第4話 仮面の奥のスイレン④

 身体能力お化けのバレットさん相手に、カレンさんは肉弾戦を選んだ。バレットさんも、負けじと拳を握り殴り返す。

 さすがに威力が桁違いだった。胸骨の辺りに拳が食い込む。


「ぐっぅ⁉」


 一瞬、カレンさんの足が地面から離れる。立て続けに、バレットさんは蹴りを入れる。腹部へと真っすぐに入ったキックで、カレンさんは後方へと飛ばされてしまった。砂利の上を何度も回転し、生垣にぶつかってようやく止まった。


「今すぐその首をねてあげる」


 そう言うと、バレットさんは鎌を拾い上げようとした。でも、そうはさせない。一秒先に早く、あたしの手が鎌の柄を掴んだ。


「こんな危ない物っ!」


 少しでも鎌をバレットさんから遠ざけようと、彼女とは反対方向へと鎌を投げる。すると、鎌はブーメランのように回転しながら飛ぶ。その先には、アパートの二階の壁があった。

 鋭い鎌の切っ先は、木造の壁へ簡単に突き刺さる。


「何するの!」


 バレットさんは怒りからか、あたしの腹部を蹴り上げた。胃や腸が強く圧迫されて、吐き気が喉奥からこみ上げてくる。

 しかし、吐しゃ物が出るより先に血が飛び出す。バレットさんに蹴られ、地面に体を打ちつけた時に口の中を切ったらしい。鉄の味が、さらに吐き気を誘う。


「あなたも、簡単に殺したりしないから。楽しみにしててよ」


 バレットさんの、虫でも見るような視線が向けられる。だが、あたしだって負けじと言い返す。


「大丈夫、誰も殺させやしない。あなたに、これ以上過ちを犯させない!」


 しかし、あたしの言葉に彼女は鼻で笑うだけだった。すぐさま視線を、壁に刺さった鎌に向けられる。きっと、鎌を取るつもりだろう。あれを手にさせたら、きっとあたしもカレンさんもやられる。

 そんな事、黙って見てられない。痛む体に鞭を打ち、バレットさんの足を掴んだ。


「いい加減にしなさいよクズがっ!」


 バレットさんは、自由な足をこちらに向けて踏みつけようとしている。それも顔面目掛けてだ。きっと、今の状態で蹴られたら気絶してしまうだろう。気を失ったら最後、多分そのまま殺されてしまう。そうわかりながらも、あたしの手は彼女の足をがっちりと掴んでいた。


「ナイスだ小町!」


 そこへ、カレンさんの嬉しそうな声が聞こえてくる。その刹那せつな、銃弾がバレットさんの太ももを貫いた。


「あがっ⁉」


 さすがのバレットさんにも痛覚はある。どれほど身体強化の薬を使っても、生きていれば避けられない生理現象だろう。

 それに、彼女は元々ただの女子高生だ。いくらリストカットを繰り返していたとしても、痛みに慣れているという事は無いはずだ。現に、太ももを弾丸に貫かれた彼女の表情は苦痛そのものだった。

 カレンさんは容赦なく、バレットさんに次の弾丸を撃ち込む。弾は、彼女の右前腕に命中した。


「痛い! 痛い痛い痛いぃ!」


 そう訴える彼女は、涙を流しながら暴れた。四方八方へと振り回された片足が、あたしの側頭部目掛けて降ってきた。

 一瞬視界が白くなる。身体も軽くなったような気がするが、すぐに現実に戻された。痛みで身体の感覚が戻ってくる。

 そこでようやく気が付いた。あたしがバレットさんの足を放してしまったことを。


「そ、ソフィアちゃん……置いて行かないで!」


 半狂乱のように叫びながら、バレットさんは廃屋のある北側へと走って行った。


「大丈夫か小町」


 そのすぐ後、カレンさんが駆け寄って抱き起してくれた。


「色々と痛いですけど、大丈夫です」


 何とか起き上がり、視線を上げる。そこには、壁に刺さったままの鎌があった。バレットさんは、武器を持たずに走って行ったんだ。


「今の死神さんには、武器が無い。あの身体能力も、銃弾のダメージで発揮しきれないだろう。つまり、今がチャンスだ。必ず彼女を押さえようじゃないか」


 いつものニヤニヤ顔は無く、真剣な眼差しのカレンさんがそこにはいた。その額には、薄っすらと脂汗が浮いている。


「もしかして、背中の傷――」

「大丈夫だ。これぐらい、大したことは無い」


 まるで子どもを安心させる親のように、カレンさんはあたしに優しく微笑みかけた。けれども、それがあたしには怖く感じた。まるで、このまま消えてしまいそうな気がしたのだ。物語の中では、こういう場面でいつもと違う優しさを出してくる人物は死んでしまう。それと重なって見えてしまったのだ。

 思わずあたしは、カレンさんのジャケットの裾を握り締めた。


「……どうした、小町?」


 不思議そうな視線を向けられる。確かに、考えすぎかもしれない。そんな事は、所詮フィクションの中の話だって切り捨てられるだろう。

 でも、あたしは今伝えなきゃいけない気がした。


「少しは、我慢しないでください! あたしを頼ってください! 頼りなくて、ミスばっかりする、まだまだ見習いのあたしですけど、それでもカレンさんを少しぐらいは支えられますから! だから、無理しないでください!」


 吐き出すように、言いたい事をぶちまけた。すると、カレンさんは肩を震わせながら――。


「ふっ、ふふっ、ふははははっ!」


 笑った。豪快に笑った。あたしは思わず、ポカンとした表情になってしまう。今、笑う所だっただろうか?


「見習いに心配されるほど、私は落ちぶれてなんかいないさ。心配は自分の為にしなよ、小町」


 あの優しかった笑顔から、人を小馬鹿にするようなニヤニヤ顔に変わった。そして、あたしを子ども扱いするように、ポンポンと頭を撫でられる。


「私を誰だと思ってる? このGシティ一番の武闘派探偵なんだ。安心しな、見習いのケツぐらい持ってやるよ。だから、思いっきりやりな」


 そう言うと、今度はお尻を叩いてきた。ビックリして、一歩前に出てしまう。


「そんな扱いされるぐらい子どもじゃないですって! 自分で尻拭いだってできますから。さっさと行きましょう!」


 あたしは、一人でバレットさんが向かったであろう方角へと走り出す。カレンさんも「やれやれ」なんて言いながら、あたしの少し後ろを走り始める。


「思いっきりやりな……か」


 走りながら、カレンさんの言葉を小さく呟く。

 また失敗するかもしれない。またカレンさんを怪我させるかもしれない。でも、カレンさんはそれをわかっていながらそう言ったんだ。きっと遠回しに、頑張れって言ってくれてるんだと思う。

 あの人は、器用だけど不器用だ。

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