第4話 仮面の奥のスイセン①

 あたしは、またしてもミスをしてしまった。今回は、カレンさんが発信機を仕込んでくれていたから良かったけれど……。


「はぁ……」

「おい、宮坂。それは何度目のため息だ」


 呆れ顔で、ファルネーゼさんがあたしを見る。確かに、死神さんに逃げられてから何度もため息を漏らしている。多分そのせいで、この場の雰囲気を悪くしてしまっているだろう。

 今あたしは、死神さんの潜伏先の前にいる。生垣の影に隠れ、身を潜ませている。あたしとファルネーゼさんの二人で、カレンさんの到着を待っていた。

 カレンさんが潜伏先だと教えてくれたのは、再開発地区にある古いアパートだった。ここ、再開発地区は文字通り再開発計画の真っ最中だ。Gシティの中でも特に古い地域で、建物の老朽化から再開発の地区として色々と工事が行われている。

 ファルネーゼさんによると、このアパートも来月から取り壊しの予定らしい。

 見るからに古い、木造のアパートだ。二階建ての造りになっていて、玄関はあたし達がいる南側とは反対にあるらしい。建物の南側は、雑草が生い茂っている。昔は駐車場だったのか、砂利が広く敷き詰められている。そして、敷地を囲うように生垣が配置されている。手入れが全くされていないので、枝葉は伸び放題だった。

そんな所から、あたし達は南側の窓を覗いて様子を見ている。


「それにしても、本当にここにいるのか? 人の気配を感じられないんだが」


 到着してから十五分ほど、あたし達は窓を見張っている。しかし、全てが中を覗ける状態にはなっていない。窓一面をカーテンが覆っている部屋や、木の板が打ち付けてある部屋もある。正直、ここからではあまり様子がわからないのが現状だ。

 だからと言って、容易に近づくことはできない。死神さんがどこから見ているのか、渡辺さんは今どんな状態なのか。最悪の場合、死神さんが彼女を手にかける可能性もある。あまり目立った動きはできない。

 打つ手がないまま悩んでいると、遠くの道路に一台のタクシーが止まった。


「ん? あれは橘か?」


 確かに、あのシルエットはカレンさんっぽい。しかし、もう一人タクシーから出てきた。あれは誰だろうか。目を細めて見ていると、だんだん姿がハッキリしてきた。


「え、なんでソフィアも一緒に?」


 なんと、カレンさんとソフィアが一緒に出てきたのだ。二人は小走りでこちらまで近づいて来る。


「待たせたな、二人とも」


 いつものニヤニヤ顔をカレンさんは向けてきた。しかし、あたしはそのテンションに応えられるほど元気ではなかった。


「早く、渡辺さんを救出しないと!」

「まぁそう慌てるな小町。犯人の性格的に、まだ猶予はあると思う」


 自信あり気な笑顔を向けると、カレンさんはアパートの様子を見ていた。それにしても、犯人の性格的にとは、どういう事なんだろうか。


「それで橘、発信機で部屋は割り出せないのか?」

「ちょっと待ってねマリーちゃん」

「なんだマリーちゃんって。そんな呼び方許可した覚えは無いぞ」


 少々イラつき気味のファルネーゼさんを無視し、カレンさんはスマホのアプリを開いた。画面には、立体の地図が映し出されていた。そして、目の前のアパートと同じ形をした立体物の一角で、赤い点が光っていた。


「どうやら二階の端らしいね」


 そう言ってカレンさんが指差したのは、窓に木板が張り付けてある部屋だった。


「あそこに、ケイが……」


 ソフィアは生唾を飲み、部屋を見つめていた。緊張の面持ちだが、彼女の瞳には強い意志を感じる。


「誘拐にはおあつらえ向きな感じですね」


 あたしも、睨みつけるような視線を送る。


「よし、突入しよう」


 あたし達のいる南側からでは、死神さんに見つかってしまう。なので、裏側に回り込むことになった。

アパートの裏には、廃屋が数件並んでいる。それを利用すれば、アパートに近づくことなど容易だった。物陰から、アパートの入り口を覗いた。上下にいくつかのドアが並んでいる。


「それらしい姿は無いな」


 ファルネーゼさんは既に拳銃を抜き、いつでも戦えるようにしながら呟いた。


「階段はあそこだね」


 カレンさんが向いている方向に、錆びた鉄製の階段があった。階段は、南の駐車場のほうから上れるようになっている。つまり、現在地から階段を上るとUターンする形になる。

 あたし達は、死神さんに察知されないように忍び足で階段へと向かった。静かに移動は完了し、こんどは階段を上り始める。だが、これがなかなか静かに動けない。


「うぅ……。これ、バレてないですよね?」


 ソフィアが不安そうに言う。錆びた階段は、一歩進むごとにきしんだ。大きな音ではないが、嫌に響いて聞こえる。

 なんとか全員階段を上りきる。そして、渡辺さんがいる部屋の前までやって来た。

 カレンさんとファルネーゼさんが、扉に耳を当てる。中の音を探っているのだ。あたしはその間、死神さんが出てこないか周りを見張っていた。違う部屋にいる可能性もあるからだ。


「……何か聞こえるな」

「あぁ。だけど、足音っぽくはないね。何かを引きずるような音だ」


 二人は小声でそう言うと、あたし達の顔を見てきた。その目は、今から突入すると言っている。それほど、真剣な眼差しだったのだ。

 それを受けて、ソフィアも深く頷く。勿論、あたしもだ。

 ホルスターから拳銃を抜き、いつでも構えられるようにする。それを見届けると、カレンさんはドアノブに手を掛けた。

 ファルネーゼさんが拳銃とは反対の手を上げ、指を三本立てた。それが徐々に一本ずつ折られていく。カウントダウンだ。

 全ての指が折られた時、カレンさんが勢いよく扉を開けた。


「――ぁっ⁉」

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