第3話 十三番目のカード③
あたしは渡辺さんへの挨拶を終わらせると、一旦ファルネーゼさんとリビングへ下りていた。
「なんだか宮坂もしっかりしてきたな。一人前の探偵に、少し近づいている感じがする」
家の前を見渡せる、大きなガラス張りのドアから外を眺めていると、突然そんな事を言われた。でも、その言葉を素直に喜ぶことはできなかった。
「そんな事ないですよ。この前だって、あたしのミスで死神さんを捕まえられませんでした。それだけじゃなく、カレンさんにも怪我を負わせてしまいました」
どんよりとした雲が、空を覆っている。灰色の空を見上げながら、小さなため息が出てしまう。
「まだまだ、あたしは見習いから卒業できそうにないですよ」
でも、だからと言って今回の事件を全力で挑まない訳じゃない。ファルネーゼさん達が、警察の面目躍如のために頑張るのと同じだ。この前はミスをして、カレンさんに迷惑をかけてしまった。だけど、今日は必ずミスなくやり遂げて見せる。
「あまり気張りすぎるなよ」
ファルネーゼさんは、優しく肩を叩いてくれた。若干緊張して強張っていた体から、程よく力が抜けた気がした。
そんな時、ファルネーゼさんが持っていた無線機から音が聞こえてきた。
「じ、上空に黒い影を発見! こちらに落ちてきています!」
「なに、影だと⁉」
無線から聞こえる焦ったような声に、あたし達も緊張感が一気に増した。
外を見ると、空を見上げる警官達の姿があった。ドアを開け、あたし達も同じように空を見上げる。
すると、確かに影のようなものが見える。しかも、確実に近くなっていく。目を凝らしてその影を見る。
影と言うより、何か黒い布のようなものがはためいているように見えた。その特徴は間違いなく、見覚えがある。
「死神さんだ……」
「あれが、死神さんか」
死神さんは、あっと言う間に落ちてきた。家の前の交差点に、勢いよく着地する。普通の人間なら、両足の骨など折れているだろう。しかし、死神さんは普通じゃない。こちらに平然と歩いて来る。
「止まれ! 止まらなければ撃つぞ!」
警官の一人が声を上げると、周りの警官達は拳銃を構えた。
しかし、死神さんの歩みは止まらない。
「逆に警告する。道を開けなければ、お前達は死ぬことになるぞ」
そう言うと、マントの下から銀色のステッキを取り出した。そして、手首をスナップさせステッキを伸ばした。伸びたステッキの先端からは、やはり鎌の刃が出てくる。
あまりにもおぞましい姿に、警官達が一瞬怯んだ。しかし、ファルネーゼさんは違う。殺意に満ちた姿を見ても、怖気づかない。
「かまうな、撃て!」
強気な声に、警官達も応える。閑静な住宅街に、発砲音が連続で響く。
しかし、走り出した死神さんに銃弾は当たらなかった。まるで踊るようにステップを踏み、銃弾を掻い潜っていく。そして、警官達との距離はあっという間に詰まった。
「バイバイ」
鎌が横薙ぎに振るわれる。鮮血を舞わせながら、警官が一人、また一人と倒れていく。
死神さんは、警官を切りつける度に笑い声を上げた。まるで人を切り刻むことに喜びを感じているような、狂気じみた笑い方をしている。
「くそっ、警察は化け物退治が仕事じゃないんだぞ!」
ファルネーゼさんも、拳銃を引き抜いた。それに続いてあたしも拳銃を取り出す。前回の戦闘で、あたしの拳銃は壊されてしまった。今使っている物は、カレンさんから借りている。二丁あるうちの片方だ。
「絶対に家に近づけるな!」
あたし達も発砲する。しかし、人数が足りない。外にいた警官は残り三人。家からは、あたしとファルネーゼさん、リビングにいた警官の三人。先ほど十人からの攻撃を避けていた死神さんに対して、戦力は不足している。
飛んでくる銃弾の数が減れば、死神さんにも余裕が出てくる。更に激しく、死神さんは立ち回った。
家の前には、車が置いてある。隣の家の車も並んでいる。それらを盾にして、死神さんは銃弾を防いだ。
車の影に入り、姿が見えなくなったと思ったら黒いローブが車から飛び上がる。車体を踏み台にして、近くの警官に飛びかかったのだ。
「く、くるなぁ‼」
「ヒヒヒヒヒヒィ!」
鎌は無慈悲に振り下ろされる。警官は、力なく倒れ込む。その足元は、血の水溜まりができていた。
「次は誰だ?」
死神さんは、続いて近くの警官を睨みつけた。警官は
特に避けるような動作もせず、死神さんは一直線にその警官へ突っ込んだ。鎌の間合いに入った瞬間、銀色の一閃が走る。
警官の手からは、握っていた拳銃が落ちる。
「畜生め!」
残り一人になってしまった外の警官が、死神さんへと走りながら拳銃を放つ。
しかし、死神さんは斬ったばかりの警官の襟首を掴むと、向かってくる銃弾の盾にした。故意ではないにしても、同僚を撃ってしまった警官が一瞬怯んでしまう。
「バーカ」
盾にされた警官の身体を投げ捨て、怯んだ警官を鎌の餌食にする。
斬られた警官は、幸いにも致命傷ではないらしい。痛みを訴えながら、コンクリートの上を這いずり回っていた。怪我からして、もう戦う力は無いだろう。
あっという間に、外の守りについていた警官達は無力化されてしまった。そうなれば、次に狙われるのは勿論あたし達だ。
「君、母親を避難させろ」
あたし達と共にリビングから死神を狙っていた警官に、ファルネーゼさんは声をかけた。彼は何も言わずに頷くと、渡辺さんのお母さんの元へと走って行った。
「宮坂、足止めするぞ」
「はい!」
正直、あんな戦いを見せられては勝てる気がしない。震えが止まらない。それでも、やるしかない。失敗すれば、前回のカレンさんみたいに渡辺さんが傷つくことになる。いや、最悪命を奪われかねない。
そんな事は、絶対に阻止しないと。
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