第3話 十三番目のカード⑥

「レーナちゃん、それはいったい?」


 カレンも初めて見るようで、小さなケースを指差している。ソフィアは首を傾げながらケースを見ている。


「ふっふっふ、これはタロットカードなのよ」


 ケースを開け、中にある沢山のカードを取り出す。それだけではなく、大きなベルベット生地の布を取り出した。タロットクロスと呼ばれる、占いをする際に敷く布だ。紫色の、いかにも占いらしい色使いをしている。


「タロット占いですか? 生で見るの初めてです! うち、占い好きなんですよ~」


 タロットクロスを敷き、カードを散りばめ始めると、ソフィアが楽しそうに声を出した。しかし、カレンは反対に小難しい顔をしている。ソフィアはカレンの顔を覗くと、不思議そうな感じで訊ねる。


「もしかして、探偵さんは占い嫌いですか?」

「嫌いって訳じゃないが、信じてもいないかな」

「なんだかカレンらしいわね」


 可笑しそうに笑いながら、レーナはカードのシャッフルを始めた。


「ではでは、ソフィアちゃんが友達と仲直りできるか占ってみるね」

「おい、そこは依頼達成とかじゃないのかい」


 カレンがコーヒーに口を付けながら突っ込んだ。しかし、お構いなしにレーナはシャッフルを続ける。


「青春時代の友情って、儚いけど尊いものだからねぇ」


 どこか遠い目をしながら、レーナは手を動かし続ける。その言葉に、ソフィアは何を思ったのか。少し、寂しそうな色を瞳に宿していた。


「さて、どの占い方で見てみようかな」


 シャッフルを終えると、レーナはカードをまとめた。すると、ソフィアが小さく手を上げた。


「シンプルなのを、お願いします」

「いいけど、どうして?」


 優しく訊ねながら、レーナはカードデッキを横に崩した。マジックでも見られるような、綺麗に重なったカードの列ができた。


「最近、複雑な事が多すぎて……」

「なるほど。なら、直感で一枚選んでね」


 すると、ソフィアは目を閉じた。並んだカードに手をかざし、端から端へと往復する。そして、とあるカードの真上で止まった。


「これにします」


 カードを掴み、ゆっくりと指で挟む。タロット占いでは、絵柄の上下が大切だ。ソフィアもそれは理解しているようで、横から掴んで絵柄が反転しないように捲る。


「あれ、これって――」


 ソフィアが、出た絵柄を見て顔を強張らせた。レーナもカレンも、そのカードに視線を送る。出たのは馬に跨り、甲冑を身に纏った骸骨がいこつの騎士。


「死神、ね」


 十三番目の大アルカナ『死神』が出てきた。これには、ソフィアも驚き頭を抱える。


「死神か。まさに今回の事件にピッタリだな。それに、あんまり良さそうなカードに見えないんだが……」


 カレンは腕を組み、怪しいものでも見るように目を細めてカードを見ていた。ソフィアは肩を落とし、目を伏せていた。

 しかし、レーナは違った。興味深そうに笑った。


「へぇ、死神の逆位置か。面白いカードを引いたね」


 レーナの予想外の反応に、カレンとソフィアは顔を見合わせた。


「どういう意味なんだい?」

「そうね、簡単に言えば再スタートとか新展開かな。そもそも死神のカードは、終わりと始まりっていう意味合いがあるのよ」


 自慢気な顔で、レーナは人差し指を立てる。


「死は、新たな生への始まり。リセットって言ったらわかりやすいのかしらね。正位置で出たら、始まりのための終わりみたいな意味になるの。でも、今回出たのは逆位置」


 レーナはソフィアの瞳を真っすぐに見つめた。ソフィアも、生唾を飲んで次の言葉を待つ。


「逆位置は、再スタート。今回の占いは、友達と仲直りできるかだったよね。喧嘩しちゃった事で、一度は関係が終わりへと向いた。でも、このカードはやり直しができるって言ってるの。きっとチャンスは来る。ソフィアちゃんの中で、過去の事が反省できているのならね」


