第3話 十三番目のカード⑤

 話はしばらくさかのぼる。カレンとソフィアは、事務所を出ると近くのカフェへと向かっていた。そこで情報屋の女性、レーナと会う約束をしていたのだ。


「ここ、ですか……」


 ソフィアが、到着したカフェの外観を見つめる。決して綺麗とは言えない、少し古臭い木造のカフェだ。年代的には、喫茶店と呼んだ方が相応しいかもしれない。


「雰囲気ありますね! なんだか、レトロでエモい」

「隠れ家的な雰囲気もあるからねぇ。常連さんも多いんだよ」


 スマホのカメラを起動させ、ソフィアは店の外観を写真に収め始めた。数枚撮った後で、ソフィアは我に返った。


「すみません、お仕事で来たのに!」

「いいよいいよ。なんだか若者らしい反応で、新鮮だったよ。うちの小町は、世の流行り廃りには疎い方だからさ」


 楽しそうに笑いながら、カレンさんは店のドアを開けた。ソフィアもそれに続いて入店する。

 店内は薄暗く、客席にあるランタンが優しい色味を出している。大人な雰囲気に、ソフィアは目を輝かせた。


「すっごく映える内装ですね。こんなのすぐにバズっちゃいますよ」

「来るのは常連さんばかりだからね。若いお客さんは滅多に見ないし」


 そう言いながら、カレンさんはカウンター席へと近づいた。カウンターの向こうには、ちょび髭を生やした男性がコーヒーカップを拭いていた。


「やぁ、マスター。待ち人は来ているかい?」


 すると、マスターは黙って一番奥のテーブルを指差した。人影が一つ、椅子に座って見える。しかし、店内は薄暗いので誰なのかまでは判別できない。


「ありがとう、マスター。ついでに、ブラックコーヒーを一つ。ソフィアちゃんは?」

「あ、えぇっと――」


 突然の注文に、ソフィアは慌ててメニュー表を探した。近くのカウンター席に置いてあったメニュー表を手に取り、まじまじと内容を見る。


「メロンクリームソーダでお願いします!」


 すると、カレンは目を丸くして固まった。


「え、そんなのあるのかい?」


 カレンもメニュー表を覗き込む。すると、確かにメロンクリームソーダの名前が記載されていた。


「は、初めて知った……」


 苦笑いしながらマスターを見る。しかし、既にマスターは注文の品の用意に取り掛かっている。不愛想な表情で、グラスにメロンソーダを注いでいた。

 二人は奥の席まで進むと、座っていた人物がひょっこりと顔を出した。


「お疲れ~カレン、待ってたよ♪」


 ウェーブがかった髪をふわりと揺らしながら、レーナが手を振っていた。


「待たせたね」

「あれ? その子は?」


 レーナは、カレンの後ろを付いて歩くソフィアを指差した。ソフィアは「どうもです」と言いながら、軽く会釈をする。


「あぁ、この子は――」

「わかった! カレンの新しい彼女でしょ~」

「違うっ! 私の一番はレーナちゃんだけだから!」


 あたふたとしながら、カレンは席に着いた。続いてソフィアも、椅子に腰を下ろす。


「この子は、今回の依頼人だから」

「なるほどねぇ。じゃあ、ここからはお仕事の話だね?」


 カレンは、簡単に今回の事件と依頼の内容を話した。全てを聞いたレーナは「なるほどなるほど」と、何やら納得したように頷いた。


「死神さんの噂は知っていたけど、そんな事になっていたなんてね」

「それで、ちょっと調べて欲しい事があるんだ。ソフィアちゃん、スマホを」


 ソフィアはスマホを取り出し、死神さんから来たメールをレーナに見せた。興味深そうに彼女は画面を覗く。


「この死神さんを名乗るアカウントを、調べて欲しいんだ」

「そう言う事ね」


 そう言うと、レーナはソフィアのスマホを受け取り画面をまじまじと見つめる。時折頬杖を突いて、ふむぅと唸る。


「どうだい? なんとかなりそうかい」

「……正直言って、この手の分野は得意じゃないんだよねぇ」


 レーナの言葉を聞いて、ソフィアは小さく肩を落とした。しかし、レーナは彼女のそんな様子を見て「でも」と付け加える。


「わたしの知り合いに、こういうの得意な人がいるんだよね。その人に頼んでみるね」

「本当ですか⁉ ありがとうございます!」


 ソフィアはテーブルから身を乗り出し、レーナの手をがっちりと握った。何度もお礼を言いながら、握った手をブンブンと振っている。


「あははぁ――これが若さか」


 困惑気味のレーナは、空いた片手で知り合いへと連絡を入れた。返答はすぐに返ってきたようで、レーナはサムズアップを見せた。


「たぶんアイツの事だから、数十分で結果が出ると思うよ」

「流石、凄腕情報屋。人脈も広いってことだね」

「仕事柄どうしてもそうなっちゃうの」


 すると、キリの良いタイミングでコーヒーとメロンクリームソーダが運ばれてきた。


「うわ~いい色合い! メロンクリームソーダを雰囲気のある場所で飲むのも楽しいですね」


 目を煌めかせながら、ソフィアは写真を撮り始めた。カレンとレーナは、そんな様子を見て微笑んだ。

 ソフィアは写真を撮り終えると、一通りSNSへと投稿し始める。それらを終えると満足したのか、ようやくメロンクリームソーダに手をつけ始めた。アイスをスプーンですくい、頬張っている。次はアイスを沈め、全体を軽く混ぜ始めた。


「よかったじゃん、あんまり落ち込んでなさそうで」


 レーナが、静かな声でカレンに耳打ちする。しかし、カレンはそう思っていないらしい。


「どうかな? 精一杯、いつも通りでいようとしているのかもしれない」


 カレンの目には、ソフィアが元気を装っているようにも見えるようだった。それなら、と鞄を漁り始めるレーナ。


「ねぇソフィアちゃん、ちょっと占ってみない?」


 レーナの手には、四角い小さなケースが握られていた。ケースには六芒星がプリントされている。

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