第4話 仮面の奥のスイセン③
「どうして……どうしてリサさんなの⁉」
まだ信じられない様子で、ソフィアは叫んだ。それでも、バレットさんの笑みは崩れない。彼女は、淡々と質問に答えるだけだった。
「私が、ソフィアちゃんの願いを叶えたかったの」
「ね、願い?」
「そう。あの日、ソフィアちゃんはそこの二人と喧嘩したでしょ? それでソフィアちゃんが傷ついてるみたいだったから、助けてあげたいなって思ったの」
バレットさんは、楽しそうに話を続ける。その様子は、まるで放課後の女子トークのように明るかった。こちらの雰囲気との差に、異様な感じがする。
「それで私、思いついたの。死神さんみたいに、ソフィアちゃんの望みを聞いてあげようって」
「でも、だからって……こんな事、本当にしていい訳ないじゃん!」
「いいんだよ」
ソフィアの怒りとは反対に、バレットさんの言葉は冷たく冷静になった。その笑顔も、まるで仮面を貼り付けたようなものに変わる。
「いいんだよ、ソフィアちゃんの望みだし。私も、この人達が邪魔だったから」
バレットさんは、鎌の刃を愛でるように撫でる。すると、まるで鎌が渡辺さんとライヴリーさんを睨みつけるように、ギロッと光った。
「望み通りにただ殺すのは、ちょっとつまらないかなって思って生かしておいたのに。逃げられるなら、サクッとやっちゃうべきだった。まぁ、ソフィアちゃんの目の前で解体ショーができるならいいや」
そう言いつつ、バレットさんは鎌をこちらに向けた。そして、笑った。満面の笑みで。それは、背筋が凍り付くような狂気だった。あまりの恐ろしさに、ライヴリーさんは「ひっ!」と声を漏らした。
「何でキミは、そんなにソフィアちゃんの望みを叶えようとするんだい?」
カレンさんが一歩前に出て、バレットさんに訊ねた。確かに、何故ここまでソフィアに固執するのだろうか。
誰もが抱いたその疑問に、バレットさんは嬉しそうに答えた。
「決まってるじゃない、ソフィアちゃんを愛してるからだよ。あっ、言っちゃった!」
てへっ、と言うように舌を出して笑う。しかし、誰もがその返答に
「私は忘れないよ。初めて、ソフィアちゃんに出会った日の事を」
そう言って、遠くを見つめる。
「入学したばかりで、クラスになかなか馴染めなかった私に、ソフィアちゃんが優しく声をかけてくれたんだ。あんなに優しくしてくれた人、今までいなかった。だから私、気が付いたの。ソフィアちゃんが、運命の相手だって!」
あまりにも突飛で、飛躍し過ぎた考えに誰も追いつけない。言えることといえば。
「この子、何本か頭のネジ飛んでますよ……」
「らしいね」
あたし達の物差しでは測れないレベルという事だ。
話に置いてけぼりのあたし達に構わず、バレットさんは話し続ける。
「でも、ソフィアちゃんの周りには常に誰かがいた。そこの二人は、特にソフィアちゃんに付きまとっていた。だから、邪魔だったんだ。そしたら、ソフィアちゃんも二人をいらないって言うから、同じだ! って思って」
「なるほどねぇ。それで、死神さんの噂に乗っかった、と」
カレンさんの言葉に、彼女は頷いた。これが、死神さんことバレットさんの犯行動機だったのだ。いや、過去形にするのはまだ早い。彼女の意思は、まだそこにある。
「だから、ソフィアちゃんの願いを邪魔する奴は、全員ここでバラバラにしてあげる」
まるで獲物を狙う肉食獣のように、バレットさんの瞳がギラギラと光る。あれは殺意の輝きだ。背筋が冷たくなる。彼女は、今にも飛びかかって来そうな気迫だ。
「マリー! 三人を連れて逃げろ。ここは、私と小町でやる」
「馬鹿かっ! お前はまだ怪我が――」
「私は街一番の武闘派探偵。それが、依頼を果たさず逃げられるかっての」
そう言うと、カレンさんはファルネーゼさんにウインクした。ファルネーゼさんは、その顔を見ると呆れたようにため息をつく。