 そう言うと、レーナは笑顔を向けた。


「はい。うち、二人とやり直したい。ちゃんとごめんねって言って、再スタートしたい……」


 ソフィアの目には、涙が浮かび始めていた。それでも、彼女の顔はどこか憑き物が落ちたような清々しさがあった。


「なるほど、これがレーナちゃんなりのやり方だったんだね」


 カレンは少し嬉しそうに、ニヤリと笑った。レーナも、満足気に笑い返す。

 三人の間に和やかな雰囲気が流れていると、カレンのスマホが突然鳴りだした。画面を見ると、小町からだった。カレンの眉が、ピクリと動く。


「もしもし、どうしたんだい?」


 電話に出ると、スピーカーの向こう側から重い空気が流れ込んでくるようだった。おかしな雰囲気に、カレンの目は鋭くなる。


「カレンさん、ごめんなさい……」


 小町の、辛そうな声が聞こえる。かなり落ち込んでいる雰囲気だった。


「渡辺さんが連れていかれました……」

「そうか、死神さんが連れ去ったか」


 カレンの言葉に、ソフィアが固まった。カレンのほうに顔を向けてはいるが、その目はどこか遠くを見ているようだった。


「そんな、ケイが……ケイが!」


 ソフィアは頭を抱えて、震え始めた。見かねたレーナは、彼女の背中をゆっくりと擦った。しかし、震えは止まらない。


「ケイもいなくなっちゃったら、うち……誰と仲直りすればいいの⁉」


 涙声で、ソフィアは誰に言うでもなく嘆いた。それでも、カレンはお構いなしに会話を続ける。


「小町、あのお守りは渡したかい?」

「――えっ? は、はい。渡しましたけど」


 突然のよくわからない質問に、小町は素っ頓狂な声を出してしまう。それが可笑しかったのか、カレンから小さな笑いが漏れる。


「はははっ、なら大丈夫だ」


 そう言うと、カレンはスマホを通話状態にしたまま操作を始めた。画面はあっという間に切り替わり、地図が表示される。中央には、点滅する赤い点が表示されていた。


「よし、バッチリだ。死神さんは、現在住宅街を南下中。この方向なら、再開発地区へと向かうかもしれないな」

「もしかして、あのお守りは――」

「あぁ、発信機付きだ。これで死神さんの潜伏先がわかる」


 しばらくすると、赤い点は動かなくなった。地図上では、点が止まった場所は広い空き地のように見える。


「確かここは――」

「古いアパートね。今は廃墟になってるはずよ」


 地図を覗き込んだレーナが、ハッキリとそう言った。情報屋にとっては、その程度の情報は把握済みなのだろう。


「よし、小町。潜伏先の地図を送る。現地で落ち合おうか。マリーにも伝えておいてくれ」


 カレンは電話を切ると、ソフィアの頭を軽く叩いた。


「大丈夫、まだ終わっちゃいないさ。これから、私達がなんとかするからね」


 優しい言葉と、友人救出の希望。それらに背中を押されてか、ソフィアは涙を拭いカレンを見た。


「うちも行きます! ケイのピンチを、黙って見てられないです。行かせてください!」


 涙に濡れ、瞳は赤みがかっている。しかし、そんな事が気にならないほどの目力だ。ソフィアの決意が込められた視線に、カレンはゆっくりと頷いた。


「依頼人を危険に晒すのは本意じゃない。でも、依頼人の気持ちを無下にするほど冷めてもないさ。行こうか、ソフィアちゃん」


 その言葉に、ソフィアは嬉しそうに頷いた。そして、飲みかけだったメロンクリームソーダを一気に飲み干す。

 それを見届けると、カレンは立ち上がった。財布も取り出し、すぐにでも店を出るつもりのようだ。しかし、レーナが彼女を呼び止めた。


「ちょっと待って。丁度返事が来たわ。調査依頼のね」


 スマホの画面を見せながら、にっこりとレーナが笑う。


「ナイスタイミング! よっぽど、その知り合いも優秀らしいねぇ」


 カレンは嬉しそうにしながら、椅子に座りなおした。ソフィアも姿勢を正し、レーナの見せる画面を注視する。


「どうやら、死神さんと同一人物のアカウントを見つけたっぽいよ。ほら、これ」


 差し出されたスマホを、カレンが受け取る。死神さんがソフィアにコンタクトを取ったのと同じSNSらしい。

 カレンは、同一人物らしいアカウントのプロフィールや投稿履歴をスクロールして見る。すると、何枚か写真が出てきた。背景や内容からして、自宅で自撮りをしたものらしい。


「これは……」


 すると、ある写真を見てカレンの指が止まった。


「どうしたんですか?」


 心配そうに、ソフィアがカレンの顔を見る。すると、彼女は「なるほど、なるほど」と呟きながらニヤリと笑って見せた。


「わかったよ。君と友人達を苦しめた犯人が」


 カレンはすぐに立ち上がり、レーナにスマホを返した。そして急いで会計を済ませると、笑顔でレーナに振り返る。


「情報料は後できっちり払わせてもらうから!」


 そう言うと、ソフィアの手を引いて店を飛び出した。このまま、死神さんの潜伏先へと向かうのだろう。

 レーナは、カレンの背中を見送ると小さくため息をついた。


「マスター、コーヒーおかわり。このお店で一番良いものをお願いね」

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