第4話 仮面の奥のスイセン②

 中には、死神さんはいなかった。部屋は、扉を開けるとすぐに広がっていた。六畳一間の空間だった。窓は外から見ての通りで、木板で塞がれていた。隙間から、僅かな光が差す程度なので、室内は非常に暗い。

 それでも、部屋の中央に何かがいるのはわかった。


「ケイっ! エミリーっ!」


 ソフィアが叫びながら、ファルネーゼさんとカレンさんを押しのけて部屋に入った。彼女の言う通り、部屋の中央には渡辺さんとライヴリーさんがいた。

 二人はロープで縛られ、猿ぐつわを付けられていた。目元は布で目隠しされている。ソフィアの声が聞こえたようで、二人は声のする方を向いた。良かった、二人とも生きている。

 あたし達は、すぐに二人の拘束を解いた。


「エミリー、ケイ……本当に良かったぁぁああ!」


 自由になった二人を、ソフィアは泣きながら抱きしめた。傍から見ても、その想いの強さが伝わるぐらいきつく抱きしめていた。


「ソフィア、助けに来てくれたのか」

「ソフィアぁぁ……会いたかったよ!」


 二人も、彼女の体を抱き返す。どちらの目にも、涙が浮かんでいた。


「二人とも、怪我は無いかい?」


 抱擁を終えた二人に、カレンさんは問いかけた。一見、目立った外傷は無さそうだ。ただ、ライヴリーさんは少しやせ細っている。捕まってから、ろくに食事もとれていなかったのだろう。


「わたしは大丈夫」

「エミリーも――」


 ぐぅぅう……と、ライヴリーさんのお腹の虫が鳴った。悲し気な音だった。


「えへへ、お腹空いちゃった……」


 間の抜けた雰囲気に、一同笑みがこぼれた。これが、三人の日常の雰囲気なのだろう。本来なら、今日だっていつもとの変わらない日常を過ごしていたはずなのだ。


「それより、死神さんはどこなんだい?」


 カレンさんの言葉で、緊張感が再び部屋中を支配する。再会できたことは喜ばしいことだが、今はそれどころではない。あの死神さんを野放しにはできないだろう。


「死神さんなら、多分ここにいないよ」


 ライヴリーさんがそう言うと、渡辺さんも頷いた。


「わたしを縛った後、部屋から出て行ったから。きっと、外へ出かけてる」


 二人がそう言うのなら、恐らくそうなのだろう。


「なら話は早い。さっさとここから出るぞ」


 死神さんがいつ戻って来るかも知れない。ソフィアは渡辺さんを、ファルネーゼさんはライヴリーさんに肩を貸す。そしてそのまま、部屋を急いで出た。

 階段を下りきると、南側の開けた場所に何かが見えた。突入前に、あたしとファルネーゼさんがアパートを監視していた場所らへんだ。


「あ、あれって……」


 黒い影が、敷地内へと足を踏み入れる。あの黒いローブには、見覚えしかない。


「死神さん……っ⁉」

「なんでお前達がいるんだ」


 あたし達の姿を見るなり、鎌を展開させた。今にも飛びかかって来そうだ。あたしは拳銃を握った。

 しかし、すぐに戦闘にはならなかった。


「おっと、会いたかったよ死神ちゃん」


 カレンさんは一歩前に出ると、ウィンクを飛ばした。その行動に、この場にいる全員が固まった。それは、死神さんもだった。


「……ちょっとカレンさん、空気読めないにもほどがありますって」


 しかし、あたしの言葉など聞こえていないかのように、カレンさんは話を続けた。


「これ以上、同級生を苦しめるのはやめたらどうだい?」


 カレンさんの言葉に、死神さんは明らかに動揺した。肩を震わせ、一歩退いたのだ。

 そしてあたし達も、カレンさんの言葉に首を傾げる。死神さんに同級生と言ったのは何故なのか。


「あっ! もしかして、死神さんの正体が――」

「あぁ、わかったよ」


 カレンさんは、ちらりとこちらを向くとニヤニヤと笑った。

 しかし、死神さんは面白くないのか、地団駄を踏んで怒りをあらわにした。


「黙れ、黙れよクソがっ!」

「やれやれ。いくら超人的な身体能力でも、精神年齢がそれじゃあねぇ」


 煽り返しながら、カレンさんは死神さんに向けて指差した。得意気な声で、相手をおちょくるように言う。


「死神さんの正体は、リサ・ローズ・バレットちゃん。キミだろ?」


 その名前に、ソフィア達学生組は驚きの声を上げた。それもそうだろう。三人は彼女と同じクラスだった。それに、ソフィアはあたし達に学校案内をしている時にも擦れ違っている。あんなにも身近に、犯人はいたのだ。

 だが、死神さんは鼻で笑った。


「リサ? なんで私の正体がそれだと思った? 証拠でもあるのか?」

「証拠なら、ある程度ね」


 そう言うと、カレンさんはスマホを取り出し、画面を死神さんに見せつける。


「これは、メールを送ってきた死神さんのアカウントを調べて出てきた人物だ。同一人物の可能性が高いらしい」


 カレンさんが見せていたのは、死神さんがソフィアにコンタクトを取ってきたSNSだ。誰か知らない人物のアカウントを見せていた。


「このアカウントの投稿している画像を見て、気が付いたのさ。ほら」


 カレンさんはスマホを操作し、その画像を表示させた。あたし達にも見えるように、スマホを向けてくれる。


「これって、リスカ……」


 渡辺さんが、苦虫でも嚙み潰したような表情をする。画像は、手首に切り傷があるものだった。それも、ぱっと見ただけでも四か所。


「そう、このアカウントは自分のリストカットした写真を投稿していた。これを見て、ふと思ったんだよ。この傷と同じものを、見たことがあるってね」


 ニヤッとした笑みを、カレンさんは死神さんに向ける。


「学校で、キミとぶつかった時に見たのさ。同じ個所に、同じ傷。これは間違いないって思ったさ」


 これは、決定的な証拠だった。さすがの死神さんも、何も言い返せない様子だった。顔を俯かせ、わなわなと震えている。


「ねぇ、本当にリサさんなの……?」


 ソフィアが、信じられなさそうに見つめている。他の二人も同様だった。


「さぁ、その仮面を取ったらどうだい?」


 とどめと言わんばかりに、自信たっぷりの声でカレンさんは言った。

 すると、死神さんの手が動いた。その手は、髑髏どくろの仮面へと向かって行く。そして、金具が外れるような音がすると、仮面が外れた。

 ゆっくりと、死神さんは顔を上げる。やはり、その顔は見覚えのある人物だった。


「リサ・ローズ・バレット……」


 あの日、学校で会った彼女だ。どこか遠くを見るような瞳は、よく覚えている。


「ばれちゃった、ね」


 そう言いながら微笑むバレットさんは、あの死神さんには見えない。

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