第3話 十三番目のカード④

「また邪魔をするのか、探偵」


 ギラギラと、刃をちらつかせながら死神さんが睨んでくる。殺意のオーラがゆらゆらと、黒いローブの後ろから上がっているように見える。そんな姿に、思わず生唾を飲む。


「邪魔をしているのは貴様だ、死神。この街の、平和と秩序を邪魔する悪め!」


 ファルネーゼさんは、怒りを込めた弾丸を放つ。それに続いて、あたしも引き金を引く。


「悪、だと?」


 仮面であるはずの髑髏どくろ眼窩がんかが、鈍く光った気がした。次の瞬間、死神さんが鎌を振るった。それと同時に、甲高い金属音が響いた。

 どうやら、弾丸を鎌で弾いたらしい。スタッカートのように、常人離れしたあり得ない技を披露してきた。


「私は悪などではない! 人の願いを叶え、その人に幸せを与える……。これほど尊い行いは無い!」


 どうやら、死神さんの地雷を踏みぬいてしまったらしい。怒りに任せて、物凄い速度で接近してくる。まるで、猪の突進だ。当たれば、怪我は免れない。

 あたしもファルネーゼさんも、死神さんの突進コースから離れる。すると、すぐ目の前を黒いローブが通り過ぎた。一瞬でも判断が遅れていれば、確実にぶつかっていただろう。

 しかし、あたし達は死神さんの侵入を許してしまったのだ。フローリングに、死神さんの靴跡がくっきりと付いている。


「大人しくしろ!」


 ファルネーゼさんは、室内だろうとお構いなしに発砲した。しかし、死神さんは身を屈めて回避する。銃弾は狙いを失い、壁に穴を開けた。


「どこだ、渡辺ケイ!」


 そう叫びながら、死神さんはテーブルを鎌で真っ二つにする。それを片方ずつあたし達に投げてきた。勢い良く回転しながら飛んでくるテーブルは、恐怖でしかない。当たれば致命傷だ。

 あたしは、なんとか回避しようと飛び避けた。腰らへんを、スレスレでテーブルが飛んでくる。回避には成功したものの、受け身を取ることができず、全身を激しく打ちつけてしまった。


「うぐっ……!」


 情けない声が、思わず出てしまう。しかし、それすらもかき消してしまうような破砕音が聞こえる。壁にぶつかったテーブルの片割れが、砕ける音だった。

 もしあれが当たっていたらと思うと、肝が冷える。


「ま、待てっ!」


 ファルネーゼさんの焦った声が聞こえる。声のする方向を見ると、死神さんがリビングを出て行く背中が見えた。

 恐らく、二階へ向かうつもりだ。このままでは、渡辺さんの元へ辿り着いてしまう。


「なんだ貴様!」


 上から、警官の声がくぐもって聞こえる。渡辺さんの部屋の扉を守っている警官だろうか。続いて発砲音がする。しかし、それもすぐに鳴り止んでしまった。


「行くぞ宮坂!」

「は、はい!」


 あたし達は、階段を駆け抜けた。その時に、ファルネーゼさんの背中を見て気が付いた。服に血が染みている。死神さんの攻撃が、いつの間にか当たったのだろう。


「大丈夫ですか、その傷――」

「今は任務が先だ。かまっていられない」


 振り向くこともなく、ファルネーゼさんの視線は階段の先に向けられている。声からして、全く痛まない訳ではなさそうだ。痛みを耐えながらも、階段を駆け上っているんだ。

 階段を上りきると、警官が倒れていた。部屋の扉を守っていた、あの警官だ。意識はあるようで、苦しそうに唸っている。


「くそっ! 死神め!」


 ファルネーゼさんは、焦りと怒りを抱えた声を出した。そのまま、半開きになった扉のノブを掴む。勢い良いよく扉を開けると、風が流れ込んできた。

 部屋の中を見て、あたし達は絶句した。棚は倒れ、雑誌類が散乱している。ベッドにあった毛布も、無造作に床へ垂れている。そんな状態の床の上に、渡辺さんを守っていた女性警官が倒れている。


「残念だけど、私の勝ちだね」


 開いた窓際に、渡辺さんを肩に担いだ死神さんが立っていた。渡辺さんは気を失っているらしく、四肢は力無く垂れ下がっていた。


「貴様、渡辺ケイを下ろせ!」


 ファルネーゼさんが、素早く拳銃を構える。しかし、撃てない。渡辺さんを盾にするようにこちらを向いているからだ。


「こ、これじゃあ渡辺さんに当たっちゃいますよ!」

「くっ、わかっている……」


 ファルネーゼさんは、なんとか狙いどころはないかと銃口を彷徨さまよわせる。しかし銃口が向く先に、必ず渡辺さんの身体が来るように死神さんが動く。


「いいんだよ? 撃っても。私はこいつがどうなろうと、知った事じゃないから」


 嘲笑うように、死神さんは余裕あり気にその場で一回転してみせた。それでも、あたし達は動けない。ただ奥歯を噛み締める事しかできない。


「私の勝ち、私の勝ちなんだよ! アハハハハッ!」


 勝利を確信し、高笑いを始めた。自然と口調も砕けている感じがする。それほどまでに、調子づいているようだ。


「渡辺さんを、どうするつもりなの?」


 こちらから手出しできない以上、できる事と言えば会話ぐらいだった。どうやら、この場で渡辺さんをどうこうしようというつもりではないらしい。そうでなければ、彼女を担いでいる理由がわからない。

 気が大きくなっているからか、死神さんは質問に答えた。


「あとでじっくりと、解体するのさ」


 その言葉を聞いて、顔から血の気が引いた。死神さんの纏う狂気は、本物だ。本当にやりかねない。


「それじゃ、バイバイ」


 死神さんは窓枠に足かけると、一気に外へと飛び出した。その姿は、あっと言う間に見えなくなってしまう。


「くそ、失敗か……」


 ファルネーゼさんは俯きながら、小さく呟いた。その言葉が頭の中で反響する。

 また失敗した。あたしは失敗した。次こそは、と臨んだのに失敗した。これでは、あたしの理想の探偵像から遠ざかる一方だ。

 足の力が抜け、崩れ落ちる。あたしはいったいどんな顔をして、ソフィアとカレンさんに会えば良いのだろうか。悔しさが、涙となり零れ落ちた。

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