「まったく、強情な奴だ。すぐに助けに行くからな」
「ありがと、マリーちゃん」
「一言余計だ貴様は」
睨むような視線を送りながらも、ファルネーゼさんはソフィア達を引き連れて走り出した。向かうは、アパートの北側。廃屋を抜けて逃げるつもりのようだ。
しかし、それを黙って見逃すはずの無いバレットさん。
「どこに行こうって言うの?」
彼女は姿勢を低くし、今にも飛び上がりそうだった。だが、そうはさせない。あたしとカレンさんは、拳銃を引き抜く。
「通さないっての!」
早撃ちの得意なカレンさんが、バレットさん目掛けて先に発砲する。バレットさんは、この攻撃を回避するしかない。ジャンプを止め、バク転で銃弾を避けた。
鮮やかで素早い動きは、学校で見た彼女の印象とは真逆だ。大人しめで、インドア派のように思っていた。だが、今の彼女は人間離れした動きを見せる。
「こう見ると、改めて化け物じみているって感じるよ。キミのその動き」
苦笑いしながら、カレンさんは続けて発砲する。逃げた先を狙ったらしい。だがこれも、人間離れした動きで避けられてしまう。まるで、目で弾道を確認してから避けているような動きだ。
「それだけ動ければ、びっくり人間コンテストにでも出れるだろ」
「私はソフィアちゃんの為にしか、あの薬は使わないって決めてるの」
「薬?」
それが、彼女の身体能力の秘密らしい。いったいどんな薬なのだろうか。訊き出したいのは山々なのだが、そんな時間を与えてくれるほどバレットさんも悠長じゃない。
「邪魔者は消えろっ!」
バレットさんは、あたし達に向かって飛びかかってきた。その手には、銀色の鎌が握られている。
それを見ると、否が応でも思い出してしまう。カレンさんが切り付けられたことを。あたしのミスが、そんな事態を招いたことを。
「く、来るな!」
あたしは無我夢中で、拳銃の引き金を引く。何発も撃ち続けるが、当たらない。そもそも、狙いが正確じゃない。真っすぐ突っ込んでくるバレットさんのすぐ横を、掠めるように弾丸は飛ぶ。
「小町、落ち着け!」
カレンさんの声に、ハッと我に返る。だが少し遅かった。拳銃から弾が出ない。弾切れだ。それでも焦ったあたしは、引き金を引き続けてしまう。
「なんで、なんで弾切れなの……!」
「馬鹿な人」
声と共に、黒い影が視界を覆う。不敵に笑うバレットさんだった。彼女は、大きく鎌を振り上げながら言った。
「その魂を、刈り取ってあげるから!」
鎌は無慈悲に落ちてくるギロチンのように、何の
ヤバい。はっきりと、鎌の刃が迫って来るのが見える。切っ先があたしの命を狙っている。このままじゃ、怪我どころでは済まない。死んでしまう。死にたくない!
「うわぁぁぁ――」
悲鳴を上げた時。足に何かが引っかかった。そのせいで、あたしの視界は空を見上げる事になる。どんよりとした曇り空を背景に、鎌が空気を切り裂く。次の瞬間には、あたしの後頭部と背中を衝撃が襲った。
どうやら、後ずさりしていたら石に
「くそっ、
しかし、バレットさんはあたしのまぐれに苛立ったらしく、舌打ちをしながら睨みつけてきた。振り払った鎌を握り直し、今度こそあたしを切りつけようとしている。
今度こそ、終わってしまう。悲鳴が喉から出かかった時。
「やらせるかっての!」
カレンさんが、バレットさんの腕を蹴り上げた。不意打ちの攻撃に、バレットさんの手から鎌が飛んでいった。鎌は綺麗な放物線を描き、近くの砂利の上に落ちた。
「お前――」
バレットさんが、怒りの表情でカレンさんを見る。だが次の瞬間には、その顔にカレンさんの拳がヒットした。続けざまに、反対の拳が腹部に命中する。そのままカレンさんは、拳を打ち続ける。
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