第4話 仮面の奥のスイセン⑦
「……わかりました。成功させます」
「よし。なら、私が奴を引き付ける。小町は、あの瓦礫に身を隠してくれ」
そう言うと、道路を挟んだ向かい側を指差した。そこには、既に壊された建物の残骸が転がっている。作業も途中らしく、大きな瓦礫がゴロゴロと転がっている。それを利用しようというのだ。
「今度は、拳銃を壊されないでくれよ。それは私の片割れだからね」
あたしの握る拳銃に目をやりながら、カレンさんはニヤリと笑う。その笑顔は、バレットさんとの戦闘への恐怖心など一切ない。あたしができるって、心底信じているからなのか。
そうまで思ってもらえるなら、応えない訳にはいかない。
「じゃ、よろしく!」
カレンさんはそのまま、バレットさんの方へと歩み寄る。あたしは、二人の様子を見ながら後ずさりを始める。バレットさんに、同じ作戦だと悟られないようにするためだ。
「
バレットさんを挑発するように、カレンさんが声をかける。バレットさんは、すぐに反応した。
「そんなに早く死にたいなら、一番に消してあげるよ?」
バレットさんの足元には、ファルネーゼさんが倒れている。散々殴られ蹴られ、体中が赤く腫れあがっていた。
標的を変えたバレットさんは、おまけと言わんばかりにファルネーゼさんの腹部に蹴りを入れた。そして、カレンさんと向かい合う。
「私の友人と随分遊んでくれたようだね」
「じゃあ、仲良くあの世に送ってあげるよ」
すると、カレンさんは大して面白くなさそうに、ははっと笑った。
「そいつは勘弁。あの世でもマリーと一緒とか、冗談キツイねぇ」
カレンさんは拳銃を突きだし、戦闘態勢に入る。
「それに、例え死んだとしても、天国に行けるのはマリーだけだろうからね」
一気にカレンさんは、バレットさんに詰め寄る。怪我など感じさせない瞬発力だ。拳銃を撃ちながら接近するカレンさん。それを器用に回避するバレットさん。
「そんな弾、当たらないよ!」
拳を握り、バレットさんも接近する。流石に格闘戦は、負傷しているカレンさんが圧倒的に不利だろう。それに、カレンさんは彼女を誘導する役割だ。殴り合うのが目的ではない。
カレンさんは進行方向を変え、あたしが向かっている方向と逆へと進む。瓦礫に隠れるなら今だろう。足音を立てすぎないように、素早く瓦礫の影に走る。
その間にも、銃声は鳴り続けている。
「ちょっとは立ち止ってくれないかな? 弾が当たらなくて困るよ」
「ふざけてるのかお前!」
カレンさんの挑発に、見事にバレットさんが乗っかる。血が頭に上っている彼女は、何の疑いもなくカレンさんを追い続けている。これなら、彼女の視線は間違いなくカレンさんに釘付けだ。
その隙にあたしは目標の瓦礫に到着した。人の背丈ほどもある、大きなコンクリートの壁だ。これなら、身を隠すのに十分すぎる。厚みもあり、銃弾なんかも防いでくれそうだ。
そんな場所で、あたしは息を殺す。気配を消して、カレンさんの合図を待つ。
「ソフィアちゃんは私が手に入れる! 邪魔なものは全部消してやるんだ!」
「そうやってキミは、自分以外のものを否定し続けるのかい? そんなに独りよがりでいたいのかい?」
「黙れぇっ!」
遠くから、二人の声が聞こえる。感情を爆発させ続けるバレットさん。その想いを否定するカレンさん。お互いの主張は、ひたすら交わることは無い。この平行線の先には、いったい何があるのだろうか。
「リサちゃん、キミはあの時ハッキリ言った。ソフィアちゃんに優しくされたと。それが嬉しかったのだろう? その事実さえも否定するのか?」
「そ、それは……」
あれほど叫んでいたバレットさんが、言い
すると、二人の足音がだんだん近づいてきていることに気が付いた。カレンさんがこっちに誘導を始めたのだ。拳銃を握る手に、自然と力が入る。
「ソフィアちゃんが向けてくれた優しさは、人を思いやる気持ちだ。でも、今キミの叫んでいることは、その真逆だろう。キミは、あの時の優しささえも否定したいのかい⁉」
「わ、私は……!」
明らかな動揺。それも、カレンさんの狙いなのだろうか。
二人の足音はすぐそこだ。先行して走る足音は、もう瓦礫の傍まで来ている。
「優しさには、優しさで応えてあげればいいじゃないか」
カレンさんが、瓦礫の横を通過する。ちらりと、こちらを一瞥すると「来るぞ」という視線を送って来る。それにあたしは、黙って頷く。
もう一つの足音が、来た。
「今だ!」
カレンさんの合図と共に、瓦礫の影から飛び出す。銃口を向けた先に、バレットさんが現れる。彼女は、驚きの表情の後、寂しそうな顔に変わった。何かを諦めたような、手放したことへの悲しみ。きっと、そんな感情を抱えていたのだろう。
それでも、あたしは引き金を引く。銃弾は、バレットさんの左肩を撃ち抜いた。激しい銃声と共に、バレットさんは
うつ伏せになるバレットさんに、あたしは銃口を向け続ける。しかし、彼女からは全く戦意を感じなかった。あれほど禍々しかった殺意のオーラは、見る影も無い。ゆっくりと寝返りを打ち、仰向けになる。
「バレットさん、あなた……」
空を見上げる顔は、涙で濡れていた。瞳には、厚い雲を映している。
「私には、何も無い……。愛する人の想いさえ、受け止められないなんて。私は、私は……」
バレットさんは言葉を詰まらせると、そのまま
「これにて解決、だな。お疲れさん、小町」
カレンさんが、額の汗を拭いながら隣に立った。苦しそうではあったが、それよりも達成感に溢れる表情をしていた。
「ありがとうございます。カレンさんのお陰ですよ」
「何言ってるんだい。小町は、やってみせたのさ。過去の失敗に挫けず、ね」
あたしの肩を叩きながら、ニヤニヤと笑いかけてくる。
「失敗したなら、取り返せばいい。チャンスってのは、必ず巡って来るものだからな。あの子達みたいにね」
そう言うカレンさんの視線は、肩を抱き合うソフィア達に向けられていた。三人は、まだお互いに謝り続けていた。それでいて、嬉しそうに泣き笑っている。
「そのチャンスは、彼女にも来るんでしょうか?」
三人とは対照的に、一人泣き続けるバレットさん。感情を爆発させ、暴走を続けた彼女にも挽回の機会はあるのだろうか。
「来るさ、いつか。自分の罪と向き合い続ければ、いつか必ず」
「……そう、ですよね。きっといつか」
バレットさんの元には、ファルネーゼさんが駆け寄っている。手錠を取り出し、涙を拭うバレットさんの腕にかける。
「間もなく警察と救急が来る。お前も乗るんだぞ、橘」
傷だらけの頬を撫でながら、ファルネーゼさんはそう忠告する。だが、それに素直な返事をするようなカレンさんではない。
「えぇ~、医者って嫌いだからなぁ」
「そんなこと言える状態か貴様っ!」
いつもの調子で言い返すファルネーゼさん。だが頬が痛むようで、苦痛に顔をしかめていた。
かく言うカレンさんも、痛みで顔を歪ませている。これは全員揃って、お医者さんの世話になることだろう。
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