載されたデータが映っている。その表題には、大きく『Gプロジェクト』と記載されていた。


「僕の願いを叶えるために、美しい世界を実現するために、有害なものは全て排除するんだ」


 ふふふ、と押し殺したような笑い声が、静かな部屋の中にこだましていた。

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